経済産業省の外郭団体である情報処理振興事業協会(IPA)が、今年1月5日付で独立行政法人「情報処理推進機構」として新しくスタートした。新生IPAでは、戦略的なソフトウェア開発スキルの向上や人材育成、セキュリティ研究などを通じて、ソフトウェア産業の国際競争力向上に力を入れる。
ユーザーの視点に立った組織と事業運営、製造業やインフラ系企業にも利用促す
──1月5日付で独立行政法人となった新生IPAで、変わった点はどこですか。
藤原 新生IPAは、ソフトウェア開発者など、IPAを利用するユーザーの視点に立った効率的で透明な組織と事業運営を徹底します。端的な違いを挙げるとすれば、これまで年間平均26日しかなかった提案公募事業の公募期間を、新生IPAになってからは随時受け付けることにしました。募集の締め切りから採択までの期間も、2.5か月から2か月に短縮します。採択回数も年1回から2回に増やしました。これまでは、毎年2─3月にかけて公募事業の受け付けをして、そのあとで審査に時間を費やしました。常に門戸を開けておくと、収拾がつかなくなるのではないかと考えられていたからです。しかし、ソフトウェアの開発期間を年度単位で考えず、年度をまたいで開発できるようにすることで、より柔軟に対応できるようになります。採択も年2回に増やしましたから、2回目の採択は、必然的に年度をまたぐことになるでしょう。
公募事業を周知するためのメーリングリストも新しく始めます。1970年の設立以来、公募事業に応募していただいた企業は、延べ4万社ほどになります。このうち、電子メールの記録が残っている5000件あまりを対象に、公募周知の電子メールを配信します。公募事業のメーリングリストだけでなく、セキュリティ事業や中小ITベンチャー支援事業、未踏ソフトウェア創造事業など、各部門ごとに、メーリングリストをつくっていきたいと考えています。IPAのユーザー数も増やしていく考えです。これまでIPAユーザーは、たとえば、情報サービスの業界団体である情報サービス産業協会(JISA)のメンバーであったり、中小ソフト開発事業者の方々が中心でした。これからは、製造業や電力・ガスなどのインフラ系の方々などにも積極的にIPAを利用していただき、それぞれの分野のスキルを重ね合わせ、先進的な取り組みを実践できるようにしていきます。
──「ソフトウェア・エンジニアリング・センター」を新しく立ち上げますね。
藤原 ソフトウェア・エンジニアリング・センターは、産業界や学界の優秀な人材を結集して、ソフトウェア産業が直面する課題に即応した実践的な事業を行うセンターで、今年10月の正式発足を目指しています。ソフトウェア開発では、欧米が一歩進んでいます。センターの立ち上げ準備の一環として、まず、米国とドイツのソフトウェア・エンジニアリングに強い研究機関と連携を図っていく方針です。情報サービス産業協会のメンバーなどに呼びかけて、10人ほどの人材を民間から出向してもらい、このうち何人かに、海外のこれら研究機関へ留学してもらうことを計画しています。欧米のソフトウェア・エンジニアリングの研究機関が、どのようなことを研究し、どのような手法を開発しつつあるのか──。その道の専門家に学んできてもらうことで、国内のソフト開発のスキルを向上させるのに役立てようと考えています。10月までには、センターの活動分野をより明確にし、ソフトウェア開発の課題の解決に努めます。
折しも、新生IPAの事業の1つに、新しく「情報処理技術者試験」が加わりました。この試験は、1969年に通商産業省(現・経済産業省)が実施する国家試験として創設されたものです。応募者数は年間約80万人、03年度春期までの累計応募者数は1130万人、合格者数118万人に達する国内最大規模の試験です。情報処理技術者試験がIPAの事業に加わったタイミングで、この試験と、IT関連能力を職種や専門分野ごとに体系化した経済産業省の指標「ITスキル標準」との関連付けをしていきたいと考えています。あるレベルの試験をパスした人は、ITスキル標準のどのレベルに当てはまるのかを明確にすることで、相互の連携を図れるようにする方針です。来年度で、すべて連携できるかどうかはわかりませんが、できるだけ早い段階で実現します。
開発者のスキルアップに役立つ活動を、デジタル家電などでソフト分野拡大
──ソフトウェア開発市場に元気がありません。
