「オープン オフィス フロンティア」――。富士ゼロックスが昨年打ち出したビジョンである。昨年6月、トップに就任した有馬利男社長がまとめた。有馬社長は、社長就任前の6年間は米国に在住。関連会社の社長としてプリンタの拡販にあたっていた。突然呼び戻され、親会社の舵取りを任された有馬社長が、この1年何を考え、富士ゼロックスをどう変えていこうとしているのか。
社員とのコミュニケーション図り、新しいビジョン作りからスタート
──社長に就任して1年が経過しました。それ以前は長く米国のプリンタ販売会社の社長をされてましたね。
有馬 富士ゼロックスの社長に選任されるまでは、米国のゼロックス・インターナショナル・パートナーズというプリンタの販売会社の社長をしていました。在米期間は6年になりましたが、日本に戻ってきてまず考えたのは、私は蕫浦島太郎なんだという点でした。それを1日も早く克服するには、まず現場を知ることだと思い、社員とのコミュニケーションに最も力を入れてきました。現場の人たちが何を思い、どんなことを考えているのか。一方で私が何を考え、どんなことをしようと思っているか。双方向で忌憚のない意見をぶつけ合いました。若手社員中心からはじめて、全国を行脚、次いで部門長中心にこれも全国を回りました。
──どんなことが見えてきましたか。
有馬 まず第1に感じたのは、現場の人たちにはエネルギーがあるな、という点でした。お客さんのニーズは大きく変わりつつあるわけですが、その変化に現場の人たちは精一杯応えようとしている。ただ、現場だけでは対応できることに限界があるわけです。
会社全体としての方向性、ビジョンが見えてこないではないか、という点に対し、苛立ちとフラストレーションが高まっている――。それが、私が感じた最大の問題点でした。90年代にはザ・ドキュメント・カンパニーというビジョンで時代をリードしてきましたが、それを引継ぐ新しいビジョンづくりに向けて、タスクフォースを組織、素案をつくりました。これをもって2回目のトップキャラバンを行ったのですが、この時には経営側もチームを編成し、常に4、5人が私と同行、リハーサルなしで現場の人たちと応対しました。まさに真剣勝負でしたが、これを通じ全社員の一体感が生まれたと考えています。
「オープン オフィス フロンティア」 仕事の変化に対応したサービスを提供
──そのビジョンが「オープン オフィス フロンティア(Open Office Frontier)」というわけですね。
有馬 この言葉には、「オープンオフィス」と「オフィスフロンティア」の2つの意味を込めています。日本企業を取り巻く環境変化で今後の対応が強く迫られているテーマに、「グローバル化」と「ユビキタスネットワーク社会」の到来があります。オフィス、企業、国籍にこだわっていては、大きな成長は望めない。すでに、国籍を超えたアライアンスは常態化しつつありますし、携帯情報端末によってオフィスに閉じこもらなくても仕事ができる環境が生まれています。
要するに仕事のやり方が変わりつつあるわけですが、これを「オープンオフィス」という言葉で代表させることにしました。より自由に、よりフレキシブルに働ける場を提供しますという意味を込めています。「オフィスフロンティア」には、最も進んだ、しかも個別ユーザーごとに最適の「オープンオフィス」をお客様と一緒につくり上げていきましょうというメッセージを込めています。
──具体的にはどんな製品群を提供することになるのでしょう。
有馬 当社は複写機をメイン事業にプリンタなどドキュメントの作成、処理に係わる事業を幅広く手がけています。複写機産業自体はある意味で成熟化しているわけですが、そのなかでデジタル技術の導入による多機能化、カラー化などにより売り上げを維持してきました。「オープン オフィス フロンティア」構想の中では、ハードウェア機器はデバイスと呼ぶことにしています。多機能複写機、プリンタなどのデバイス機器をネットワークで結ぶ。これまでの複写機は、複写という閉じた世界で利用されてきたわけですが、ネットワークの中のデバイスになることで、まったく違った利用方法が生まれてきます。そうした新しい利用のためには、仕事のやり方自体も変えてもらう必要があり、「オープン オフィス フロンティア」にはそうした提案も込めています。
──複写機は成熟産業と言われましたが、ネットワークの中のデバイスとなることで新たな市場が生まれてくると。
