企業から業務委託で仕事を請け負うフリーランスの働き方を保護する新しい法律「フリーランス保護新法」(新法)が11月1日に施行される。業務の発注に当たって、口頭でのやり取りを禁止し、文書やメールなどで内容を残すことなどが義務化される。IT業界でもエンジニアらフリーランスで働く人は多く、企業は対応を求められる。新法の施行で、業務を発注する企業側はどんな点に留意すれば良いのか。新法のポイントと、対応するソリューションを紹介する。
(取材・文/堀 茜、大畑直悠)
口頭での発注はNGに下請法で対象外の企業も義務化
新法は、正式名称「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」。フリーランスと発注する企業間の取引の適正化と、フリーランスの就業環境整備を目的とする。働き方の多様化が進み、フリーランスというワークスタイルが社会に普及してきた一方で、フリーランスが取引先との関係で、報酬の不払いやハラスメントなどさまざまな問題やトラブルに見舞われるケースがあり、これらを防ぐことが趣旨だ。発注事業者からフリーランスへの業務委託(BtoB取引)が対象となる。
取引の適正化を担保する法律として、これまでも下請法が業務委託などの規制となってきた。ただ、下請法は資本金1000万円超の法人からの委託が対象。一方、新法では、発注企業の規模の制限はなくなる。国が2020年に実施したフリーランス実態調査によると、資本金1000万円以下の企業と取引実績のあるフリーランスは約4割。フリーランスとしての売り上げのうち、資本金1000万円以下の企業との取引が半数以上と回答したのは約4割に上った。新法では、下請法では対象外だった小規模事業者も含め、発注業務を行う全ての企業が規制の対象となる。
新法で注目されるのが、発注する業務内容など、取引条件を書面などで明示することが義務化される点だ。報酬額、発注から60日以内の支払期限などを、書面などの残るかたちでフリーランス側に伝えることが必要になる。発注書として文書を交付するほか、メールやSNSなど、形式は事業者側で選択できる。
小規模な企業からの発注ほど口頭で行われるケースが多く、約11万人のフリーランス労働者が加入するフリーランス協会によると、フリーランスがトラブルを相談する「フリーランス・トラブル110番」に寄せられる内容で最も多いのが約3割を占める「報酬の未払い」だった。
新法は、電話での口約束などによる不利益をなくし、適正に報酬の支払いが行われるよう担保する。発注側が法規制を守らなかった場合、国は事業者に指導、勧告、公表、命令などを行い、命令違反や検査拒否に対しては50万円以下の罰金を科す。
フリーランス協会の平田麻莉・代表理事は「違反がないのが理想だが、違反事例が公開された場合には企業にとって抑止力となり、法律を守る必要性の認知度が高まっていくのではないか」と見通す。
フリー
法対応と業務効率化を実現
フリーは、新法の施行を機に、法対応と併せて業務効率化を実現するツールとして、フリーランスに特化した業務管理をするSaaS「freee業務委託管理」の訴求を強化している。同社では、定期的に新法への対応を説明するセミナーなどを開催。6月までは反響が少なかったが、7月以降大幅に問い合わせが増え、9月末でfreee業務委託管理の導入数は1年前の3倍に増加した。
フリーの高澤事業部長(左)と高橋マネージャー
CPO本部社会インフラ企画部の高橋歩・政府渉外マネージャーは、「プロダクトは、企業側、フリーランス側の双方がなるべく容易に法対応できるよう、負荷を減らしリスクを下げて受発注ができる仕組みを意識している」と説明。「企業にとっては、法対応をすることが会社を守ることにつながるので、業務効率化を含めた必要なコストとして、導入が進んでいる」とみる。
freee業務委託管理は、契約した企業がフリーランスにアカウントを発行。料金は、登録するフリーランスの人数によって異なり、月額3万5200円から利用が可能だ。契約、発注、請求、支払いという一連の業務をSaaS上で一元管理できる。発注内容や金額などのデータを入力すると、新法に対応した発注書が自動でフリーランスに送付される。発注金額などが変更になった場合などのコミュニケーションの履歴も残す仕様になっており、法対応で求められる機能は全て盛り込まれている。
業務完了後、フリーランスは発注金額のデータにひも付いた請求書を自動発行できるため、請求書作成の工数を大幅に削減できる。フリーランス新法では、決められた期日までに発注側から支払いが行われないと発注企業が法令違反になってしまうが、請求書回収漏れ対策の通知機能により、フリーランスからの請求漏れを防ぐことができる。債権販売事業本部freee業務委託管理事業部の高澤真之介・freee業務委託管理プロダクトCPO兼事業部長は「業務のアサインから請求書回収、支払いに必要な情報抽出まで、一つのプラットフォームで完結できるのが大きな強みだ」とアピールする。
