日本郵政グループのデジタルトランスフォーメーション(DX)子会社・JPデジタルの立ち上げから7月で丸1年となった。同社では、デジタル変革をより確実なものにするため、グループ事業会社や社外の人材を積極的に活用しているが、「従来の勤怠管理では十分に対応できない」(柴田彰則・執行役員CIO)ことが課題になっていた。そこで、プロジェクトに参加する人員の勤怠と工数の管理を一体的に行える「TeamSpirit」を採用。さまざまな人材が集う新しい働き方に対応することで、プロジェクト型のビジネスを円滑に推進できる体制を構築している。
(取材・文/安藤章司、大蔵大輔)
社外人材含め10倍に増える
日本郵政グループでは、郵便や銀行、保険の主要事業のそれぞれの事業におけるDXプロジェクトをDX子会社のJPデジタルで取りまとめ、推進している。JPデジタル設立以前は、事業会社がそれぞれにDXを推進していたため、サービスごとにスマホのアプリが異なったり、顧客体験にバラツキが出やすかったりすることが課題になっていたが、2021年7月1日のJPデジタル立ち上げ以降は、グルーブのDXプロジェクトを組織横断的に取りまとめることで顧客体験の向上につなげている。
JPデジタル 柴田彰則 執行役員CIO
設立から1年を迎えたタイミングの成果物として、日本郵政グループでは「みらいの郵便局」実現に向けた実証実験プロジェクトを発表(右ページの囲み記事参照)。デジタル技術を駆使して郵便局で提供するサービスを変革していく取り組みであり、JPデジタルも深く関わっている。
日本郵政グループのDXプロジェクトが本格化するのに伴い、JPデジタルの人員の増強にも力を入れる。発足時はわずか20人の体制だったが、グループ各社からデジタルに強みを持つ人材が集結し、1年後には約60人に増えた。また、JPデジタルはSOMPOホールディングスや電通グループ、楽天グループなどの外部企業からの支援も取り付けているのが特徴で、外部の専門的な知見を持つパートナーも含めれば設立当初の10倍に相当する計200人体制へと拡大している。
労務を経営リスクにしない
社内外の人材を活用するに当たり、複雑化する勤怠や工数の管理をどうするかが課題として浮上する。DXはプロジェクトごとにスクラムを組んで進めていくことが多く、複数のプロジェクトにまたがって参画する人材も少なくない。一人の担当者がAプロジェクトで何時間、Bプロジェクトで何時間を費やし、合計で月にどれくらいの工数がかかったのか計算するには「勤怠と工数を一体的に管理できるTeamSpiritが適していると判断した」と、勤怠管理の採用を担当したJPデジタルDX部門の市橋知樹氏は話す。
JPデジタル DX部門 市橋知樹氏
TeamSpiritは、勤怠管理と工数管理が一体となっているのが特徴で、JPデジタルのような社内外の人材が参加するプロジェクト型のビジネスで強みを発揮する。「従業員や外部パートナーが急速に増えるなか、原価管理を含む労務管理がおろそかになると経営上のリスク要因になりかねない」(柴田CIO)ことから採用を決めた。日本郵政グループの企業でTeamSpiritを取り入れたのは、JPデジタルが初めてとなる。
日本郵政グループのDXプロジェクトの規模が大きくなるに従い、JPデジタルの従業員だけでも向こう数年で200人規模に増える見込みで、これに外部パートナーも多数加わることになる。郵便や銀行、保険の主要サービスの顧客接点の柱となるのは全国の郵便局であり、JPデジタルでは郵便局のDXを本命と位置づけ、プロジェクトの遂行に当たっては郵便局の現場に出向くケースも増える。そこでも、TeamSpiritが生きてくるという。
遠隔地で働く人にも対応