有馬 ハードウェアだけで利益を上げるのは、このビジネスでも厳しくなっていくでしょうね。そこで考えているのは、サービス事業の強化です。ドキュメント全体に関わる仕事を引き受ける事業が順調に伸び出していますので、これをもっともっと強化していきます。一例を挙げますと、大手企業では集中複写印刷室のような形で、複写印刷業務をこなしているところが多いわけですが、これをアウトソーシングする動きが出ています。専門家に頼んだ方が、早く、正確に処理してもらえることがわかってきたからです。
特にユビキタスネットワーク社会では、出先の営業担当者から、携帯電話などを通じあのデータ、あるいは書類を見たいんだが、という要望が高まってきます。これに即座に答えられるシステムをつくり、しかも管理していくのは大変です。そのために、アウトソーシングの動きはさらに高まるはずです。また、引っ越しするけれど、既存の紙の書類をどうしようという相談もずいぶん頂いています。当社のドキュメントシステムを利用して電子ファイル化すれば、キャビネットの数は10分の1に減らすことができます。こうしたビジネスをサービスと呼んでいるわけですが、この事業は順調に大きくなって行くと考えています。
──その事業戦略を支える、現在の販売体制は。
有馬 当社自身の直売と、全国に33社ある販売会社を経由した特約店による間接販売という2本立てになっています。ハードウェア単体ベースでは80%が販売会社経由になりますが、コピーボリュームという観点で見ると直販の方が多くなります。直販は、大手企業に強いことがこの数字からもわかりますが、サービスも直販の方が先行しています。まず直販でノウハウを磨き、特約店にそのノウハウを下ろしていくことを考えています。
──輸出への対応はいかがですか。
有馬 オーストラリアを含めたアジア圏は、当社が直接輸出できることになりましたので、体制強化に取り組んでいます。特に中国の伸びは目覚ましく、3年で3倍ほどになりました。中国では、深と上海に工場をもっており、生産拠点としてもさらに強化していきます。米ゼロックスも回復基調にあり、当社が供給しているカラー多機能複写機などは売れ始めていますね。
──今年度の売り上げ目標は。
有馬 売上高で1兆円突破、営業利益で600億円突破を実現したいと思っています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「最初は戸惑いましたよ。何しろ、6年間米国暮らしですからね」小林陽太郎会長から社長就任の打診を受けたときの感想である。企画畑を長く歩き、米国の関連会社ではプリンタ販売の陣頭指揮をとった。競合会社のキヤノン、リコーなどは輸出が好調で、好業績を維持している。対して、富士ゼロックスは、アジア圏には自前で輸出できるが、米欧についてはゼロックス頼みとなる。その差が現在の業績につながっているが、他人頼みの弱点をどう克服していくか。「オープン オフィス フロンティア」は、現場社員とのコミュニケーションを図るという、まさにオープンな環境の中で生まれた。かつての米ゼロックスのフロンティア精神は、「有馬ビジョン」として富士ゼロックスが引き継いでいるようにも見える。(見)
プロフィール
有馬 利男
(ありま としお)1942年5月31日生まれ。67年3月、国際基督教大学教養学部卒業。同年4月、富士ゼロックス入社。92年、取締役。96年、常務取締役。同年4月、米ゼロックスと富士ゼロックスの合弁会社でプリンタなどの販売を行う米ゼロックス・インターナショナル・パートナーズの社長兼CEOに就任。99年3月、常務執行役員。02年6月、代表取締役社長(執行役員)に就任。
会社紹介
1962年2月、富士写真フイルム50%、英ランク・ゼロックス50%の折半出資による合弁会社として誕生。当初は輸入販売のみだったが、70年代初期に国内の製造体制を確立。機種によっては米ゼロックスに輸出するようになった。ゼロックスは、PPC(普通紙複写機)のパイオニアとして長い間世界に君臨してきたが、日本メーカーの追い上げにあい、一時期不振に陥ったのを機に株式を富士写真フイルムに売却、富士写真の出資比率は75%になった。90年代には「ザ・ドキュメント・カンパニー」をうたってきたが、02年、有馬ビジョンとして「オープン オフィス フロンティア」を打ち出した。2002年度の連結売上高は9620億円(03年3月期決算、非公開)。連結対象社員数は3万3913人(03年3月31日現在)。