既に人口の約3割が65歳以上の高齢者となり、2040年に高齢者の比率は3人に1人以上になると推定される「超高齢社会」の日本。介護を担う人材の不足は深刻さを増すことが予想されている。この危機を打開するために、介護現場のDXが急がれている。職員の処遇改善のために国からの補助金を受けやすくする介護事業者向けのSaaSサービス、介護の人手不足を補うAIを活用した見守りサービス、ITソリューションを導入するためのインフラ基盤の提案と、各方面で介護業界のDXに積極的に取り組む3社の動きを紹介する。
(取材・文/堀 茜)
「介護のデジタル化」が喫緊の課題
高齢化が急速に進む中、介護人材の不足は、必要なケアを受けられない「介護難民」を生むリスクが現実のものとなりかねない危機をはらんでいる。三菱総合研究所は3月、介護分野の人材不足の現状とその解決策をテーマに、メディア向けセミナーを開催した。同研究所によると、高齢化の進行によって、40年には介護人材が約69万人不足することが見込まれている。政策・経済センター副センター長の藤井倫雅・主席研究員は、「介護人材の不足は喫緊の課題だ」と指摘。問題解決のために必要になることとして、▽予防医療によって元気な高齢者の割合を増やし介護需要を抑制する▽介護サービスをデジタル化することで生産性を高め、より少ない介護職員でサービスの品質を上げる―の2点を挙げた。
三菱総合研究所 藤井倫雅 主席研究員
ITソリューションの導入が介護人材の不足を補うのに寄与する余地は大きい。同研究所は、介護サービスのデジタル化について、介護施設の居室にセンサーなどを設置して利用者の情報をモニタリングし、データをAI解析しケアに生かすことなどを想定する。同研究所の試算では、全国の介護事業所のデジタル化が進み、約50%に普及した場合、介護人材の最適配置など業務改善につながり、33万人分のリソースを補うことができるとしている。
あわせて、同研究所は人材確保のために、介護事業者自身が経営改善に取り組むことが重要と指摘。藤井主席研究員は「国や自治体がそうした事業者の取り組みを支援していくことが重要になる」と述べた。
freee
処遇改善加算を自動算出し事務負担軽減
介護人材の不足を補うためには、職員確保のために、処遇改善が重要な要素となる。会計や人事労務領域で業務効率化のサービスを展開しているfreeeは6月、介護業界に特化した新製品「freee介護加算」の提供を開始した。介護事業者が国から職員の処遇改善加算手当を受けるための計画書や報告書を自動作成できるシステムで、事務負担の大幅な軽減が可能となる。本来受け取れる加算を漏れなく申請できるようにすることで、待遇改善による人材の確保にもつながるとしている。
同社は介護事業所が抱える課題として、国から受け取れる職員の処遇改善のための加算手当申請に、煩雑な事務作業が必要な点があると分析。経営者や総務担当者が「Excel」で手入力するなど、作業が属人化しているケースが多いとした。また制度が複雑で、該当する要件の整理や、約3年に一度の制度改正に対応するのも大きな負担になっている。工数がかかりすぎるため、本来受け取れる加算をそもそも申請していない事業所もあるのが現状だという。
freee介護加算は、加算請求に必要な計画書を、必要情報を入力するだけで自動作成する。手当の自動計算も行い、事業所によって異なる職員への支給頻度や分配ルールも入力可能。計画書と実績を元に、国に提出が必要な報告書も自動作成する。制度変更も随時反映するため、取得可能な加算を自動的に判定・通知し、取得漏れをゼロにできる。
freee 田井野佐介 事業責任者
田井野佐介・業種特化事業部事業責任者は、本来受け取れる処遇改善加算をきちんと申請し、職員の給与に反映させることは、介護人材の確保につながるとし、「介護業界の課題解決につながる、業界特化型のソリューションになっている。介護分野の統合型経営プラットフォームとして提案していきたい」と話した。
freee介護加算は、職員1人当たり月額300円で提供する。同社の人事労務ソリューションとの連携も可能。施設利用者情報などを登録している大手介護請求システムとの連携も予定している。8月末まで、初期導入サポートを無償で提供する。
販売は、直販がメインとなるが、銀行や代理店経由の販売も想定しており「さまざまなアライアンス先と連携して販売を進めていきたい」(田井野事業責任者)とした。販売開始を前に、freee介護加算について説明するセミナーを開催したところ、過去のセミナーと比較し10倍程度の参加があり、反響が大きかったという。田井野事業責任者は、介護業界はDXがまだあまり進んでおらず、会計や人事労務など同社の既存ソリューションは導入が難しかった事業所もあると説明。一方、直接的に課題解決につながるfreee介護加算は、導入へのハードルが低いとの見通しを示し、「DXの入り口として多くの介護事業所に導入してもらえるよう、販売拡大を目指す」と述べた。
