シェアナンバーワン、ただそれだけではない――。パソコンビジネスの製販を一体化し今年7月に発足したNECパーソナルプロダクツは、従来の概念を打ち破る次世代のデジタル製品を積極的に投入することで、パーソナル市場に新風を吹き込もうとしている。片山徹社長は、自らの手で新市場を創造し、業績のV字回復を強力に推し進める意向だ。
技術分野で2つの革新を、ユビキタスとブロードバンドがカギ
──パソコン市場は回復の兆しがあるものの、成長軌道に戻ったとは言えませんね。
片山 パソコン市場全体では、踊り場が終わって、少し上昇基調に戻り始めたという印象を受けます。しかし、われわれパソコンメーカーがこれまで通りのパソコンを売っていては、本格的な市場回復には結びつきません。パソコン市場を再度成長軌道に乗せるには、「技術革新」と「市場開拓」の両方を抜本的に見直す必要があります。まず、技術の分野では、2つの革新を実行しなければなりません。1つは、ハードウェアそのものの進化です。例えば、燃料電池や水冷方式など、これまでになかった新しい技術です。
2つ目はユーザビリティ(使いやすさ)です。こちらの方が、ハードそのものの進化より、市場を創出する能力が高いかもしれません。例えば、「デジタルカメラやデジタルビデオ、記録型DVDを使って新しいことをしたい」と思っているユーザーがいます。この思いを簡単に実現できる使い易さを開発します。すると、パソコンのユーザー層を増やすことができます。販売現場でも、似たような機能のパソコンを並べるだけではユーザーの反応は鈍い。そうではなく、われわれメーカーや販売店が、ユーザビリティの良さを顧客に訴求することで、これまで振り向かなかったユーザーを捉えることができます。「DVD編集がこんなに簡単にできる」と訴求するのと、ただ単に「記録型DVDを内蔵している」という訴求の仕方では、前者の方がより広範なユーザーに振り向いてもらえます。
──もう1つの市場開拓については。
片山 市場開拓の分野でも2つの重点施策を実施します。1つ目は、家庭内のサーバーおよびクライアント(端末機)の拡充。2つ目は、戸外に持ち出すクライアントの新規開発です。どこでもネットに接続できるユビキタスやブロードバンドが、パーソナル市場のキーワードとして挙げられています。当社のビジネスは、これらを基盤とした新しい商材を提供することです。具体的には、ホームサーバーと、新しい携帯情報端末です。今のパソコン市場は、基本的に1人1台がベースとなっています。すでに、パソコン販売台数のうち、買い替え・買い足しが6割にも達しており、需要はほぼ一巡したと見ていいでしょう。このまま1人1台をベースにしたパソコンを作り続けている限り、パソコン市場の高成長はありません。そこでわれわれは、1人に複数台買ってもらえるような商材づくりと市場創出に力を入れます。まずは、個人や家庭の情報システムの中核となるホームサーバー市場の立ち上げに力を入れます。ホームサーバーを中核にして、書斎のパソコンや子供部屋のパソコンを無線ネットワークで結びます。また、冷蔵庫や風呂場、玄関のカギなども無線ネットワークでつなげます。これらを戸外の端末から制御できるようにします。
この中核になるのは「テレビ」ではないと思います。やはり、演算能力が高い「パソコン」こそが、家庭内の中心的なサーバーに相応しい。一方、戸外に持ち出すクライアントの主流になるのは、今のPDA(携帯情報端末)の形態ではないと考えています。今のPDAよりもユーザビリティを格段に高め、なおかつノートパソコンよりも小型で電池の持ちが飛躍的にいいパソコンです。われわれはこうしたカテゴリーのパソコンを「マイクロPC」と名付け、来年5月の商戦に投入するべく、開発を急いでいます。マイクロPCは、携帯電話の使い勝手の良さ、電池の持ちの良さと、パソコンの処理能力や画面の大きさを合わせたような小型パソコンです。マイクロPCを鞄に入れておけば、いつでも、どこでも家庭内ネットワークに接続し、自宅のパソコンやテレビ、家電類を制御することができるというコンセプトです。もちろん、インターネットに接続して、通常のパソコンと同じように情報のやり取りができます。
──マイクロPCやトラベル端末(小型音声自動翻訳機)など、従来のパソコンとは発想の異なる製品開発に力が入っているようですね。
片山 そうです。最新のハードウェアや高いユーザビリティ、あるいは家で使うパソコン、外で使うパソコンなど、さまざまな切り口で、パソコンを含めたあらゆるデジタルアプライアンスの開発を全方位で手掛けていく方針です。これらのデジタル機器を安全なネットワークで結びつけ、1つのシステムとして動かすために、NEC本体で運営しているビッグローブとも、これまで以上に密な連携を図っていきます。ビッグローブとの連携は、「パーソナルソリューション」という表現で、遅くとも年内には新しい製品と新しいサービスを打ち出そうと準備を進めています。
