センスは、民間の企業経営者と同じである。既存の経営資源を活用しながら、効率的な投資で最大限の効果をどう引き出すか、だ。「ITに関しては素人やから…」とは言うが、ITも地域再生のための1つの“道具”として上手く利用しようという経営感覚は、さすがである。「ローカルITの先進地域を目指したい」――。老舗・温泉地、南紀白浜の再生に挑む。
ITの拠点が04年春に完成、人材育成を進める
──温泉保養地で有名な南紀白浜でITの拠点づくりが始まりました。
木村 白浜町の隣の田辺市に、IT総合センター(仮称)の建設を進めています。2004年春には完成します。ただ、箱だけを作ってもダメで、問題は中身です。まず、和歌山大学のシステム工学部のサテライトキャンパスに入ってもらうことにしました。IT講習など研修活動を通じて、人材育成を進めます。また、昨年1月に設立されたNPO(民間非営利団体)の情報セキュリティ研究所も入居する予定です。以前に和歌山県警にいて現在は防衛庁の幹部の方が、コンピュータセキュリティに造詣が深く、ボランティアで「コンピュータ犯罪に関する白浜シンポジウム」を立ち上げました。昨年、6回目の会議が開催されましたが、センターに入居するNPO法人はこれがキッカケで発足しました。会議には、今は総務省の総務審議官でもある月尾嘉男・東大教授も参加したことがあるようです。
──なぜ、ITセンターだったのですか?
木村 私が(00年9月に)知事に就任したとき、すでに白浜ではいろいろな計画が作られて動き出そうとしているところでしたが、地域振興という視点で見ると少々インパクトが弱い。白浜はこれまで“関西の奥座敷”といわれる温泉観光地で、大企業の保養所が100か所ぐらいあるのですが、リストラなんかで30―40もの保養所が空き家となっていました。これを光ファイバーで結んでSOHO(スモールオフィス・ホームオフィス)として使えないか?、“ローカルIT”の拠点として地域振興できないか?、と考えたわけです。
──既存施設の有効活用も狙ったのですね。
木村 ちょうど、和歌山県出身で、ソフト会社クオリティの浦(聖治)社長が、田辺市に進出してくるというので会って、「なぜ和歌山なのか?」と聞きてみたのです。すると、中小のソフトハウスだと中国に進出するほどのリスクは犯せない。しかし、東京では優秀な人材もなかなか集められない。和歌山であればUターンの人材も集めやすいし、地元の優秀な人材もいる。東京に出る用事もあるが、近くに南紀白浜空港もあって羽田へも1時間弱でいけるので便利だ、と言うのです。さらに、田辺・白浜であれば、気候も温暖で、温泉もある。これは売り出せる!と思いましたね。総務省でも、来年度予算でITビジネスモデル地区構想の推進(新規で約67億円)を要求しており、全国で3―4か所を指定して魅力的なITビジネス環境を先行的に実現しようとしています。和歌山県でも名乗りを上げて、ぜひ指定を受けたいと考えています。
──企業誘致はいかがですか。
木村 (クオリティの)浦さんのところは、子会社エスアールアイを設立して社員数も30人になったようです。昨年、白浜町の遊休保養所を借りて開発センターを増設しました。本当に立派な保養所ですよ。昨年8月には、ソフト会社のアスクソフトクリエイトとも進出協定を結びました。このほかに、数社と商談が進んでおり、さらに進出企業が増えることを期待しています。和歌山県として、IT関連企業の初期投資を軽減するために投下固定資産額の30%の補助金を交付するほか、地元雇用1人当り年50万円の補助金を3年間交付する制度も新設しました。これから電子自治体の実現に向けて、県もIT化を推進しなければなりませんが、ソフト開発の発注を行う場合にもそうした仕事の受け皿になってもらうようなことも考えています。地方に企業を誘致しようと思ったら、これぐらいしないと、なかなか来てもらえないですよ。
──和歌山県はこれまでは、必ずしもITの先進県ではなかったわけですが…。
木村 少子高齢化が進み、地方でも老人福祉や教育などの分野で、ITが活躍する場が増えてくるように思います。放送も地上波デジタル放送が始まれば、テレビを端末にしていろいろなサービスも可能になるのでしょう。ローカル型の「ITによる生活」というのも、出てくるのではないですか?。それは、やはりローカルな地域で研究するのが良いと思いますよ。最近はいろいろと騒がれている高速道路ですが、田辺・白浜までは近く開通します。空港も高速道路もあって交通の便は良く、豊かな自然と温泉、優秀な人材も活用できて、サテライト大学で教育もできる。確かに、和歌山県はITでは、IT先進県と言われるところに比べて大きく出遅れたかもしれません。ですが、ITは非常に進歩が早い分野であり、始めた時が最先端とも言えるでしょう。“一周遅れのトップ”になれる可能性もあるのではないかと思っています。
