今年の流行語大賞にも選ばれた「マニフェスト」(政権公約)を掲げて、今年四月に三選を果たした。四十歳代前半で初当選して九年――。逼迫する地方財政問題への対応は岩手県にとっても最大の課題だ。行政サービスのレベルを維持・向上しながら効率化するツールとしてITをどう活用していくか。医療や産業廃棄物処理など具体的な問題解決への取り組みも始まった。
県立病院をネットワーク化、医療のIT化でサービスの高度化目指す
──医療分野のIT化に力を入れていますね。
増田 岩手県の特徴に、県立病院の数が非常に多いことが挙げられます。一般的に県立病院は、どの県でも2つか3つぐらいですが、岩手県は27。2番目に多い新潟県で14ですから、岩手が圧倒的に多いのです。かつては農協が運営する病院もありましたが、過疎地域では病院経営が難しく、民間は盛岡市など都市部に限られ、県全体の医療水準を総合的に高めていくには、“県営医療”という形を取らざるを得ませんでした。農協からも病院を引き取ったりして、かなり特異な歴史を辿って27の県立病院が開設されたわけです。
せっかく築いてきた県立病院を活用して、医療の高度化を実現しようと考えたとき、27病院をネットワーク化することで、もっと可能性を高めたいと考えました。それには医療のIT化を進め、経営面の効率化を図り、医療サービスの中身の高度化を進めなければなりません。分野ごとの戦略も必要になります。過疎地域は、医師が少ないですから、どのように無医村を解消していくか。ITを使って高精密画像を東京などの専門医に送って診断してもらうことも可能になる。岩手県は北海道に次いで2番目に面積が広い県ですが、ネットワーク化によって最先端の医療技術を全ての県立病院で利用可能な状況にしたいと考えています。
──医療分野では、電子カルテシステムを導入する動きも活発ですが。
増田 県立病院が27もあると、毎年、どこかの病院を建て替えるなどハードウェアの整備が必要になります。そうした機会に、電子カルテの導入を進めていこうと考えています。また、入院日数や投与した薬剤などのデータから病院の経営分析を行えるシステムも必要であり、医療サービスと病院経営の両面でITを生かしていきたいですね。経営分析システムは、いくつかの病院で導入を進めており、電子カルテシステムも、最近増えている医療訴訟などの問題に対応する観点からも整備が必要でしょう。もちろん、医療情報の取り扱いにはプライバシーやセキュリティの確保は不可欠で、十分に配慮した上で医療の質向上に力を入れていきたいと考えています。
──情報通信基盤「いわて情報ハイウェイ」も整備されましたが。
増田 何のサービスをどのように高度化していくかを考える中で、「いわて情報ハイウェイ」のような基幹系を整備して、次につなげていくのが良いと考えています。IT関係の戦略を立てるときに、何を最終的なサービスの目標とするかを描いてから、そのためにはネットワークをどう構築するのかを考える必要があります。往々にして行政の仕事のやり方は、すぐにネットワークなどのインフラを構築して、あとから使い方を考えがちですが、まず病院間の情報のやり取りを良くするとか、過疎地域の教育をどうするのかをしっかり考えたうえで、ITをどのように使うかという発想が重要になっているのではないでしょうか。
──IT指導監に民間人を起用し、IT推進室も設置しました。
増田 IT指導監にはどうしても民間の人材が欲しいと思いました。IT化によって行政サービスが変わる。県庁の業務も変わる。民間の人材でないと変える仕事はできないだろう、と。予算を付けて、ハードを作って、それから何をするか。そんな役所の発想を変えたかったからです。
──IT指導監を起用した成果は。
増田 岩手県では、産業廃棄物の不法投棄が多いので、それを防ぐために産廃を運ぶトラックに発信機をつけて通信衛星を使って追跡できるシステムを構築する事業に着手しました。いま、いくつかの企業グループから提案を受けているところですが、IT指導監に入ってもらい、できるだけ使い勝手の良い、コストの安い、トラック1台1台をきちんと捕捉できるシステムにしたいと考えています。使い勝手とか、将来の拡張性とか、技術レベルの評価で、随分成果は出てきているように思いますね。
ITは生活そのものを変えていく、地方自治体の仕事も生活者の視点で
──ITは地域経済の活性化のための手段としても期待されています。
増田 岩手県立大学(98年開学、西澤潤一学長)の情報分野の研究機能を生かすために、「岩手県地域連携研究センター」を02年4月にオープンしました。すでに日立製作所などいくつかの企業グループに入ってもらって共同研究も始まっているほか、総務省の認可法人、通信・放送機構(TAO)の岩手IT研究開発支援センターも入居しました。産官学が連携して動き出しており、県立大学の卒業生もそこに入って研究を始めています。県立大学には、看護学部、社会福祉学部なども設置されていますが、やはり売り物はソフトウェア情報学部です。情報系の人材育成を図るとともに、大学の研究成果を企業に移転したり、指導したりするのが狙いになります。このため、西澤学長が岩手県地域連携研究センターは大学から切り離すものの、なるべく大学に近づけておきたいと、県立大学の正門前に建設したわけです。