マーケティング本部を増強、「クリック&モルタル」型で販売店と共存
──7月1日付で製販一体の新会社となりました。この時期を選んだ理由は。
片山 NECのパソコン事業は2001年の構造改革で、NEC本体とグループ会社に分かれていた事業組織を、販売子会社「NECカスタマックス」と製造子会社「NECカスタムテクニカ」の2つの会社に整理統合しました。実はこの時点で、今のような製販一体の体制にまで集約しようという議論がありました。しかし、当時はNECカスタムテクニカに統合した関連会社だけで4社もあり、そのうえ全く企業文化の違う販売系の人員も一緒にするまでは一気に踏み込めなかったという背景があります。ところが、製販2社体制でスタートしたところ、02年度下期(02年10月―03年3月)に黒字化を達成しました。これを受けて、7月に製販一体へと移行することにしました。来年4月に統合しようとも考えましたが、黒字化で社員全体の士気が高まっている今の時期に前倒ししました。「鉄は熱いうちに打て」ということです。シェアもナンバーワンを維持しており、今年度以降、高収益体制を強化していく方針です。もちろんシェアも落としません。7月に統合してからは、さっそく新製品の企画を担当するマーケティング本部に、新しく約30人の第一線の開発技術者などを合流させ、150人体制へと増強しました。販売(マーケティング)の人員に加えて、製造部門の人員も一緒になって新製品を開発する、文字通りの製販一体を、まずはマーケティング本部から始めました。
──ウェブ販売についてはどうですか。
片山 現在、ウェブを通じた販売比率は、売上全体の約3%に過ぎません。意外に少ないと思われるでしょうが、実際そんなものです。もちろん、ウェブ販売を軽視しているわけではありませんが、日本のパソコン販売は基本的に「クリック&モルタル」型なんです。ウェブで商品を見て、販売店に買いに行く。当社としても、販売店と競合する部分が少ない受注生産モデルを中心にウェブで販売することで、販売店との共存を図っていきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「パソコンを含めたあらゆるデジタルアプライアンスの開発を全方位で手がける」従来型のパソコンに固執していては、市場は広がらない。トップシェアを獲るのは当たり前で、新しい市場を自らの手で開拓するという強い意志の表れだ。今年9月末で、NECはPC―9800シリーズの生産を終了する。全盛を極めたPC―9800シリーズ時代から一転してのシェア低迷。2度の大きな再編を経て誕生したNECパーソナルプロダクツは、高収益を実現する企業として株式公開をも視野に入れる。「本格的なパーソナルソリューションを事業として大きく立ち上げる」――。PC―9800全盛時代を超える勢いで、新しいNECパーソナル事業の新興を目指す。(寶)
プロフィール
片山 徹
(かたやまとおる)1945年3月、東京都生まれ。67年、早稲田大学理工学部卒業。同年、NEC入社。87年、交換事業部事業計画室長。90年、交換事業部事業部長代理。93年、天津日電電子通信工業社長。97年、交換移動通信事業本部中国事業統括。98年、米沢日本電気社長。01年7月、NECカスタムテクニカ社長。02年4月、NECソリューションズ執行役員常務。03年4月、NEC執行役員常務。03年7月、NEC執行役員常務兼NECパーソナルプロダクツ社長。
会社紹介
「CS(顧客満足度)ナンバーワン」、「スピードナンバーワン」、「シェアナンバーワン」を掲げ、NECパーソナルプロダクツは2003年7月1日に発足した。01年10月の構造改革で誕生したNECのパソコン販売子会社NECカスタマックスと、製造子会社NECカスタムテクニカの2社が統合し、製販一体となった新会社だ。BCNランキングによれば、今年1月から7月までのNECの販売台数シェア(デスクトップとノートの合計)は22.12%、販売金額シェアは22.27%で、2位のソニー(台数シェア20.56%、金額シェア22.39%)に台数で1.56ポイントの差をつけてトップを堅持している。NECのパソコン事業は、02年度下期(02年10月―03年3月)に黒字化を達成し、今年度から本格的なV字回復を目指す。新しいパソコンをベースとしたデジタルアプライアンス製品の開発も全方位で強力に推し進め、パーソナル市場そのものの拡大を目指す。今年度(03年4月―04年3月)の売上高は4600億円を見込んでいる。