エコナビスタ
AIを活用した見守りサービス
エコナビスタは、睡眠解析技術をベースにしたSaaS型高齢者見守りシステム「ライフリズムナビ+Dr.」を介護事業所や病院向けに展開している。高精度のセンサーを通じて施設利用者の睡眠と生活習慣のデータをクラウドに収集・蓄積し、AIが解析することで、予知予測機能も活用して見守るサービス。転倒などの事故が起こる前にスタッフが駆けつけられ、入所者の安全を確保できる点が大きな特徴だ。疲労回復予測、認知症予測、余命予測など、幅広い分野にAIが解析したデータを活用している。これまで同社が収集したビッグデータから利用者の行動を予測しており、一人一人に合ったケアプランの作成にデータを役立てることができる。
エコナビスタ 渡邉君人 代表取締役
介護職員の負担軽減の意味合いも強い。ライフリズムナビ+Dr.は、スタッフがモニターで利用者のデータを一覧でき、心拍や呼吸値を画面上で確認でき、夜間の巡回頻度を約80%減らせるという。渡邉君人代表取締役は、「見守りサービスが常勤スタッフ1人分ほどの働き方をしてくれる」と、その効果を強調。介護現場は慢性的な人不足なため「ソリューションを入れることで、少ない人数で施設を運用できるようになる」(渡邉代表取締役)と施設側のメリットを述べた。
渡邉代表取締役は、「介護の見守りサービスは、導入そのものよりも、安定して長く使ってもらうことが何よりも重要」と指摘。介護事業所は、ITソリューションを使いこなす人材が不足傾向にあることから、導入から約1年間、同社のサポートチームがカリキュラムを提供し、事業者が使いこなせるよう継続的な支援をしている。現場に合わせたサポートがあることも事業所から評価されており、解約がほぼない状態で利用が伸びているという。販売は順調で、同社は7月26日、東証グロース市場に上場した。
販売は現状、7割ほどが直販、3割が代理店など販売パートナー経由になっている。渡邉代表取締役は、現状の顧客が関東圏に集中しているため直販率が高くなっていると説明。全国の介護施設のベッド数約220万床のうち、約30万床にソリューションを広げていくことを目標に掲げており、今後は間接販売により注力し地方での展開を強化していく戦略だ。渡邉代表取締役は「地方は、より顧客との人間関係や信頼関係が重要になってくる。地方に拠点を持つ販売パートナーの力に期待しているし、パートナー網を拡大してきたい」と展望した。
バッファロー
セット販売で介護業界に販路拡大
介護事業所が人材不足を補う目的でITソリューションの導入を検討した際、欠かせないのがネットワーク環境だ。近年、法人向けの販売に注力しているバッファローは介護施設向けに、見守りサービスなど他社が展開するITソリューションとセットで自社のルータなどによるネットワーク環境の整備を提案し、販売を伸ばしている。
バッファロー 八田益充 部長
同社が介護施設向けにネットワーク環境整備を提案する際に強みとしているのが、介護事業者の環境下で希望する見守りサービスなどのソリューションが問題なく機能するよう、ソリューションベンダーと連携していることだ。介護施設向けの見守りセンサーなどのベンダー10社と協業し、同社の法人向けのWi-Fi製品「AirStation Pro」シリーズの導入環境で動作するか事前に確認している。法人ビジネス本部の八田益充・営業技術部担当部長は、「介護事業者がせっかく見守りセンサーなどを導入しても、うまく作動しないと意味がなくなってしまう。安心して使っていただくという意味で、動作確認済みのネットワーク環境を合わせて提案できる意義は大きい」とアピールする。
引き合いは増えており、23年9月期の案件数は前期比2.2倍。同社が今年7月まで実施したネットワーク環境の現地調査無料キャンペーンを利用した施設は前年比1.5倍と、介護施設のITソリューション導入への意欲は高まっている。
八田部長は、ソリューションとセットでの提案について「顧客、ITソリューションのベンダー、当社の三方良しの内容になっている」と話した。介護事業者は、ITソリューションやネットワーク環境などに詳しい人材がいない場合でも、同社がネットワーク環境を整備することで、希望のソリューションを取り入れられ、業務効率化という目に見える改善効果が得られる点が支持されている理由だとした。
同社の法人向け製品はすべて間接販売で、販売店を通じた顧客へのアフターサービスにも力を入れている。全国に約1万1000社ある販売パートナーのうち、最上位の500社には、営業担当と一緒に技術担当者が専任で付き、顧客に対し導入後のアフターケアをしたり、技術研修を個別で実施したりと、販売後も含めサポートを手厚く行っている。「販売パートナーが製品に対する理解を深めて介護事業者に提案していただけるよう、連携を深めていきたい」(八田部長)として、ネットワーク環境を通じて介護分野のDX推進に寄与したい考えだ。