「コンピュータは粗大ゴミだ。情報システムを開発しているのではない。顧客が戦うための武器をつくっているんだ」。コンピュータ業界における新手の経営者、木寺隆造・アイ・ティ・フロンティア(ITフロンティア)社長は言い放つ。三菱商事系のIT関連企業5社が2001年4月に統合して誕生した同社は、これまでのシステムインテグレータとは一線を画す経営手法で、年率30%以上の成長を目指す。
ハード主眼ではない“ITパートナー”を目指す
──IT投資が目減りするなか、どう成長しますか。
木寺 昨年度(2002年3月期)の売上高は711億円でしたが、今年度(03年3月期)は前期比約40%増の1000億円前後を見込んでいます。少なくとも今後、08年までの5年間は、30―40%の成長を目指します。この間に、株式の公開も果たします。
成長するには、ハード販売に主眼を置いたシステムインテグレータ(SI=システム構築事業者)であってはならないと考えています。SIではなく、顧客の“ITパートナー”であるよう努めます。ITパートナーとは、顧客のCIO(情報統括責任者)的な役割を果たし、顧客経営者に近いところで、費用対効果が最も高い情報システムの選定をする目利き役を務めるわけです。
情報システム部門の影響力は、今後ますます小さくなり、IT投資の決定権は社長直轄の部門に移っていきます。われわれは、勝手口から入って、女中頭に大根を売るような商売はしません。つまり、情報システム部門にコンピュータを売るのではなく、企業のトップに対して、競合他社と戦って勝てる“武器”を売っていると自負しています。システムエンジニアも、情報システムをつくっているのではなく、どうやったら顧客が勝利できる武器がつくれるかと考えているわけです。
たとえば、煉瓦職人が2人いて教会の壁をつくっていたとします。1人に『何をつくっているのか?』と聞いたところ、『壁をつくっている』と答える。もう1人に同じ質問をすると『教会をつくっている』と答える。
同じように壁をつくっていても、2人の職人の間には大きな意識の違いがある。後者のように教会全体を意識している職人は、教会をより効率良くつくり、安全で使いやすいようにするため、さまざまな努力を惜しみません。当社の1700人の社員のうち、1人でも多くの社員をこのような考え方に転換させる――、いや、全員このような考え方に基づいて行動すれば、IT不況のなかでも成長路線を歩み続けられると考えています。
──01年4月に誕生したばかりのITフロンティアにとって、顧客の懐に飛び込むのはそう簡単なことではありません。
木寺 ハードベンダーのように、コンピュータありきの考え方ではダメです。コンピュータは発展する手段に過ぎない。顧客が属する業界のなかで、どのようにITを活用すれば顧客が最終的に勝ち残れるか。ここがポイントです。
製造業界だったら、原材料を仕入れて、パテント(特許)を購入して、どこの代理店を通じて販売するのか、これら一連のサプライチェーンで発生する取引先がどれだけあるのか、どのようにつながっているのかの分析から始まります。その結果、競合他社に勝てる情報システム(=武器)をつくり、顧客の経営者トップに提案する。
もし、大きなコンピュータを顧客先に置かなきゃならないとなれば、「そんな大きな粗大ゴミを売りつけて申し訳ない。会社の隅っこにでも置いて下さい」と、申し訳ない気持ちになるべきです。(笑)
企業のトップは、コンピュータのことを粗大ゴミだと思っていますよ。でも、必要だから買う。ところが、本質的に顧客が求めているのは、競合に勝つための仕組みなんです。その仕組みをつくるためには、われわれがあらゆる業界の裏事情までしっかり把握していなければ、話にならない。
親会社の三菱商事に行けば、年間2万7000種類の業者と取り引きしている。材料メーカーはどこで、インド洋で獲れたマグロはどこの倉庫で冷凍していつ解凍するのかまで、すべて把握している。担当営業が調べきれなかったら、三菱商事のノウハウを活用するのも1つの手です。
企業トップという一国一城の主と話すわけですから、コンピュータの話をするのではなく、勝つための戦略の話をするのは当然として、もう1つ、重要な点を社員に要求しています。それは、政治、経済、国際、日本の伝統文化に立脚した話、歴史観に至るまで、幅広い知識です。経営者と対等に話ができないようでは、やはり相手にされません。くどいようですが、われわれは勝手口から入って、女中頭に大根を売っているのではないんです。
プロの先頭集団へ、大胆な組織改革も
──5社統合して2年過ぎようとしています。効果は現れましたか。
