セイコーエプソンは2002年度、新マーケットの開拓を図る。売上高の大半を占めるプリンタ事業を強化。インクジェットプリンタでは、特殊用途で活用できる製品を続々と開発、法人市場で拡販を図る。もう一方の事業の柱である電子デバイスは、完成品開発に欠かせない重要な事業と位置づける。草間三郎社長は、「デバイスと完成品の共存により、市場に類のない製品を開発し続ける」と力強く語る。
各事業の連携強化で、主力領域の拡大を図る
――2001年度(02年3月期)を振り返って、業績はどうでしたか。
草間 プリンタをはじめとする完成品のビジネスは増収増益でした。しかし、経済自体の不況とあいまって、電子デバイス事業が減収となり、当社全体の業績は決してよかったとはいえません。時計事業も売上高全体でみると小さい規模になります。昨年度の売上高比率は全体の5%以下でした。しかし、デバイスや時計の技術は、主力製品のビジネスを拡大するうえで、今後も核となる事業と位置づけています。時計は、メカトロニクスとエレクトロニクスが融合している製品で、技術の核になっています。
この融合は、時計に限らず当社全体の製品に適応していきます。性能面を大きく左右するのはエレクトロニクスの技術だと考えがちですが、実際は、メカトロニクスの技術になります。製品にエレクトロニクスが浸透すればするほど、勝敗を決めるのはメカトロニクスの技術になります。また、良い商品を作るためには良いデバイスが必要になります。当社は、情報関連機器事業、電子デバイス事業を主軸としています。電子デバイス事業は外販も必要ですが、売上高が落ち込んだとしても、自社製品の差別化を図るうえで、強みとなっています。
――デバイスと時計の技術を生かして、主力事業を伸ばすということですか。
草間 そうです。今年度は、当社の主力であるプリンタ事業の売上拡大に注力します。昨年度はプリンタ事業が当社売上高の55%を占めました。プリンタの開発を強化することで、売上拡大につなげていきます。プリンタ事業の開発のなかでも、とくに注力する製品は、インクジェットプリンタです。今年度は、新しいコンセプトとして、「特殊用途のプリンタ」を掲げ、コンシューマ向け製品であるインクジェットプリンタを法人向けに開発していきます。
――どのような理由で、企業向けのインクジェットプリンタを開発するのですか。
草間 ご存知の通り、当社のインクジェットプリンタは、「写真高画質」を徹底的に追求しています。それは、コンシューマ市場に限らず、法人市場でも需要が高いからです。実際、プロの写真家は、高画質で出力できるプリンタを求めており、大半が当社のインクジェットプリンタを購入しています。印刷業者でも、大判プリンタ「マックスアート」シリーズを大量に購入しています。企業の間では、高画質を業務上で活用したいというニーズが高まっています。また、インクジェット活用することで、業務効率化にもつながります。例えば、印刷業者や広告会社は、販促ポスターのデータを転送していますよね。
そのデザインをパソコン上で加工編集し、プリンタで出力すれば、完成までに3週間かかったものがわずか数時間で作ることが可能となります。コンシューマ市場に出回っているインクジェットプリンタは、どのメーカーの製品でも一般消費者が望む画質をクリアしているといえます。とくに初心者からみれば、「画質面では、どのメーカーの製品を使っても、あまり大差ない」と感じるかもしれません。だからといって、コンシューマ市場ではもう高画質を追求しないわけではありません(笑)。法人市場では、コンシューマ市場よりもさらに「高画質」が差別化のポイントになるということです。
各業種向けに製品を発売、消費者には楽しさを追求
――確かに、企業向けにさまざまな製品を発売していますね。
