「私の声はジョブズの声だ」アップルコンピュータの原田永幸社長はそう語る。THINK GLOBAL、ACT GLOBAL。同社が掲げるこの戦略は、つねに世界同一かつ同時に展開される。ジョブズCEO復帰後、アップルは上昇路線に乗った。しかし、販売店の力が強い日本市場では、アップルの戦略に少なからず批判の声があがる。原田社長の声はジョブズ氏の声、ならばその声はいかなるものか。
全世界統一戦略を推進集中修理体制を構築
――最近、販売店からアップルとのコミュニケーション不足が目立つ、との声がよく聞かれます。1年ほど前からその傾向が強くなってきたように見えます。メディアの露出も減ってきています。方針を変更したんですか。
原田 そんなことはありません。確かに、以前に比べればメディアへの露出は減少したかもしれませんが、それは単に機会がなかっただけのことです。しかし、このことが、販売店やユーザーとのコミュニケーション不足につながるとは思っていません。私はアップルのグローバルメッセージを日本市場に伝えるスポークスマンに過ぎませんが、きちんとアップルの戦略をアピールできています。
――スティーブ・ジョブズ氏がCEOに就任してから商品情報の量が少なくなった、という販売店の声も聞きます。
原田 実は、ジョブズ就任以前は、各国がバラバラに商品の価格や出荷数などを決めていました。もちろん日本でも独自のメッセージを発信していました。経営資源の戦略的な配分がバラバラだったので、96年の厳しい状況を招いてしまった。そこで、ジョブズは、全世界統一の戦略を打ち出したわけです。以降、各国バラバラの戦略というものはなくなりました。その結果が今というわけです。
――日本独自の戦略は存在しなくなったのですか。
原田 そうです。アップルはワールドワイドで統一した戦略を推進します。販売政策、販売店に対する販売マージン、広告展開など、すべて同一で、非常にわかりやすくなりました。つまり、私の話すことはアップルのメッセージであり、ジョブズのメッセージでもあるわけです。日本でコミュニケーション不足と言われているのは、この点が要因なのかもしれません。
――AppleCareプログラムの発売で、販売店が独自のサポートサービスを行いにくくなったという声があります。サポートは販売店にとって粗利率の高いビジネスですが。
原田 確かにその通りですね。しかし、われわれは、販売店独自のサポートサービスを禁止しているわけではありません。このサービスを開始するに当たって、販売店とはサービスの質の向上をともに競争していこう、という話し合いをしました。結局、選ぶのはユーザーです。ユーザーに対し、メーカーは直接責任を負わなくてはなりません。車の世界を見てください。BMW、メルセデスベンツ、すべてメーカーがサポートを請け負っているでしょう。パソコンだけが例外というのはおかしい。
――修理についてもメーカー独自のサービスを打ち出していますね。
原田 修理については、質、スピード、価格という3点について、今までユーザーから不満の声がありました。たとえば、1万円の部品料に5万円の技術料で、いつ預けたパソコンが戻ってくるかよくわからない修理サービスであった、と。もちろんすべての販売店がそうだとはいいませんが、それが販売店独自で展開してきた修理サービスに対するユーザーの評価でした。その不満は販売店ではなく、直接アップルに届きます。それゆえ、集中修理体制のインフラを構築したわけです。価格も商品ごとに一律にし、わかりやすくしました。さらに5000円を追加すると対面修理サービスも行えるようにします。地域は東京と大阪を予定しています。
アップル側でも、これまで修理の見積もりだけで9000円の価格を提示していました。というのも、見積もりをするためには、一度中を開けて、故障部分を確認しなければなりません。つまり、実はこれだけで修理工程のほとんどが済んでしまうといっても言い過ぎではない。しかし、ユーザーからみれば、なぜ見積もりで金が取られるのか、という気持ちは強かったと思います。ユーザーが価値を認めないものに対して金を取るわけにはいかない、という理由で今年1月に急いで見直しました。アップルの施策は、すべてユーザーのためを考えて行っています。販売店の既得権益を保護することが重要だとは思いません。
今後も販売店と連携業務系ビキナーを開拓
――商品の供給が遅く、発売日に潤沢に商品が入ってこない、という声も絶えませんが。