──来年1月から公的個人認証サービスも始まり、電子自治体も本格的に動き出します。
増田 岩手県でもさまざまなサービス提供に向けて準備を進めています。特に公共工事などの入札制度では透明性が求められているので、官が提供する発注業務はITを使って透明性のある形に切り替えていきたいと考えています。住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)の第2次稼動を機に、県庁のサービスもネットワークに早めに乗せたいと思います。民間でITに長けた人材を揃えて、住民の視点に立った発想、サービスを提供する現場の感覚が大切でしょう。
──行政のBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)にはどう取り組みますか。
増田 ITは生活そのものを大きく変えていくでしょう。地方自治体の仕事も生活者の視点で根本から見直していく必要があります。見直してきちんとしたサービスを提供するためにITを活用する。これまで役所に呼びつけたり、お上が与えたりするような仕事のやり方をしてきましたが、県を株式会社と考えたら、出資者である県民が期待する以上のサービスとして返していく必要があります。来てもらってサービスするのではなく、サービスをお届けする感覚が求められており、それを現実の姿として実現できるのはITでしょう。
ここ1―2年で民間の技術力やサービスの展開が急速に変わっていく可能性があります。情報家電の普及やユビキタスネットワークの実現で一段の高度化が進み、そのスピードに行政側のサービスもきちんと合わせていく必要があります。役所の仕事を根本から見直して、民間にできることは任せ、本来、役所が取り組むべき、採算や利潤で判断できない仕事に特化していくことにつながっていくのではないでしょうか。それを進めるには役所の中のコストがオープンになって初めて可能になるわけで、公会計は行政の基本部分をサポートしていくものだと考えています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
IT化に積極的なことで知られる岐阜県の梶原拓知事、岡山県の石井正弘知事と同じ旧・建設省(現・国土交通省)の出身。公共事業費30%カットといった思い切った施策を打ち出すことができたのも、公共工事のコスト構造や入札制度のあり方などの問題点が判っているからだろう。IT化の推進でも、問題解決を図るために導入するという目的が明確である。他県に比べて低迷していた県民へのパソコン普及率も、「ブロードバンド環境がかなり整備され、学校でのIT教育も進んできたので、これから徐々に高まっていくだろう」と期待する。あとは、県民が求めているサービス・コンテンツをいかに提供していくか。“生活者の視点”に立ったIT利活用を具体化できるかにかかっている。(悠)
プロフィール
増田 寛也
(ますだ ひろや)1951年12月、東京都生まれ。77年3月、東京大学法学部卒業。同年4月、建設省入省。千葉県警察本部交通部交通指導課長、茨城県企画部鉄道交通課長、建設省河川局河川総務課企画官などを経て、94年12月に同省建設経済局建設業課紛争調整官で退職。95年4月、岩手県知事。99年4月に再選、03年4月に三選。現在の主な役職は、日本赤十字社岩手県支部長、(財)岩手県体育協会会長、(財)岩手県観光協会理事長、(財)クリーンいわて事業団理事長、(財)岩手県暴力団追放県民会議会長。
会社紹介
前・三重県知事で「マニフェスト」の伝道師、北川正恭・新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)代表、早稲田大学大学院公共経営研究科教授が、マニフェスト導入の成功事例としていつも引き合いに出すのが、岩手県の増田寛也知事だ。今年4月の知事選で「公共事業費30%カット」などの公約を盛り込んだマニフェストを公表して当選。初登庁した日に、土木部長が30%カットの予算案を持って説明に来た、というエピソードである。「とりあえず今年度は15%、来年度さらに15%削減する。マニフェストには苦い薬もきちんと入れなくちゃ、だめだね」。建設業者からはもちろん強い不満も出ているが、意に介した様子はない。10月には「岩手県行財政構造改革プログラム」を策定し、公共事業費削減などで4年間に200億円の予算を確保、40の重点施策に投入することを決めた。7つの重点項目の1つに「だれでもいつでも情報を受発信できる情報先進県の実現」を盛り込み、IT化をさらに加速していく考えだ。