企業側は、契約しているフリーランスを一覧でき、個人ごとの仕事の進捗状況も把握できる。過去の業務実績や納期への対応状況など仕事への評価などを蓄積。プロジェクトごとに予算を管理し、発注によって予算超過しないよう調整もでき、業務委託関連の効率化を図れる点も大きな利点となる。導入によって、法令対応にかかる時間とコストを抑えることが可能で、最短で2~3週間程度で導入できるという。また同社では、電子契約サービス「freeeサイン」との連携で、電子帳簿保存法などの法令を順守した契約の締結が可能になるとして、二つのプロダクトを組み合わせた導入も勧めている。
導入が多い業界としては、エンジニアらが働くIT業界、カメラマンやライターが多い制作会社などだが、最近は運送業の利用が増加。ドライバーの人手不足で、フリーランスのドライバーを採用し、その管理に使うといったケースがあるという。高橋マネージャーは、正社員の雇用が難しい中小企業が増えたことから「業務を支えるフリーランスの役割は高まっている」と指摘。社員数人といった企業規模でも使いやすい価格帯と仕様で製品を提供することで、法対応への負担を軽減できるよう支援する。
同社に寄せられる問い合わせのうち、3分の1程度は、「下請法の内容も正直分からないが、新法にどう対応したらいいか」という内容だといい、同社では11月の法施行時には対応が間に合わない企業も多いとみる。年度末の25年3月に向けて、さらに導入は加速すると予想しており、高澤事業部長は「いかに企業側が業務を自立的に回し、効率化していくかが重要になる」として、引き続きプロダクトの利点を訴求していく。
LegalOn Technologies
リーガルテック普及の弾みに
LegalOn Technologiesは、契約書レビューツール「LegalForce」や、さまざまな契約業務を一貫して支援する基盤「LegalOn Cloud」の契約書レビューサービスなどに、新法に対応するチェック機能を追加した。新機能により、契約書の審査や作成にかかる労力の削減が期待できる。多くの企業に関係する新法への対応を好機と捉え、リーガルテックの普及に弾みをつけたい考えだ。
LegalOn Technologies 軸丸 厳 シニアマネージャー
具体的には、契約書が下請法や独占禁止法といった法令に準拠しているかをレビューする「法令遵守チェック」の機能が新法に対応した。ユーザーは委託側と受託側を選択した上で、修正すべき文や注意すべき項目に対するアラートや解説を受け取ることが可能で、契約書を修正する際には、専門家が監修した情報を閲覧することもできる。また、契約書作成時に活用できる、新法にのっとったひな形も用意した。
機能の開発を主導した弁護士の軸丸厳・法務開発グループシニアマネージャーは「新法は書面などで気にかけなければならない取引の適正化の部分と、ハラスメントの対策や出産・育児・介護への配慮といった就業環境の整備の部分への理解が必要だ。レビュー機能と解説記事を組み合わせながら対応してほしい」と話す。
同社はセミナーを通して情報発信を行っている。既存の顧客ではない層も含め、多くの参加者を集めており、製品への問い合わせも増加しているという。フリーランスとやり取りするのは法務部門だけではなく顧客の各事業部に分散しているといった実情から、新法は会社全体として対応していく必要があるといい、軸丸シニアマネージャーは「施行後も、対応が完了しない企業があることが予想される」と話す。その上で「違反が発生した際の当局の反応などによって改めて危機感が高まること予想され、新法対応への動きは一定期間継続する」と見る。
新法は、業種や業界に関係なくフリーランスと取引する全ての企業が対象となるため影響範囲が大きい。一方で、企業にとっては知識の収集やガバナンスの強化に十分な労力を割けないなど、法務部門のリソース不足がボトルネックの一つになる。軸丸シニアマネージャーは「意図せず法令違反をしてしまうとSNSなどで拡散され、企業の信用の低下を招き、取引に影響が生じるリスクもある」と指摘。限られたリソースの中で企業が対応するには、リーガルテックの導入で法務部門の体制強化を図るのが有効だとする。
提供するLegalOn Cloudは文書の作成や審査、管理のほか、部門を超えたコラボレーションなど契約に関連する業務を一貫してサポートできることが強み。法令への対応も含めて複合的に業務効率化できる点を訴求し、新法への対応で生まれる需要を取り込みたい考えだ。
法改正への対応は、11月の新法施行時に限らず今後も継続的に要求されることが予想される。その都度、法務部門が対応する必要があることを考えれば、同社が提供するレビューサービスや参考情報のアップデートを活用して法改正にシステム的に対応する体制を整えることは将来的なメリットも見込める。軸丸シニアマネージャーは「時代の変化に合わせて規制が増えるのは間違いなく、法務部門の業務負担は大きくなっている。ITソリューションを活用して効率化することが当たり前になりつつある」と訴える。今回の法令対応を機に、特に中小企業や地方企業のような比較的リーガルテックの普及が遅れているターゲットへのアプローチに力を入れていくほか、パートナーに対しても新法関連の知識を共有し、エンドユーザーの啓発や販売の支援を強化する。