藤原 経済産業省が集計する特定サービス産業動態統計によれば、02年7月から前年同月比でマイナスになることが多く、ソフトウェアの価格も下がる状況が続いていると思われます。一方で、半導体や液晶、デジタル家電などの需要は堅調に拡大しており、仕事がないわけではありません。賃金が日本の数分の1という中国やインドに製造業の工場が移転しているように、ソフトウェア産業でも同じようなことが起こっています。労働コストが下がるわけですから、当然、成果物の価格も下がります。今後も労働集約的な部分はどんどん海外へとシフトしていくと思われます。情報サービス産業協会の会員のなかにも、自ら進んで海外へと出ていく動きがあります。そこで、国内のソフトウェア開発の値崩れを防ぐ手立ての1つがITスキル標準の活用だと考えています。ソフトウェア開発に従事する人材が、自らをアップグレードし、ITスキル標準のよりレベルの高いところへシフトすることが求められています。新生IPAでは、こうしたスキルのアップに役立つ活動を展開していく考えです。
──今後、どのような分野が成長するでしょうか。
藤原 ソフトウェアは、サーバーやパソコンなどのネットワーク上で稼働させる分野と、特定の機器の中に組み込む分野の2つがあります。前者は、米国から発展してきた産業で、米国には巨大なソフトウェア開発会社もあります。後者は、たとえば特定の自動車やエレクトロニクスなどに組み込むソフトウェアで、この分野は国内のソフトウェア産業が強い部分だと認識しています。今後は、ITS(高度道路交通システム)やデジタル家電など、ソフトウェアの需要はどんどん広がっていきます。ガソリンと電気の両方を使うハイブリッドカーは、ソフトウェアの制御が非常に重要です。また、デジタル放送の普及にともない、放送で使うデジタル情報を処理するソフトウェアは、ますます欠かせない存在となっていくでしょう。
ブロードバンドは、大容量かつ、きめ細かなデジタル情報が必要になりますし、デジタル放送は、携帯電話やカーナビゲーションなどのモバイル環境で受信するケースも急増します。これらすべてはソフトウェアに依存する部分が大きく、供給側であるソフトウェア産業は、新しく急増する需要に追いついていく必要があります。人々が豊かな生活を送り、文明が進化するうえで、ソフトウェアに対する需要はますます増えます。新生IPAとして、ソフトウェア開発の手法やスキル、人材のアップグレード、セキュリティなどの支援を通じて、日本のソフトウェア産業の国際競争力の向上に努めます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
シャープの海外事業本部長時代は、1兆円の売上責任を負っていた──。通商産業省出身でありながら、民間企業の経営感覚も身につけている。「IPAは、他の同じような政府機関と比べて、まだまだ各種手続きが煩雑なところがある。このあたりは調べて、具合が悪いところは直す。手続きの簡素化などは細かいことだと受け取られがちだが、官僚主義を排するうえで重要なこと」シャープでの経験も踏まえて、「労働集約的な仕事の、海外へのシフトは避けられない。国内はITスキル標準などを活用して、人材のアップグレードを図ることが大切」と、ソフトウェア・エンジニアリング・センターを立ち上げて、開発手法の研究や人材育成に力を入れる。(寶)
プロフィール
藤原 武平太
(ふじわら ぶへいた)1940年4月24日、愛媛県生まれ。64年、東京大学法学部卒業。同年、通商産業省(現・経済産業省)入省。69年、米エール大学大学院経営学修士修了。経済協力開発機構(OECD)貿易局先進国間貿易課長、田中六助通商産業大臣秘書官、通商産業省産業政策局総務課長、同省名古屋(中部)通商産業局長などを経て、91年、同省通商政策局次長。92年、ブルガリア国駐箚(ちゅうさつ)特命全権大使。95年、シャープ常務取締役海外企画本部長。98年、代表取締役専務に就任し、海外事業本部長、東京支社長などを歴任。03年7月、情報処理振興事業協会(現・情報処理推進機構)理事長に就任。
会社紹介
2004年1月5日付で、独立行政法人「情報処理推進機構」として新生IPAがスタートした。新生IPAの藤原武平太理事長は「創造」、「競争力」、「安心」を3つの柱とした事業活動を通じ、IT国家戦略の実現を掲げる。
その手始めとして、国内ソフトウェア産業の国際競争力を高めるため、優れた人材の養成を目的とした「ソフトウェア・エンジニアリング・センター」を今年10月をめどに立ち上げる。産官学共同でソフトウェア開発プロセスの改善・評価手法を開発し、そのノウハウは、いち早く業界に還元する仕組みをつくる。
また、国の産業基盤を支える中小企業のためのIPAとして、中小ITベンチャーのソフトウェア開発支援や、セキュリティ対策の強化などにも力を入れる。今年度約71億円の事業予算のうち、約6割近くをソフトウェア開発に充て、その他をセキュリティ対策や人材育成などに振り向けている。