原田 これについては本当に申し訳ないと思っています。世界的にメディア・ドライブの供給が遅れており、生産計画に支障を来しているのです。ただ、それで発売時期を延期したらどうなるか。他社に遅れているというイメージが定着することだけは避けなければならず、それゆえ発表しなければならないのです。販売店の皆様にはご理解いただきたい。アップルの営業はこまめに回って説明をしているはずですが、その声が現場の販売員の方々にまで届いていないのかもしれない。ただ、iBookに関しては、夏商戦には品不足は解消するはずです。
――日本での直営店展開についてはどのような考えですか。
原田 社内では、正直言って全く議論をしていない。そもそも日本で直営店が成功するかどうかは疑わしい。現在、日本では販売店との連携が主流で、それが成功を納めているわけですから、今後も販売店と共に新たなユーザー層の拡大戦略を推進していきたい。ただ、成功を納めているとはいえ、粗利率が低いという声はあります。単一製品の粗利率ではなく、マーケティングを含めた全体のマージン額で考えて欲しい。また、ユーザーの立場に立った場合、安い価格の商品の方が魅力があると考えるのは当然です。そのために、アップルでは在庫の回転率を上げている。絶対的な粗利額でみると、確実にビジネスになっていると思います。それでも粗利が薄いというのであれば、直接お話をしたい。販売店もユーザーの立場に立ったビジネスの展開を検討して欲しい。
――ある老舗のマック専門店からは、「iMacもiBookも扱えない。しかも、パーツはアップルの直販サイトの方が品揃えが多い。これではマック専門店として成り立たない」という声も出ています。
原田 それをアップルが助けられるかといえばNOです。こうした専門店が対象としていたユーザーは、個人のパワーユーザーです。この層は、自然とネット直販の方に移行してくるのは誰もが疑わない事実です。それを流れがありながら、そこに固執することの方が問題ではないでしょうか。
――販売店も変わる必要がある、ということですか。
原田 そうです。かつてのアップルユーザーは、パワーコンシューマユーザーが主流でした。iMacの投入でビギナーも獲得しています。業務系では、パワーユーザーが主流ですが、いまだ業務系のビギナーが開拓できていない。ここが狙い目ですね。多くの販売店は、コンシューマのパワーユーザーをメインに据えています。そうではなく、新たなユーザーを開拓する努力をしなければならない。
眼光紙背 ~取材を終えて~
取材の焦点は、販売店の生の声が原田社長に届いているか、そして、原田社長の真意を探ることだった。販売店の声は、すべてではないにしても、原田社長の耳には確実にとどいているようだ。その上で、販売店への意識改革の必要性を原田社長は説く。「販売店もユーザーの立場に立ってビジネスを行なわねばならない。粗利が薄いのは今に始まったことではない。その上で、どのようにユーザー本位のビジネスを展開していくかが問われている時期である」と原田社長は言う。確かに厳しい意見かもしれない。だが、販売店の既得権益を守ることが、果たしてユーザー本位のビジネスといえるのか。淘汰の時代はすでに始まっている。(薊)
プロフィール
原田 泳幸
原田 永幸(はらだ えいこう)。1948年12月3日生まれ。71年、東海大学工学部通信工学科卒業。90年8月、アップルコンピュータジャパン(当時)入社、マーケティング部長。95年、ハーバードビジネススクール アドバンストマネジメントプログラム修了。97年4月、アップルコンピュータ代表取締役社長兼米国アップル副社長に就任、以後現職に。
会社紹介
1983年6月21日設立。資本金54億8000万円。米国アップルコンピュータのコンピュータ・周辺機器、関連ソフトウェアの輸入販売・研究開発が主な業務内容。従業員数250人。スティーブ・ジョブズ氏の復帰以降、iMac、PowerMacCUBEなど、「アップルらしさ」を取り戻した斬新なデザインをもつ商品を擁して「奇跡の復活」を遂げた。しかし、その復活は商品コンセプトのみならず、価格設定、ロジスティクス、販売戦略、チャネル戦略など、大幅な体制の刷新を図った結果のものだった。改革は時に流血をともなう。販売店の力が強い日本市場においては、ラディカルなアップルの改革案に販売店が猛反発をする姿もみられた。
ユーザー本意の姿勢を貫くアップルの戦略。販売店との意見のすれ違いを調整することが、当面、同社が日本市場で行う優先課題ともいえるだろう。