今年12月1日で設立50周年を迎えた大興電子通信。富士通ディーラーとして躍進してきたものの、ここ数年は減収傾向が続き、苦戦している。昨年度(2003年3月期)から4年間の再生プランを打ち立て、05年度(06年3月期)には、営業利益6―7億円の獲得を目指している。
3期連続で赤字を計上、昨年度から「再生プラン」を実施
──大興電子通信50年の歴史を、どう評価していますか。
牧野 1953年12月1日に設立された当社は、当時の富士通信機製造(現・富士通)と日本興業銀行、大和証券などの有志が集まってできた通信機器関係の会社でした。
当時の日本は、50―53年の朝鮮戦争の特需などで、戦後復興が本格的に始まったときでした。当社は、56年に大和証券が初めて導入した富士通の大型コンピュータ「ファコムシリーズ」の保守サービスを受注したことがきっかけとなり、通信機器業界だけでなくコンピュータ業界にも足を踏み入れました。以来、コンピュータシステムの保守、販売などの関連事業を拡大してきました。88年には、通商産業省(現・経済産業省)のシステムインテグレータ審査で第一次認定企業に選定され、いわば、国内システムインテグレータの老舗と言える存在となりました。
──98年度(99年3月期)から前年度比で減収傾向が続いています。さらに、99年度(00年3月期)から01年度(02年3月期)まで3期連続で経常損失を出しました。
牧野 3期連続で赤字を出してしまったことは、まさに従来型のディーラー型のビジネスモデルでは食っていけなくなったことを象徴する出来事でした。今は、02年度(03年3月期)から4か年計画で、「再生プラン」を実施しています。具体的には、人員配置の見直し、技能の向上、当社が得意とする業種・業態に焦点を当てたアプリケーション分野の拡大を柱として、05年度(06年3月期)までに、会社全体の構造改革を推し進めている最中です。
4年前の99年度(00年3月期)当時は、ハードウェアの売上高が全体の半分近い約220億円を占めていましたが、昨年度(03年3月期)では約160億円まで下がってきました。この時点でハードウェアの比率は4割程度まで下がりました。残念ながら、ソフト・サービスなどノンハードの比率が増えたというよりは、ハードウェアの単価が下がった要因の方が大きいですが、これでほぼ下げ止まったと認識しています。
また、ハードウェア関連の保守サービスや電気工事や通信工事もほぼ下げ止まりました。ハードウェアの約160億円、保守サービスの約70億円、電気・通信工事の約40億円の計270億円は、ともに落ち込みが最も激しかった部門ですが、再生プランのなかで、落ち込みに歯止めをかけることができつつあります。今年度(04年3月期)は、全社売上高として416億円を見込んでいます。前述の苦戦した3部門の売上高を差し引いた蕫その他﨟の部分は、150億円近くあります。これは、業務システムなどアプリケーション関連が中核を占めています。今後は、このアプリケーション関連の部分を最も伸ばしていかなければならないと考えています。
──再生プランが完了する05年度(06年3月期)は、ちょうど牧野社長が大興電子通信社長に就任されて10年になりますね。
牧野 わたしが社長に就任してから、再生プランが終わるまでの10年間は、市場環境の変化にともなう事業構造改革を推し進めた期間となるでしょう。三期連続で赤字を出してしまったものの、アプリケーション関連事業の拡大は、それ以前から進めていたことでした。ハードウェア関連とアプリケーション関連は、再生プランが終わるまでに、現在の約4対6から7対3にします。このとき、仮に売上高が現在と比べて横ばいだとしても、構造改革の結果として営業利益ベースで6―7億円を確保する計画です。
また、評価の基準として株価アップにも取り組みます。現在の株価200円そこそこでは、市場の評価が低すぎると考えています。当社は、銀行からの借入金は20億円程度しかなく、財務的に非常に健全な会社です。株価が伸びない要因として市場に流通している株式数そのものが少ないことも挙げられる思います。現在の発行済み株式総数は約1200万株で、このうち6割強が、大和証券グループ本社や富士通、オービック、興銀リースなどの大株主が持つ、いわゆる固定株が占めます。一般株主による浮動株の比率は4割弱にすぎません。今後は、もう少し多くの株式を市場に流通させるなど、資本構造の改善を実施する必要があると考えています。
