「僕は辛口で通しているから…」との言葉通りに、ズバリと問題点に切り込む。地方自治体の職員にとっては耳の痛い指摘ばかりなのだが、なぜか自治体からの講演依頼も多い。厳しい言葉の中にも、自治体への温かな応援のメッセージが伝わってくるからだろう。自治体の業務改革が本格化するなかで、“辛口”ご意見番としてさらなる活躍が期待される。
業務改革が進まない行政
国の施策や補助金からの自立を
──現在進んでいる政府のe-Japan戦略の見直し作業で、行政のBPRの必要性が強調されています。
島田 現在のe-Japan戦略の中にも業務改革と一緒に進めなければ成果は上がらないと蕫うたい文句﨟としては入っていますし、総務省の施策の中にも必ず業務改革という言葉は盛り込まれています。そうした掛け声は以前からあるのですが、現実としては遅々として進んでいないのが実情です。業務改革というのは、行政がこれまで最も苦手としていた分野であると言えるでしょう。
なぜ、業務改革が進まないかと言えば、行政の考え方が、高度成長時代から現在も「予算をどのように獲得するのか」、「どのようにして対前年度比で予算を維持するのか」という発想から脱却できていないからです。予算をどのように獲得するかが優先順位の第1位で、予算をいかに有効に活用するかという点がなおざりになっているのです。
地方自治体でも財政状態は危機的な状況に陥っており、いかに歳出をカットするかが重要な課題となっています。民間企業であれば、トヨタ自動車のように「乾いたタオルを絞る」わけですが、行政のタオルはまだジャブジャブですよ。
──なぜ行政における業務改革が進まないのでしょうか。
島田 業務改革を推進しようというインセンティブが働かないからです。地方自治体はこれまで国が打ち出す施策や補助金に頼ってばかりで、自立的な自治を行ってきませんでした。一部の自治体を除いて内部努力を怠ってきたわけです。国の制度も、地方自治体が努力して企業を誘致して税収が増えると地方交付税交付金を減らされる仕組みになっており、痛みをともなう業務改革よりも安易な方向へと流れやすいというのも原因です。
2001年5月に愛知県、三重県、岐阜県など5県1市が慶應義塾大学と提携して「地方自治IT共同研究機構(通称・ITTO)」を立ち上げて、2年間、BPR教育が実施されましたが、残念ながらあまり実を結んだとは言えないですね。本来は財源を含めて地方分権を進めながら補助金を削減するぐらいでないと歳出削減はできないかもしれません。
注目できるのはやはり長野県です。田中康夫知事のすごいところは、来年度の予算案をみても大幅な事業の見直しを実施して歳出を減らそうとしている点です。もちろん現状で国の補助金をなくすことは難しいわけですが…。
IT化を判断する3つの「ものさし」
BPRの目標は福祉の向上
──地方自治体のIT化のレベルをどのように評価していますか?
島田 地方自治体のIT化を判断するときに3つの「ものさし」があります。第1に、パソコン1台当たりの人数やLANの接続率といった情報通信の装備に関するものさしで、大概はこれで判断することが多いですね。しかし、いくら投資したかというインプットのレベルの話をしたところで、IT化の成果にはなりません。
第2は、アウトプットのレベルです。ITを使ってどれぐらい仕事をしたか、どれぐらいの人がITを使って仕事ができるか、仕事量のものさしと言えるものです。第1のものさしに比べると多少はマシですが、これでも不十分です。
第3のものさしは、どう効率的に利用したか、どう住民サービスに生かしたか、という成果のレベルで、行政評価ではアウトカムと呼ばれているものです。この第3のレベルがITを使う場合にも必要でしょう。
──アウトカムのレベルはどのように測ればよいでしょうか。
島田 アウトカムを評価するには工夫が必要かもしれません。例えば、IT化によって省力化がどれくらい進んだかというのも指標になります。すでに横須賀市などではそうした考え方を導入していますね。もう1つは、住民のサービス向上です。これはアンケート調査やヒアリングなどによって、住民が行政サービスに対する満足度を測ることで評価できるでしょう。
ポイントになるのは、効率化という視点で見た場合、やはり省力化だと思います。しかし、労働組合の反発を招くとの理由で、多くの自治体がこの問題に対しては消極的です。何も民間企業のようなリストラを実施するわけではなく自然減で良いのですが、それすらできないと言うのなら、単に労働組合を口実にしているだけではないのかと疑わざるを得ません。
──BPRはトップダウンで進めていく必要があると言われます。
島田 行政の場合は、首長だけでなく、中間ミドルにも優秀な人材がいて、ペアシステムが上手く機能している自治体が成功しています。トップダウンだけでは難しいように思います。
──民間のBPRは利潤の追求という目的がわかりやすいですが、行政のBPRの目標はどこに置けばよいでしょうか。
島田 基本的に行政は「福祉」重視です。民間のIT利用は強者を作るための情報システムですが、行政の場合は弱者を作らないための情報システムである必要があります。例えば民間なら顧客をランク分けして重点化したりしますが、行政ではそれはできません。効率化と言っても、民間に比べると限界があります。ただ、組織体としては民間も行政も共通点はあるわけで、費用のかからない組織を構築するという観点からBPRが求められています。
──民間向けにはBPRのためのツールが商品化されていますが、行政向けはいかがですか?
