この3月、アジアで初の国際的なグリッドコンピューティング会議が東京で開かれる。次世代インターネットを支えるグリッド技術を標準化する重要な会議で、今回で7回目になる。この国際会議を日本に誘致した立役者が独立行政法人、産業技術総合研究所の関口智嗣・グリッド研究センター長(グリッド協議会会長)だ。グリッドの可能性、日本の果たすべき役割とは――。
東京でフォーラムを開催、グリッド技術の推進役に
──今年3月、第7回の国際的なグリッド会議「グローバル・グリッド・フォーラム(GGF)」が東京で開かれますが、そもそもグリッドとは、何でしょうか。
関口 次世代コンピューティングのインフラとなる技術です。複数のコンピュータを結びつけることから、分散コンピューティング技術とも言われます。海外での応用事例では、宇宙人探しの「SETI@home」(セティ・アット・ホーム)や、抗癌剤・白血病への治療方法を分析するインテルやユナイテッド・デバイス社による癌治療プロジェクトなどが有名です。国内では、NTTデータがユナイテッド・デバイス社の技術を使い、遺伝子解析などの実証実験「セルコンピューティング」を昨年12月から始めました。
具体的には、企業内で、夜間など使わないパソコン資源をつなぎあわせて使う企業内グリッドにはじまり、次いで、SETI@homeやセルコンピューティングなどのように、広く一般のパソコン資源を集めてスーパーコンピュータ(スパコン)並みの処理能力を実現する技術。さらには、不特定多数のパソコン資源を連結させ、個人や法人を問わず、必要な人に必要なだけコンピュータ資源を販売する段階へと発展します。この3月、東京で開く「第7回グローバル・グリッド・フォーラム」は、これらグリッドの可能性を支える規格をつくり、グリッドの事業化に向けた下準備をする会合です。
──グローバル・グリッド・フォーラムでは今、どのあたりまで議論が進んでいるのですか。
関口 通信規格の「グローバス・ツールキット3.0」のアルファ版ができた段階です。まだ「アルファ版」なので、とても実用的とは言えない状態ですが、今年1年をかけて、これを実用的なものに仕上げます。グリッド分野では、一般的にIBMが技術的にリードしていると言われています。彼らを見ると、遅くても2005年には、本格的に自分たちのビジネスとして立ち上げようと狙っているようです。
しかし、今後2年間研究ばかりしているのか? ということではありません。恐らく、ウェブサービスなどとの連携という形で、次第にグリッド技術を取り込んでいくことになります。昨日までクライアント・サーバー型のシステムを使っている人が、「はい。今日からグリッドを導入します」という風にはならず、グリッドの場合、次世代インターネットを支えるインフラとして、徐々に採用が進むと思います。
──グローバル・グリッド・フォーラムには、産業技術総合研究所(産総研)として、どのように関与していますか。
関口 産総研は、01年4月に独立行政法人になった、経済産業省が管轄する研究機関です。グローバル・グリッド・フォーラムは00年後半から現在のような活動を始め、産総研のグリッド研究センターは02年1月に発足しました。設立半年後の昨年6月には、国内での普及啓蒙活動を行うグリッド協議会を設立しました。グローバル・グリッド・フォーラムができて、1年半後に産総研のグリッド研究センターができ、2年遅れて国内でも、ようやくグリッド協議会が発足したという段階です。出遅れたことは否めませんが、それでも、今年3月には東京でグローバル・グリッド・フォーラムを開催するまでになりました。東京で開かれるのは初で、アジア地域でも初めての会合です。
もし、何も手を打っていなければ、恐らく第50回の会合になっても東京にグローバル・グリッド・フォーラムが来たかどうか、怪しいものです。それが、まだ1ケタの7回目で東京に来たというのは、出遅れた状況から見れば画期的なことです。産総研としても、グリッド技術を使ったコンピュータ資源を民間企業に販売するなど、独立行政法人らしい今後のビジネス展開を考えています。グリッド研究センターの実質的な初年度(03年3月期)の予算は、立ち上げ費用も含め10億円ほどあったものの、来年度(04年3月期)の予算は、初年度の半分にも達しない見通しです。足らない分は、何とか別のところから確保しなければなりません。
グリッド研究センターのような組織を有効に運用するためには最低でも7―8億円はないと、まともな研究成果は出ません。求心力を発揮するためには重力が必要で、重力を出すためにはある程度の実入りがないとダメです。この研究センターは、7年間の時限的なものですが、少なくともこの期間、有効な活動をするためにも、資金力のある民間企業との連携が欠かせない要素です。独立行政法人の動きやすさを存分に生かして、柔軟な活動を展開します。
