「実業を行う企業で仕事をしたかった」――。通産官僚から民間に転身し、今年4月、ウッドランドの社長に就任した安延申氏はこう説明する。自ら設立したコンサルティング会社をウッドランドに合併。ウッドランド社長として、ITビジネスに挑む。同社は昨年度(2003年3月期)の売上高が前年度比14.3%減の52億2700万円となるなど、厳しい状況にある。しかし、「業務分野の商品をトータルでもつ強みを生かし、黒字化を図る」と、舵取りに自信を見せる。
企業ユーザーは既製品を使う、開発ツールの販売から製品の販売へ
──ウッドランドは、2002年度(03年3月期)の売上高が前年度比14.3%減、営業損益は3億5200万円の赤字という結果になっています。非常に厳しい時期の社長就任だと思いますが。
安延 いや、私がウッドランドの取締役に就任したのは02年11月ですから、決算の結果はあらかじめ織り込み済みです。それに、集中すべき事業に経営資源を絞り込み、一部の事業からは撤退するという決断をした上での結果ですから、私自身には、「大変な時期に社長になってしまった」との意識は全くありませんよ(笑)。
──安延社長は通産省退職後、ヤス・クリエイトという会社を興してコンサルティングビジネスをスタートし、順調に推移しているように見えました。
安延 確かに予想よりも順調に立ち上がっていましたし、私個人の給料という面でも、気楽さという点でも、ヤス・クリエイトの方が楽だったかもしれません(笑)。
──それにも関わらず、ウッドランドの社長として仕事をする道を選択した理由は何ですか。
安延 コンサルティング業務ではなく、実業の仕事をやってみたかったんです。正直言いまして、通産省を退職した後はいろいろな会社から、「うちにきませんか」というお話を頂きましたし、自分でヤス・クリエイトというコンサルティング会社もスタートさせました。ですが、コンサルティング業務ではなく、実業の仕事をしたいという気持ちになったんですよ。企画を立案し、それを提案していくという仕事であれば、省庁時代の方がパワーもあるし、実現させやすいですから。実業の会社の中でウッドランドという会社を選択したのはなぜか、ということですが、ウッドランドがもっている商品は非常に可能性があると思ったからです。ERP(基幹業務システム)ソフトといわれる分野の商品は数多いですが、業務に関わるソフトをトータルで提供できる企業は案外少ない。国産のベンダーということになると、数社しかないんじゃないでしょうか。
──ウッドランドは業務ソフトよりも開発ツールに強いという印象があるのですが。
安延 確かに「トリプル・エル」や「トリプル・アイ」といった開発ツールは、知名度が高い商品ですし、現状でも大きな売り上げを占めています。しかし、こうした製品を最初に世に送り出したのはオフコン全盛期です。企業の電算室が自分たちが作りたいアプリケーションを作り、使いやすい画面設計をすることが当たり前で、そのためにこうしたツールを活用する場面がたくさんありました。ですが、今や時代は変わったんですよ。企業ユーザーは既製品を使うのが当たり前になり自社で開発するケースは少なくなっています。ウッドランドという企業も変わっていかなければなりません。
──ツールから、完成品を販売するベンダーに変わっていくということですか。
安延 「なぜ、ITを使うのか」という原点に返って考えると、理由は大きく2つだと思います。今やっていることを、もっと早く、安くするためと、ITを使うことで新しいマーケットが手に入るということです。2つ目の代表例は携帯電話やゲーム専用機でしょう。最初に挙げた「今やっていることを、早く、安く」は、ビジネスがある限り普遍的な命題だと思うんです。これまでのウッドランドは、ツールビジネスに加えて、色々な分野に進出してきましたが、そうした新事業は1つ1つで見ると大きな成功はできていない。選択と集中がはやりことばになっていますが、ウッドランドもその時期だろうというのが私の判断で、昨年度の後半、いくつかの事業部を閉めて、今後企業として力を入れていく分野を絞り込みました。その分、売り上げは減りましたが、企業としての基本的な形は整ったと思っています。これからは、各分野を伸ばしていくことが必要です。
知名度の向上が課題、パートナーと自社販売の両輪で
──新体制では、V字回復が求められると思いますが。
安延 市況から考えて、4年前なら新しい事業を始めることでV字回復を目指したかもしれません。しかし、現状では少なくとも今後2年は新しい事業に手を出さず、今の事業を黒字化することに全力を挙げます。そうした意味では、黒字に変わることができると思う事業だけを残したわけです。他社と比較した当社の強みは、元々技術志向の会社だけに、開発に積極投資していることです。他の業務ソフトメーカーは、利益の範囲で開発を行っていますが、ウッドランドはそれ以上に開発に投資しています。決算書だけで考えると困ったことでもありますが、それだけ開発に積極投資している分、次の時代への備えはできているなぁ…と思いますよ。
