この3年間で10億円近くをITに投資した桜美林大学。10年前は年間数千万円規模だった。佐藤学長は、「ITは万能ではないが、学校運営を根本的に変える要素がある」と期待を寄せる。積極的なIT投資の背景には、少子化にともなう激しい大学間の生き残り競争がある。大学はいま、ITに何を求めているのか。
厳しい大学経営環境 増えるIT投資
――今、多くの大学は経営に危機感をもっていると聞きます。
佐藤 学生数約7000人の中堅大学である桜美林が、少子高齢化のなかで、今後どう生き残るのか。大学経営者として大きな課題です。2009年には、全入(名前を書けば全員入学できる)時代になると言われます。すでに競争力のない大学を中心に、定員割れの全入状態で、逆に、学生数1万人以上の有名な大学では、試験で振り落としても、なお定員の1.2―1.3倍の優秀な学生を獲得しています。大きな大学で余分に学生を獲っている分、中小の大学の学生不足が深刻化する構造です。
生涯学習や、より良い職場に転職するため、いったん社会に出た人が再度、大学で学ぶケースも増えています。しかし、少子化を埋めて大学経営を支えるほどは増えていません。大学経営の基盤となる市場は、今の段階では高校卒の就学年齢者を主な対象とし、将来的には段階を追って、専門知識を求める社会人や生涯学習の市場を積極的に開拓する必要があります。全国には国公立・私立合わせて約680校あり、このうち学生数6000人以上の大手・中堅大学は約80校で、大学生の約60%を寡占しています。残り約600校で約40%を奪い合う状況を考えれば、競争の激しさが分かっていただけるでしょう。
――ITは、大学を救う存在なのでしょうか。
佐藤 当然ですが、ITだけでは救えません。中小規模大学でも、たとえば国際基督教大学や津田塾大学(ともに学生数約3000人規模)など、大学の特性をうまく活かせば、最後まで生き残れるでしょう。桜美林でも、学生や学生を必要とする市場の需要など、時代の流れに沿った学部・学科を次々と編成・新設しています。電車の駅から少し離れた東京・町田市の丘陵地帯にある本キャンパスだけでなく、新宿にサテライトキャンパスを新設し、来年4月には最寄り駅であるJR淵野辺駅(横浜線)の真ん前に「プラネット淵野辺キャンパス」と名付けた新キャンパスを開設します。
ただ、ITが大学経営に欠かせない存在になっていることは事実です。10年前のITは、せいぜいLL(語学)教室の語学訓練用機材どまりで、大きいものでも図書館検索程度です。それが今では、ウェブを使った履修登録から始まり、入試管理から学生管理、就職支援、同窓生管理に至るまで、大学経営の根幹を支えるまでに発展しました。 これにともない、10年前は年間数千万円だったIT投資が、ここ3年間で10億円近く投資する見通しです。当学の収入が年間約100億円ですから、収入の約3%に当たる予算をITに充てていることになります。
――IT投資のポイントは。
佐藤 学生サービス、学生満足度の向上です。大学進学率は、50%近くにまで達しています。過去の進学率15―20%の時代とは、大きく違い、教育サービスに対する需要の多様化が進んでいます。十把一絡げの画一的な教育では、学生の需要を満たせません。学生の満足度を高めるための教育サービスであり、サービス提供の対象である学生を中心に考えています。
この9月からは、ウェブで履修登録ができる仕組みを導入しました。学生はリアルタイムに履修状況を確認でき、卒業までの履修プランが立てやすくなります。一方、教務課では履修状況をリアルタイムに把握し、教室の手配、教師に渡す学生名簿などを迅速に集計できます。来年4月には、入試、経理、人事、管財などのデータベースを統合します。入試や卒業後の動向を分析し、大学経営の実態と照らし合わせることで、今後の経営戦略をより確実なものにします。
――eラーニングはどうですか。
佐藤 具体的に着手できていませんが、注意深く導入のタイミングを見計らっています。1つの大学だけでは、学生全員の需要に応えられません。たとえば、本学の講義で補いきれない部分をほかの教育機関で補う道具としてeラーニングの活用を考えています。あるいは、ほかの大学がもっていない講義を当学からeラーニングを通じて発信することも可能です。
