米マクロメディアは、ウェブ動画コンテンツ用ソフト「Flash(フラッシュ)」と業務システムとを結びつけるサーバー製品群を、この秋から本格投入。これまで、表現力やデザイン面だけが強調されてきたフラッシュだが、今後は業務システムと連動した高度なサービスを提供するインターフェイスへと生まれ変わる。フラッシュをベースに、より大規模な業務システムの構築を推進することで“10億ドル企業”への成長を目指す。
デザインから業務システムへ、「コールドフュージョン」を投入
──フラッシュのマクロメディアが企業の業務システムを語ると、まだ違和感がある印象を受けます。
井上 今、マクロメディアは、大きく変わろうとしています。今年から来年にかけて、従来のフラッシュの画面をバックエンド(企業の基幹系業務システム)につなげる製品群を大幅に拡充します。米マクロメディアは、世界で年商3億2500万ドル(約390億円、2002年3月期実績)の中堅ソフト開発企業です。ここ数年、社内では年商を10億ドル(約1200億円)に増やし、いわゆる「10億ドル企業」の仲間入りを果たそうと議論してきました。日本で「1000億円企業」ともなれば、中堅の領域を出て大手メジャーの仲間入りという印象があるでしょう。それと同じです。このためには、パソコンの端末だけで動く「フラッシュ」では限界がある。これを乗り越えるために、フラッシュという非常に使い易くて美しいインターフェイス(操作画面)を企業の業務システムに結びつける仕組みをつくりました。この部分の製品を「Cold Fusion(コールドフュージョン)」といいます。
──フラッシュは、デザイン性重視のウェブによく使われますが、あまり実用的とは言えません。
井上 これまでブラウザは、HTMLで表現してきました。HTMLと企業の業務システムとの連動も進み、ブラウザを使ってさまざまな売買や情報のやり取りが盛んに行われています。一方、フラッシュはHTMLに比べはるかに豊かな表現力があるにもかかわらず、業務システムとの連携が弱かった。「ウェブのデザイン力を高める補助的な表現手段」にとどまっていたのです。ウェブデザイナーのほとんどがフラッシュを習得するのは、その表現力を評価しているからです。
ところが、コールドフュージョンの投入で、フラッシュは補助的な表現手段の領域から完全に脱します。コールドフュージョンは、フラッシュを操作画面として、ここから得られた情報を業務システムへと渡します。フラッシュは単なる“お飾り”ではなく、極めて実用的なインターフェイスに生まれ変わるのです。
──どんなことが実現できますか。
井上 表現力に乏しいHTMLとは異なり、フラッシュを使えば、より分かりやすい画面をつくることができます。たとえば、e-Japan計画では、誰もが格差なくITの恩恵を受けられるよう謳っています。ITの利用者層も増え、いわゆるITリテラシーの低い方々でもパソコンやインターネットに触れる機会が増えています。
このような社会的状況のなかで、いつまでもHTMLベースの貧弱な表現を用いていては、伝えたい情報も上手く伝わりません。電子自治体や電子政府のウェブは、老若男女問わず、市民の誰もが直感的に理解できるインターフェイスが求められています。まさにHTMLベースの表現は終わりを告げ、今後はフラッシュを基盤とするもっと豊かな表現力でITを構築すべきだということです。専門用語になりますが、マクロメディアではこれを「リッチ・インターネット・アプリケーション」と表現しています。意味は、表現力豊かなアプリケーションソフトを通じて、インターネットの特性である双方向性を享受するという意味です。
──フラッシュそのものはマクロメディアの独占的な手法であり、「オープン環境への流れに逆行する」と抵抗を感じる利用者も多いのではないでしょうか。
井上 確かに、フラッシュを使った手法は、マクロメディア独特のものです。しかし、リッチ・インターネット・アプリケーションの分野には、マイクロソフトや米国ITベンチャーなどが参入を表明しています。この分野の市場が拡大し、収益に結びつくことが明らかであるため、参入企業がどんどん増えています。従ってマクロメディアの戦略は、技術的には独自のものですが、競合となる企業はほかにたくさんいるわけです。
──マクロメディアがやらなくても、他に名乗りを上げる会社はたくさんあるということですか。
井上 そうです。リッチ・インターネット・アプリケーションは、まさにこれから立ち上がる市場です。今はまだ序の口で、本格的に立ち上がるのは来年以降でしょう。これを見越してマクロメディアは昨年、アライヤを買収し、基幹系システムとの橋渡し役であるサーバーアプリケーションのコールドフュージョンを手に入れたのです。私自身は、アプリケーションサーバー大手の日本BEAシステムズ(以下日本BEA)から転じ、今年1月に日本法人社長に就任しました。BEAでは、大規模システムをJavaで構築する高度なエンタープライズ案件が多く、この分野での経験は自信があります。98年に日本BEAの代表取締役に就任してから退任するまでの間で、売り上げを7倍に増やしました。<