島田 確かに行政向けに開発されたBPRのためのツールがほとんどないですね。2―3年前に米カリフォルニア州の自治体で、行政では初めてERP(エンタープライズ・リソース・プランニング)システムを導入した事例を視察しましたが、海外でも取り組みは始まったばかりのようです。
今年4月から総務省では、都道府県レベルでフロントオフィス、バックオフィスのための情報システムを開発する共同アウトソーシング事業を本格的にスタートします。私も委員会のメンバーに加わっていましたが、行政のバックオフィス向けのERPシステム開発も募集したのですが、名乗り出た自治体はほとんどなかったですね。
──行政がBPRを推進するインセンティブを働かせるにはどうすれば良いでしょうか。
島田 まず、地方自治体が自立性をもって行政に取り組むという意識が必要です。IT導入というと住民に対するサービス向上ばかり言われますが、まずは職員の仕事が便利になって楽しくなることが重要です。職員が満足できないようでは、住民に対して良いサービスは提供できません。こうした視点は、これまで欠けていた部分でしょう。ただ、自治体の職員も勉強不足という面はあります。横須賀市のように全国から注目されるようになれば、職員も勉強し、意識が変わってきます。行政のBPRでこれまで最も成果のあった事例は、横須賀市が実施した電子入札制度でしょう。
眼光紙背 ~取材を終えて~
5度目の転職で、奥様と2人、初めて関西に引っ越してきた。休日は、夫婦連れ立って名所旧跡巡りを楽しんでいる。
「それぞれの職場で、仕事に全力で取り組むことが自分のポリシー」。民間企業のサラリーマン、経営コンサルタント、そして大学の講師、助教授、教授と、それぞれの仕事に前向きに取り組んできた。初めての関西暮らしも、積極的にエンジョイしている。
もちろん、本業の研究に対する情熱もますます高まっている。
「民間企業のBPRは研究者の数も多いが、行政のBPRは研究者の数も少なく、やりがいを感じている」。行政のBPRはこれからが本番だ。普及に向けて啓蒙、教育、第3者評価が不可欠となる。活躍の場面がますます増えそうである。(悠)
プロフィール
島田 達巳
(しまだ たつみ)1939年、富山県生まれ。61年、中央大学法学部法律学科卒業。明電舎、日本生産性本部(現・社会経済生産性本部)経営指導部主任経営コンサルタントを経て、74年、横浜商科大学専任講師。同大学助教授、教授を歴任し、84年、東京都の行政情報化の委員に委嘱、都の情報化政策に従事。93年、東京都立科学技術大学人文系教授。02年4月、摂南大学経営情報学部教授に就任し現在に至る。東京都立科学技術大学名誉教授、大阪市立大学博士(経営学)。
専門分野は経営学、経営情報システム論、行政経営、行政情報システム。日本学術会議経営行動研究連絡委員、オフィスオートメーション学会常任理事、日本社会情報学会理事、日本経営システム学会理事、e-自治体協議会調査部会長などを務める。主な著書には、「日本的OAの構想と展開」(白桃書房、第16回経営科学文献賞受賞)、「情報技術と経営組織」(日科技連)、「アウトソーシング戦略」(編著、日科技連)、「地方自治体における情報化の研究―情報技術と行政経営」(文眞堂、第15回テレコム社会科学賞および平成12年度日本社会情報学会優秀文献賞受賞)、「情報資源戦略」(編著、日科技連)「自治体のアウトソーシング戦略」(編著、ぎょうせい)、「情報技術を活かす行政経営」(同、同)など。
会社紹介
行政のBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)を語ることができる数少ない学識者の1人である。きっかけは、横浜商科大学経営情報学科教授だった1984年に、東京都の行政情報化の委員を委嘱されたこと。その仕事を通じて行政の情報化に興味をもつようになり、メインの研究テーマとして取り組んできた。
大学卒業後、最初は民間企業に就職したものの経営コンサルタントに転身。30代半ばで大学での教育、研究活動に入ったというユニークな経歴をもつ。それだけに、民間の発想や視点から行政のBPRの現状を鋭く評価する。
昨年4月に関東の東京都立科学技術大学から関西の摂南大学へと拠点を移した。「電子自治体は関東では横須賀市(神奈川県)が有名だが、関西も羽曳野市(大阪府)や枚方市(同)、西宮市(兵庫県)は進んでいる。岡山市も良いね」。4月からは総務省の「共同アウトソーシング事業」もスタートする。果たして地方自治体のBPRは進むのか。島田教授が説く意識改革がますます重要になっている。