人事評価に成果主義を導入、中国でのソフト開発も視野に
──人事評価の見直しも課題の1つです。
牧野 昨年度(03年3月期)までの2年間は、平均約6%の賃金カットを実施していました。今年度は、一般社員(課長代理以下)の賃金カットは廃止し、管理職は7―8%の賃金カットを残しています。ただし、賃金カットは緊急避難的なもので、再生プランが終わるタイミングで必ず賃金カットをやめるようにします。賃金カットとは、まったく別な次元で、来年度から年俸制を一部導入することを検討しています。現在は、管理職に限り、賞与の査定に成果主義をとり入れています。一般社員の月給や賞与には、成果主義は導入していません。
来年度からは、一般社員である課長代理の賞与に成果主義を導入し、これがうまくゆけば、その他の一般社員にも適用していく方針です。ただし、これら成果主義は人件費の削減を目的としたものではありません。緊急避難的な賃金カットとは、考え方が根本的に異なります。ポジティブな面を積極的に評価することで、社員の士気を高めます。結果的に支払賃金の総額が、従来に比べて大きくなっても構わないと思っています。また、女性の管理職の育成にも力を入れます。現在、当社の管理職約200人のうち、女性の管理職は4人しかいません。これを、最低でも全体の10%に相当する20人に増やします。育児休暇や労働時間に柔軟性を持たせることで、まずは早急に10人まで増やします。全体で10人まで増えれば、次の目標である20人までの足がかりがつかめるはずです。
──中国のソフト開発力を活用する予定は。
牧野 当社は、年間約70億円ほどのソフト開発を国内を中心に約200社の外注先に発注しています。しかし、中国への発注は、このうち数千万円分しか出していないのが実情です。これではコスト競争力を得られないことは明白。当面は、国内の発注先を100社以下に減らし、中核になる外注先を50―60社に絞り込むことで、コスト競争力を高めていきます。次の段階として、再生プランが終了する05年度(06年3月期)頃までには、発注額の1割以上を中国企業に発注することを目指しています。現在、中国の大手ソフト開発会社のトップグループのソフト開発技術者を、出向という形で当社に招いています。中国から、こうした技術者を受け入れることで、中国との人脈づくりや、中国を活用したソフト開発ノウハウの吸収に力を入れます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
牧野社長は、年間で500社の顧客企業を訪ねて歩く。これに加えて、今年は設立50周年ということで経営者セミナーを全国13か所で開催。社長自ら参加して、顧客との話し合いの機会を作っている。「当社の売上高の約9割を中堅・中小企業が占める。その彼らは、今、生き残りを賭けてIT投資をしている。むしろ、大企業よりも積極的だ」「規模は小さいかもしれないが、ITを使った動きは早い。顧客企業の経営幹部と直接会って、経営方針やIT投資に対する考えを聞くことは、何よりも当社の経営に役立つ」と話す。次の50年を目指した基盤作りのために、これまで以上に顧客の変化に素早く対応するシステムインテグレータを目指す。(寶)
プロフィール
牧野 誠毅
(まきの せいき)1937年、富山県生まれ。63年、金沢大学法文学部卒業。64年、大和証券入社。72年、アジア経済研究所(出向)。74年、大和証券国際金融部。84年、大和ヨーロッパ(ロンドン)。86年、国際金融部部長。国際金融部長、法人引受第二部長、引受第二部長を経て、90年に取締役。法人副本部長、資本市場本部長を経て、92年に常務取締役。96年、大興電子通信の代表取締役社長に就任。
会社紹介
1953年12月設立。今年12月1日で50周年を迎えた。富士通ディーラーとして中核的な存在となっていたが、98年度(99年3月期)からハードウェアの単価下落が原因で減収に転じる。ソフト・サービスへの移行を積極的に進めることで、05年度(06年3月期)までに営業利益6―7億円へ利益基盤の確保を目指す。減収による賃金カットなど、厳しい施策を打ち出してきたものの、収益回復が見えてくる04年度からは、順次、成果主義型の報酬体系を導入することで社員のやる気を引き出す。