──その中で、企業としての課題を挙げると、どんな部分になりますか。
安延 まず、業務ソフト「ニュー・トリプル・アール」などの知名度を、もっと上げていかなければなりませんね。妙な話なんですけど、インターネットの検索エンジンで検索すると、ウッドランドや製品名よりも、私の名前の方がたくさん件数が表示される(苦笑)。これは、企業のアピールが下手だったことを象徴しています。確かに良い技術があれば、黙っていても商品が売れる時代もありました。今はそうではありません。待っているだけでは売れない時代です。積極的にアピールしていかなければなりません。
──販売は自社、パートナー経由のどちらが中心になりますか。
安延 パートナービジネスについては、パートナー各社が「ニュー・トリプル・アール」を販売してもらうのに慣れてきた時期でもあり、これからビジネスは拡大基調を迎えると考えています。ただ、無闇にパートナーを増やしても、商品を理解してもらわないと売れませんから、即パートナーの数を増やすということは考えていません。また、自社でお客様に接することで得られるノウハウやユーザーの生の声は、当社にとって重要な財産の1つです。自社での商品販売は今後も重視していこうと考えています。
例えば、販売管理を売っている当社のグループ会社が営業する場合、販売管理に関する相談だけでなく、「分かりました。業務システムに関する相談なら、ワンストップでやります。お任せください」という姿勢をユーザーさんは望んでいます。そういう人材を自社でもつことは企業として大きな強みとなります。ERPのような商品は、販売能力がある人材がなければ浸透していきません。オフコンがまだ残っていることを考えると、マーケット的にもチャンスは大きい。自社で販売力をもって、ERP事業を活性化させていきたいと考えています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
通産省時代、これほど日本のITベンダーに顔が広い電子政策課長はいなかったのではないか。それだけに、安延社長のウッドランド入りはIT業界に波紋を起こした。「うーん、じゃあどこに行ったら良かったんだろう? 外資系? コンサルティング会社?」と笑顔で答える。そして、「外資系の雇われ社長になるのは嫌だったんだ」とも。
確かに、4月以降の新体制づくりは、外資系の社長では無理だろう。ちなみに、経営メンバーは成毛眞・インスパイア社長、金丸恭文・フューチャーシステムコンサルティング社長など、安延社長と近しい業界有名人ばかり。ただし、「有名な人ばかり揃えたから、会議のために全員のスケジュールを合わせるのが大変」だそうだ。(猫)
プロフィール
安延 申
(やすのべ しん)1956年2月5日生まれ。78年4月、通商産業省(現・経済産業省)入省。85年12月、ミシガン大学経済学部大学院(応用経済学)修士課程修了。95年1月、通産省APEC推進室長。98年7月、同省電子政策課長。00年7月、同省を退職し、ヤス・クリエイト代表取締役に就任。同年9月、スタンフォード大学日本センター研究所長に就任。02年8月、同センター理事に就任(現職)。同年11月、ウッドランド取締役コンサルティング事業部長に就任。03年1月、ヤス・クリエイトをウッドランドに合併。同年4月、ウッドランド代表取締役社長に就任。
会社紹介
ウッドランドは子会社12社、関連会社8社からなる。パソコン向けビジネスアプリケーション作成ツール「SSS(トリプル・エス)」、統合画面フロントプロセッサ「iii(トリプル・アイ)」、パソコン向けシステム開発ツール「LLL(トリプル・エル)」などの開発ツールや、中堅企業向けERP(基幹業務システム)パッケージ「New RRR(ニュー・トリプル・アール)」、学校向けパッケージなど多数の製品をもつ。このほか、コンサルティング事業、システムインテグレーション事業などを手がける。
グループ企業の拡大で商品や業務範囲が広がり、今年度(2004年3月期)から経営陣を刷新。従来手がけてきたオーダーメイド型受託開発、SCM(サプライチェーンマネジメント)など一部の分野から撤退し、元々強みをもっていた中堅企業向けERP、学校やフィットネスクラブ向けソリューションなど、実績ある分野へ力を入れている。
今年度の目標は、売上高で59億5000万円(前年度実績は52億2700万円)、経常利益で3億7000万円(同8300万円)を目指す。