語学に強い桜美林では、学生たちが英語圏、中国語圏などへ積極的に学びに出かけます。ただ突拍子もなく出かけるのではなく、手順として、まず学内で基礎を学び、それから留学へと進むわけですが、米国、英国、カナダ、オーストラリア、中国、台湾など、留学先の講義すべてを学内に用意することは難しい。そこで、eラーニングを活用し、学生が希望する留学先の講義を、先方の大学の協力を得て、桜美林に居ながらにして学べる仕組みをつくる。こうすれば、現地に赴いた時の学習効果が大幅に高まるのではないでしょうか。先方の大学から迎え入れる留学生向けに、桜美林からeラーニングを使った遠隔講義を事前に提供することもできます。
また、「学部は18―22歳まで」という既成概念を突き崩す道具として、eラーニングを活用すべきです。米国では、いわゆる「現役入学」の学生をトラディショナルスチューデント(伝統的な学生)と呼び、この伝統的学生が全学生の50%を超えている大学はほとんどありません。日本では、大学院でようやく社会人など非現役学生が増え始めているものの、学部ではほとんど皆無に近い。
生涯学習と社会人教育、厚みある教育サービスへ
――現役偏重が、大学経営を圧迫していると。
佐藤 先にも触れたように、日本の大学が少子化で経営危機に直面してしまうのは、社会人教育や生涯学習の市場を創出できていないという要因が大きい。学部での現役比率が極端に高いのは、これの表れです。高校を卒業するとき、魅力ある大学や学部が見つからなければ、一度社会に出て、それから好きな専門分野を見つければいい。いろいろな生き方を経験して、そのあと大学に戻ってきてもいい。大学は彼らの求める教育サービスを、迅速に提供できるよう努めなければなりません。
こうした人たちに、多様な教育サービスを提供するための補完的道具としてeラーニングは大いに役立ちます。社会で活躍する人に、町田の丘陵地帯まで通学させるのは、まず不可能。せいぜい新宿キャンパスが精一杯です。新宿キャンパスとeラーニングを組み合わせれば、厚みが出てくる。たとえば、ホテル経営などのホスピタリティビジネスは、地方の観光事業に大いに役立つ学問です。この場合、学習意欲のある潜在的な学生は地方に散らばっており、eラーニングなどの技術を使わない限り、彼らを取り込むことはできません。
学生の多様化への対応、潜在的な教育市場を開拓するには、これらの基盤となる学生サービスや業務効率を高める統合的な情報システムを早期に完成させることが重要です。これに続き、eラーニングの技術的な発展を待って、学習の選択肢や多様性の幅を広める仕組みの導入が大学経営にとって不可欠になるでしょう。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「ITは教育現場に大きな変化をもたらしている。学生は必ずネットを使って文献を探そうと試み、教員はパワーポイントやウェブを活用した新しい教授法を模索する」ここ数年で、IT抜きの教育が想像できないほど深く浸透した。
「10年後の大学教育は、eラーニングの進歩により、18歳人口だけを対象とするのではなく、広く、社会人向け教育サービスや大学院教育が利用しやすい環境になる」と、多様化する教育需要をITが支えると読む。「一方、文献検索など、ITで『楽をしてしまう』部分も出てくるため、これを上回る教授法や新しい課題発想の能力をいかに高めるかが解決すべき問題となる」佐藤学長は安易な方向に流れる傾向にクギを差す。(寶)
プロフィール
佐藤東洋士(さとう とよし)1944年、中国・北京生まれ。70年、桜美林大学文学部卒業。73年、日本大学大学院文学研究科卒業。72年、桜美林大学文学部研究助手。76年、文学部専任講師。84年、文学部助教授。89年、国際学部教授。90年、学長補佐。93年、副学長。96年に学長就任。<P>
会社紹介
キリスト教主義に基づく国際的人材の育成が基本理念。1921年、学園創設者の清水安三氏が宣教師として中国・北京に滞在中に設立した崇貞学園が桜美林学園の前身。当時、崇貞学園では、経済難に苦しむ中国家庭の子女を預かり、読み書きと手内職の訓練を通じて自活の道を教えた。戦後、崇貞学園を引き払い、現在の東京都町田市に桜美林学園を設立した。
現在の学生数は約7000人で、語学と国際学の教育が特色。町田キャンパスのほか、新宿にサテライトキャンパスがある。来年4月、最寄り駅のJR横浜線・淵野辺駅前に教室数35室の新キャンパスを開設する。IT投資分野では今年9月、ウェブ履修登録など学生サービス系のシステムを立ち上げ、来年4月には、入試から在学、卒業・就職、同窓生までを統合的に管理する全学データベースシステムを立ち上げる。