今はIBMがリード、日本企業の参画に期待
──国内企業のグリッドに対する関心は、それほど高くないような気がします。
関口 冒頭にも触れたように、グリッドは次世代インターネットの基盤となる技術です。この分野でIBMがリードしているのは、彼らが敏感で動きが早いからです。米国のトップ企業だからというだけが理由ではありません。1年半ほど前の01年夏頃、英国の政府系研究機関がグリッドに予算をつけ、その後、欧米の研究機関が競ってグリッド研究に着手しました。IBMは、「これはお金になる」と思ったのでしょう。その瞬間から、社内に分散していた資源をグリッドに集中させ、トップダウンで末端の社員までグリッドへと動員しました。当時、グローバル・グリッド・フォーラムによる規格化はまだ混沌としていました。そこへIBMの大軍が押し寄せてきて議論に参加、一気に主導権を握ったわけです。
恐らく、IBMにしてみれば、「うぁー、(主導権を)獲れちゃったよー」と、自分のことながら驚いていたでしょう。その後、独占禁止法の絡みで「うちだけじゃまずいから、HP(ヒューレット・パッカード)さん、サン(サン・マイクロシステムズ)さん、おいでよ」と、声をかける。当時のグローバル・グリッド・フォーラムで主導権を獲るには、IBMほどの巨人の力なんて、これっぽっちも必要ありませんでした。国内のNECや富士通ほどの力で十分でした。理想論から言えば、国内ベンダーが次世代インターネットの主導権を握り、「独禁法にひっかかるから、IBMさん、HPさん、一緒にやりませんか?」と、声をかける心意気が欲しいところです。
昔の話になりますが、インターネットの規格は米軍内部で決まっていたところがあり、この意味で、日本企業ではどうしようもありませんでした。しかし、その後のオープン化の流れのなかで、日本のITベンダーはもっと影響力を発揮すべきでした。結果は、圧倒的に海外陣営が先行し、日本はビジネスチャンスを逃しました。同じ過ちをグリッドでも繰り返すのですか? と、私は申し上げたい。まずは、東京でのグローバル・グリッド・フォーラムをご覧になり、グリッドの可能性を体感して下さい。これが私のメッセージです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
毎週1回の電話会議、年3回の「グローバル・グリッド・フォーラム(GGF)」と、関連する国際会議が3、4回。わずか数日の短期出張を繰り返し、頻繁に国際的なコミュニティに出て顔を売り込む。国際標準を獲る第一歩だ。
「うちの研究員でも、ようやく国際的な会議で顔が売れ始めた。戦略的に人を送り込む裁量権が独立行政法人化で手に入り、身動きしやすい」と話す。
だが、一方で、実績を上げる必要に迫られる。予算も限られるため、規模を問わず、民間企業と積極的に組み迅速な事業化を目指す。
「ぼくらには、事業化に向けた資本力やセンスには欠けるものの、ビジネスのネタはたくさんある。IT産業で、今度こそ日本が主導権を握る領域を開拓する」と意気盛んだ。(寶)
プロフィール
関口 智嗣
(せきぐち さとし)1959年生まれ。82年、東京大学理学部情報科学科卒業。84年、筑波大学大学院修士課程理工学研究科修了。同年、通商産業省工業技術院電子技術総合研究所(当時)入所。以来、ハイパフォーマンスコンピューティングシステム、クラスタコンピューティング、並列アルゴリズムなどの研究に従事。01年、組織変更により独立行政法人、産業技術総合研究所情報処理研究部門副研究部門長兼先端情報計算センター情報企画室室長。02年、同研究所グリッド研究センターの設立にともない、センター長に就任。グリッドに関する国際標準化団体「グローバル・グリッド・フォーラム(GGF)」の運営委員を務めるほか、「アジア太平洋グリッドパートナーシップ」の提唱など、グリッド技術における国際活動多数。グリッド協議会会長。
会社紹介
グリッドコンピューティング技術の標準化を巡り、国内ベンダーと歩調を合わせ、国際的な標準化団体「グローバル・グリッド・フォーラム(GGF)」と頻繁な折衝を続ける産業技術総合研究所の関口智嗣・グリッド研究センター長。昨年6月に、日本での普及啓蒙活動に主眼を置くグリッド協議会を開設し、会長に就任した。独立行政法人ならではの柔軟な活動を通じて、IT業界の振興に努める。「独立行政法人化したことで、予算配分などの裁量権が増え、動きやすくなった。グリッドの標準化の時期と独立行政法人化が重なったことは幸運だった。積極的で柔軟な活動が展開でき、日本の産業界の一員として深くグリッドの標準化に食い込めた」と自信を示す。今後、グリッド技術はオープンシステム、ウェブサービス、エージェントなどの諸要素と融合し、次世代インターネットの基盤技術として発展するものと期待が集まる。