郵便局は、農村から都市部まで立地環境によって客層が大きく変わる。村落の唯一の金融機関であることも少なくない一方、大都市部では常に客で混み合う大規模郵便局まで多様だ。「顧客のニーズに合わせて、それぞれの地域にあったDXを推進していくことを重視している」と、柴田CIOは話す。前述の「みらいの郵便局」についても、農村と都心、郊外などの立地によってDXのパターンを変えていく予定だ。「農村と都市部では、顧客ニーズが大きくことなるため、全国のさまざまな場所で実証実験を重ねていく」(柴田CIO)方針で、遠隔地でプロジェクトに参加するメンバーの勤怠と工数管理にTeamSpiritを役立てる。
JPデジタルの導入案件を担当したチームスピリットの小野谷健男・シニアアカウントエグゼクティブは、「勤怠や工数などプロジェクトに参加する人との接点を通じて、働く人の活動情報が自然に集まり、視覚的に見やすい報告書にまとめ、ERPとも柔軟に連携できる独自性の高い機能を評価していただいた」と話す。
チームスピリット 小野谷健男 シニアアカウント エグゼクティブ
柴田CIOは、都市や農村のニーズの違いのみならず、「子どもから高齢者まで幅広い年齢層のニーズに、デジタル技術を駆使して丁寧に応える」ことを重視。業務のデジタル化に加え、例えば、郵便物やゆうパックを出しに来た人、孫のために学資保険に入りたい高齢者など、郵便局が提供するサービスや顧客の属性に合わせて、きめ細かなサービスをデジタル技術で実現していく。事業会社の各種サービスを利用できる共通IDの発行も検討している。
JPデジタルにおいても、郵便局の多様な顧客の視点に立ってサービスを設計できるデジタル人材を育成するとともに、アジャイル的で柔軟な働き方を実践していく必要がある。そうした環境において、「TeamSpiritのようなクラウドネイティブ時代のプロジェクト管理の仕組みは戦略的な意義がある」(柴田CIO)と話す。
デジタル駆使で顧客体験を向上 「みらいの郵便局」の実証実験
日本郵政グループは、デジタルとリアルが融合した「みらいの郵便局」の実現に向けた第一歩として、7月15日に東京・千代田区の大手町郵便局で実証実験をスタートした。郵便局のデジタル化を成長戦略の軸と位置づけ、郵便局の外にいても混雑状況が分かるデジタル発券機や、局員の手を介さずに郵便物が出せるセルフ差出機、封筒やレターパックを簡単に購入できるセルフレジなどを導入した。
新しく導入したデジタル発券機
また、地域の名産品などを紹介するラウンジや、オンラインで専門家から金融サービスの詳しい説明が受けられるリモート相談ブースも設置。天井に配置したAIカメラとセンサーで来局者の人数や利用導線を分析し、サービスの改善につなげる仕組みも取り入れている。
デジタル技術の活用に当たっては、JPデジタルが推進役を担う。JPデジタルCEOを兼務する飯田恭久・日本郵政執行役グループCDOは「ユーザーが郵便局に求めているのは、マイナスの体験が解消され、プラスの体験ができることだ」と話す。
JPデジタル 飯田恭久 CEO
実証実験では、窓口で待たされたり、手続きに時間がかかったりといった不満を解消し、顧客体験を向上させる施策を打つ。デジタル技術を積極的に取り入れて顧客接点を充実させ、現在の郵便局の枠を超えた新しい価値の創造につなげるのが狙いだ。
日本郵政グループは、みらいの郵便局のプロジェクトを手始めに、「デジタル=便利」という認識の定着を進める。ただ、郵便局は高齢者を含めた地域の生活者が利用する特性もあるため、スピードより丁寧さや使いやすさ、分かりやすさ、親しみやすさを重視していく。
21年5月に発表されたグループの中期経営計画「JPビジョン2025では、みらいの郵便局をサービス提供拠点の中核に据えている。22年度に実証実験を重ねて知見を蓄え、23年度に地域の特性に合わせた5種類のプロトタイプ店舗を開発、24年度に全国への展開を目指す。