ITを道具に雇用創出、旧来型温泉地経営から脱却
──人材の育成や基盤整備はいかがですか。
木村 コンピュータセキュリティに関するNPO法人の活動は、日本でも先進的な取り組みをしており、理事には和歌山大学の先生も参加されています。地方自治体などで求められているセキュリティポリシー策定作業を支援するなどの活動を展開していくと聞いていますので、ぜひ『和歌山モデル』として全国に発信してくれることを期待しています。クオリティの浦さんも、地元の高校生などを対象に高度なLinuxのトレーニング教育などをやってくれています。さらに、和歌山大学のサテライトでも、大学の単位が得られる仕組みができないかな、と思っています。それによって最先端のIT教育が地方でも実現できることになります。
インフラ整備も、地方は民間ではなかなかペイしないと言うので、デジタルデバイド(情報格差)の問題を解決するのも大変です。三重県に接する新宮市は、和歌山市から遠いこともあって、何かと遅れがちになってしまうのですが、CATV網が発達している三重県の北川(正恭)知事に相談して、昨年、三重県のCATV会社に新宮市へ進出してもらいブロードバンドが使えるようになりました。
──ITは地方の雇用創出につながりますか。
木村 和歌山県では吉野の林業振興も兼ねて、『緑の雇用』事業にも力を入れています。山の中でもITを使えば充実した教育サービスを提供することが可能になり、子どもの教育を心配している方でも、安心して働けるようになります。要は、ITは道具なのです。IHS(イノベーション・ホット・スプリングス)構想も、進出してくれるIT企業が10社を超えたら、ブレイクスルーが生まれ、良い方向へと回転し始めるのではないかと考えています。いまITに関しては、あれもこれも、と手を広げる体力はありません。重点的に取り組み実績を上げることで、地元県民の方にも認知され、積極的に参加するという良いサイクルを作っていきたいのです。温泉地は全国どこも疲弊してしまっていますが、南紀白浜でも旧来型の温泉地経営ではもう立ち行かなくなっており、これからは多角経営していかなくてはいけない時代でしょう。
眼光紙背 ~取材を終えて~
もともとは大阪出身。“ナニワ商人”のDNAをどこかで受け継いでいるのかもしれない。パッと明るくする雰囲気と、とても気さくなしゃべり口からは、そんな印象を受けてしまう。和歌山県の知事選に出馬したのは、自治省時代に和歌山県の総務部長を経験したのが縁。ただ、同じ関西ではあっても、大都市と地方との違いを感じているのだろう。「備長炭に直接マッチで火を点けようとしているようなものですわ」。何を始めるにしても、ゼロから始めなければならない難しさである。しかし、考え方はプラス思考。「一周遅れの有利さを引き出したい」と前向きだ。確かに備長炭に火を点けるのは大変だが、一度点けば、あとは消えずに燃え続けるはずである。(悠)
プロフィール
(きむら よしき)1952年1月11日生まれ。大阪府出身。74年3月、京都大学法学部卒業。同年4月、自治省入省。79年、北九州市企画局企画部開発課長。83年、愛媛県地方振興部市町村課長。85年、自治省行政局公務員部公務員第二課長補佐。87年、埼玉県総務部地方課長。88年、埼玉県企画財政部財政課長。90年4月、自治省大臣官房企画室調査官。同年7月、国土庁地方振興局総務課半島振興室長。93年、和歌山県総務部長。96年、自治省財政局準公営企業室長兼大臣官房参事官。97年、自治省財政局指導課長。98年7月、大阪府総務部長。99年7月、大阪府副知事。00年9月、和歌山県知事選挙に初当選し、和歌山県知事に就任。趣味は魚釣り、囲碁、水泳。
会社紹介
“関西の奥座敷”――。全国的にも有名な温泉地である和歌山県の南紀白浜と田辺市で、情報通信関連産業の集積を目指すIHS構想が動き出した。IHSとは「イノベーション・ホット・スプリングス」の略。創造的な活動が温泉(ホット・スプリングス)のように湧き上がる、知的創造空間を創出するという計画である。
旗振り役は、改革派知事としても売り出し中の木村良樹知事。旧・自治省(現・総務省)のキャリア官僚から、2000年9月に初当選。やはり全国的に知られる鳥取県の片山善博知事は、自治省の同期入省組だ。いま、地域経営にとって最大の課題は、雇用の創出である。IHS構想によるITの新たな拠点づくりも、人材育成や研究開発を推進することで、IT企業を誘致するのが狙いだ。経済環境が厳しくなるなか、確かに競争は激しい。知事自らPRを買って出て、空港、遊休保養所などをアピール。企業誘致のための助成制度などの政策メニューも用意した。あとは、きっちり商談をまとめるだけである。