木寺 01年4月に統合して、丸2年が経とうとしています。この2年間で、ソリューションやサービスを売れる人間と、依然としてハード中心の商談が多い人間とが分かれている。しかし、これまでは統合前の旧5社の幹部を、バランス良く本部長など重要な役職に割り振ってきました。統合を円滑に進めるためです。ただ、これでは年間2億円以上を稼いでいる成績優秀者が不満をもつ。
3年目を迎える来年4月には、旧5社の役職とは関係なく、大胆な組織改革を断行します。給与体系や昇進基準も見直します。この2年間は大きな方針だけ示して、実際にはあまり組織を大胆に変更してきませんでした。あまりラジカルすぎるのも問題だと思ったからです。しかし、これからは販管費を削り、5社統合した強みを、より明確に数字に出していく必要があります。成績の良い社員を伸ばし、成績が悪い社員も、組織改革のなかで、また這い上がってくればいい。
私はこの会社を、個人事業主の集団にしたい。プロの戦闘集団と言ってもいい。私は社員から、相当“気が短い”と思われているようですが、実はとても“我慢強い”んです。もう2年間も改革を待ってきました。当初の計画では1年で合併を済ませ、2年目からは闘える体制を整えることだったのですが、私は1年、改革を待ちました。リスクや批判を真っ向から受ける覚悟で、プロの戦闘集団になる組織改革を行います。
──個人事業主では、組織としてのまとまりが難しくなるのでは。
木寺 企業の究極の目的は1つ。利益を追求することです。利益が出れば会社が存続して顧客の役にも立てるし、社員の満足度を高めることもできます。社員の中には、「出世すること」、「収入を増やすこと」、「ずっと生き甲斐のある仕事をすること」など、それぞれ重視している事柄があります。私は、できればこの3つとも目指すべき目標に選んで欲しいと願っています。昇進もして、給料も上がって、生き甲斐もある仕事を目指す人です。
チームワークやチームプレーなんて、偽りです。“人の為”にやるというのは、漢字で表すと“偽”(いつわり)になるんです。金儲けの大きな枠組みはわれわれ経営者が決める。社員は個人の利益追求のために自分を磨いて欲しい。少なくとも、長所は思い切って伸ばす。たとえば、英語70点、数学30点、国語50点だとしても、「数学が弱いから伸ばしましょうね」とはなりません。ウチは、受験勉強をやっているんじゃない。70点の強い英語、つまり長所をもっと伸ばすべく努力すべきです。
そうすることで、会社全体の戦闘能力が上がり、強い武器で顧客を勝利へと導けるわけです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「出る杭は打たれる」との諺がある。これは時の権力者や為政者が大いに利用した。「おまえら、出る杭は打たれるんだ。生意気な口を叩くんじゃない」と。庶民は、黙らせておくほうが政治がしやすかったからだ。
「『出る杭は打たれる』のは確かだが、この諺はこれだけで終わらない。『されど、出ない杭は腐る』と、ちゃんと続く言葉があるんです。つまり、勇気をもって出ろ! と説いているわけなんす。この勇気がないと、企業は絶対に発展しない」
5社統合後、3年目を迎える来年度は、勇気をもって組織改革に乗り出す。
「オンリーワンの企業になるためには、勇気と改革が不可欠」。成長路線を描く木寺社長の挑戦が始まる。(寶)
プロフィール
木寺 隆造
(きでら りゅうぞう)1947年、大阪生まれ。70年、大阪大学物性物理学科卒業。同年、三菱商事入社。71年、米国三菱商事(ニューヨーク)勤務。83年、エイ・エス・ティ出向。91年、三菱商事産業電子事業部チームリーダー。95年、同部部長。97年、エイ・エス・ティ代表取締役社長。01年、アイ・ティ・フロンティア取締役兼執行役員副社長。02年、代表取締役社長に就任。
会社紹介
三菱商事の関連IT企業である三菱事務機械、エイ・エス・ティ、アイティコマース、エム・シー・テクノサーブ、シリウスが統合して2001年4月に設立。三菱商事が約80%、日本アイ・ビー・エム(日本IBM)が約20%出資した。このほか、三菱商事の情報システム部門や産業電子部門、日本IBM、アウトソーシング顧客である旭硝子の情報システム部門など、さまざまな人材が集まる。
玉石混淆の寄り合い所帯との印象を受けるが、その分、前例や慣例、系列にとらわれない自由闊達な営業活動を展開することで、弱みを強みに転換しつつある。三菱商事への依存を断ち切り、旭硝子の競合他社へも営業をかける。ハードは日本IBMにこだわらない。競合の伊藤忠商事系の伊藤忠テクノサイエンス(CTC)ともサービス事業で提携をした。
システムプロバイダの収益源を、(1)ハード販売、(2)システム構築、(3)サービス部門に分けるならば、(3)のサービスを最も重視する。今年度はサービスの売上比率は2割程度に過ぎないが、05年度には50%まで引き上げる。サービスが増えれば、システム構築案件は後からついてくるとの考え方に基づく。