その後、マクロメディアに来た理由は、今後この会社は年間で4倍、5倍と伸びる潜在力があると直感的に理解したからです。
業績は回復基調に、システムプロバイダと連携
──アライヤを買収した昨年度(02年3月期)決算では、日本円で約390億円の売上高に対し、370億円もの最終赤字を出しています。
井上 あまりの赤字の大きさに、正直いって私も驚きました。300―400人をリストラするという話を聞いたときは、入社するのをやめようかと一瞬思いました。しかし、この中間期(02年9月中間期)の決算を見ていただいてもわかるように、着実に利益を出しています。IT不況で大半の中堅ソフトベンダーが赤字で苦しんでいるなか、当社は業績が回復基調にある非常に特異な企業なのです。来年以降、新しい商材が本格的に立ち上がれば、1000億円企業になることも夢ではありません。
──課題は何ですか。
井上 フラッシュを扱うデザイナーなどの人材は多いものの、コールドフュージョンなどサーバー側のソフトを扱う人材が圧倒的に不足しています。マクロメディアの日本法人はたかだか40人の小所帯で、システム構築までとても手がまわりません。この点は、システムプロバイダの力を借りなければ、一歩も前に進めないところです。
幸い、IBMやNECなど大手システムプロバイダが当社のサーバー製品群に興味を示してくださり、積極的に扱っていただけるようになりました。サーバーアプリケーションのプラットフォームとしては、J2EEアプリケーションサーバーであるIBMの「ウェブスフィア」、BEAの「ウェブロジック」(来年初対応予定)に加え、.NETフレームワークにも対応します。幅広いプラットフォームに対応したうえで、フラッシュのインターフェイスと、ERP(基幹業務システム)、SCM(サプライチェーン管理)、CRM(顧客情報管理)などの業務システムとをコールドフュージョンで結び付け、新しいリッチ・インターネット・アプリケーションの構築を推進する考えです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
マクロメディアは、IT発展史に名を残したネットスケープやBEAのようなスター企業になれる――。将来の可能性に手応えを感じている。「業務システムでは、次の大型商材と目されるウェブサービスの波よりも、リッチ・インターネット・アプリケーションの波の方が早く来る」
「ウェブサービスも今世紀中には実現するだろうが(笑)、サンやオラクル、BEAなど、もともと仲が悪い企業が協業するんだから、最低でも2-3年待たなければならない」いつ来るか分からない波よりも、目の前の波に乗ってビジネスをした方が得策との判断。井上さんの目には、次世代インターフェイスの争奪戦は「すでに始まっている」と映る。(寶)
プロフィール
井上 基
(いのうえ もとい)1945年3月、福岡市生まれ。九州大学工学部卒業、米カリフォルニア大学バークレー校大学院修了、米スタンフォード経営大学院(MBA)修了。68年、ソニーに入社。その後、ヒューレット・パッカード、日本タンデムコンピューターズを経て、日本キャドネティクス、日本コンベックス・コンピュータ、日本ニューブリッジ・ネットワークスの各社代表取締役を務め、98年から日本BEAシステムズ代表取締役。02年1月、米マクロメディア日本法人(マクロメディア株式会社)の代表取締役に就任。
会社紹介
ウェブ動画コンテンツ用ソフト「Flash(フラッシュ)」の実装率の高さを武器に、サーバーアプリケーションの拡充を図る。フラッシュをインターフェイスとした「リッチ・インターネット・アプリケーション」の実現を目指すもので、新しく投入したサーバー製品群「Cold Fusion(コールドフュージョン)」は、企業のERP(基幹業務システム)、CRM(顧客情報管理)などの業務システムと、一般消費者とを結びつける。
単に表面を飾るだけのフラッシュではなく、コールドフュージョンにより、企業などの基幹業務システムとの連携を実現。これにより、より複雑で高度なトランザクション処理ができるようにする。コールドフュージョンは、J2EEや.NET両陣営のアプリケーション環境への対応を進める。フラッシュの実装率の高さ(世界のパソコンの約9割)を評価し、システムプロバイダ各社がコールドフュージョンの採用を進めれば、大きく成長する潜在力を秘める。すでにNEC、IBMなどが賛同を表明している。