草間 そうです。業種や業態のニーズに合わせて、製品を開発することに注力しています。印刷業界向けには、オンデマンド対応のインクジェットラベル印刷機「PL-1000」を開発しました。印刷業界では、商品のライフサイクルの短期化、多品種化にともない、発注者からの印刷業界に対するニーズも「短納期」、「多品種・小ロット」、「低コスト」が求められており、それらを実現するオンデマンド印刷機に対する期待が高まってきています。業務用の小型レシートプリンタ「TM」シリーズは、小売店やコンビニエンスストアを中心に幅広い分野の企業が活用しています。このため、国内初のインクジェット方式を採用した「TM-J2100」と「TM-J2000」も開発しました。
これにより、低ランニングコスト・高速印刷を実現しています。「TM」シリーズでは、コンテンツサービス会社との協力で、レシートに映画情報やイベント情報などを印刷できるサービスも提供しています。当社のインクジェットの強みは、「マイクロピエゾテクノロジー」技術が美しい印刷と高耐久性を実現することです。加えて、専用紙だけでなく、再生紙や和紙などのさまざまな紙に綺麗に印刷できることも強みです。最近では、顔料インク技術の「PXインクテクノロジー」を開発しました。「PXインクテクノロジー」は、当社独自の技術で開発した顔料インクを進化させ、耐光性、耐水性、耐ガス性に非常に優れています。同時に、発色性と用紙適応性を大幅に向上しています。この技術は、今後のインクジェット事業戦略の中心的なインク技術として位置づけています。
――コンシューマ市場での展開はどうするのですか。
草間 コンシューマ向けには、インクジェットを活用したサービスを付け加えることが重要となります。例えば、デジタルカメラと撮影者の意図に沿った印刷が可能な「プリント・イメージ・マッチング」は、コンシューマに付加価値を提供する技術です。すでにデジタルカメラメーカー13社と協業し、30モデルを超えるデジタルカメラに要となる技術を搭載しています。この技術は現在、バージョン2として、さらに進化しています。コンシューマ需要を開拓していくためには、家庭での写真出力の楽しさを追及することが重要だと考えています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
今回の取材での出来事。写真撮影の際、同行したカメラマンに対し草間社長は、「プロのカメラマンだったら、どんなデジタルカメラが欲しいのか」と質問していた。草間社長は、カメラマンが話すデジタルカメラのイメージを真剣に聞いた後、「実はデジタルカメラを開発したいのだが、できれば、とことん追求したい」と話していた。同社の開発するインクジェットプリンタは、高画質を追求している製品だ。草間社長は、「どんな製品でも、需要に合った製品を開発すれば、新しいマーケットを掘り起こすことができる」と強調している。同社がプロのカメラマン向けにデジタルカメラを開発するのであれば、究極の製品を追求してくることは間違いない。(佐)
プロフィール
(くさま さぶろう)1939年10月12日、愛知県生まれ。63年3月、静岡大学工学部電子工学科卒業、同年4月、諏訪精工舎(現、セイコーエプソン)に入社。94年4月、副デバイス事業統括兼半導体事業部長、同年6月、常務取締役、同年10月、副デバイス事業統括兼液晶表示体事業部長に就任。95年4月、デバイス事業統括(現、電子デバイス)兼液晶表示体事業部長、96年6月、専務取締役。01年4月に代表取締役社長に就任
会社紹介
セイコーエプソンは、1942年に「大和工業」として設立された。59年には大和工業と第二精工舎(現、セイコーインスツルメンツ)諏訪工場が合併し、「諏訪精工舎」となる。64年に東京オリンピックで公式計時を担当。同社が開発した卓上小型水晶時計「クリスタルクロノメーター951」が計時装置として活躍した。「セイコーエプソン」に社名変更したのは85年。時計の技術は、現在でも同社の核となっている。時計の技術から、電子デバイスやパソコン周辺機器の開発が派生した。同社は、情報機器関連事業と電子デバイス事業を柱としている。01年度は、プリンタを中心とする製品が増収増益だったものの、景気低迷とあいまってデバイスの販売が落ち込み、全体的な売上高は減収減益となった。だが、同社の強みは、自社でデバイスをもっているため、独創的な製品を開発できること。今年度はデバイスを生かし、主力事業の売り上げを伸ばしていく構えだ。