米ロジテックは、家庭におけるブランド力の強化に余念がない。その狙いは、デジタル家電の普及に先んじて、一般家庭のリビングでステータスを確立するためだ。インターフェイスの老舗メーカーで、高級感あるブランドを大切に育ててきたロジテックといえども、一般家庭での影響力はまだ低い。就任7年目のゲリーノ・デ・ルーカ社長兼CEOは、IT業界で育んだブランドをさらに大きく開花させられるのか──。
“ラストインチ”の専業メーカーにこだわる、リビングでの活躍の場を開拓へ
──世界規模でデジタル化、IT化が進展するなか、ロジテックの市場戦略は従来のパソコンを中心とするインターフェイス領域に焦点を当てたままですか。
デ・ルーカ 技術トレンドや市場動向は目まぐるしく変化・進展していますが、人とテクノロジーを結び付ける“インターフェイス”は、今後も変わりません。変わらないどころか、テクノロジーを人に結び付ける“ラストインチ(最後の1インチ)”の間に存在する市場やビジネスは、ますます拡大しています。当社は、このラストインチの専業メーカーであり、世界的にリードしていると自負しています。パソコンやインターネットなどに始まったIT革命は、いまや家電の領域にまで急速に広がっています。デジタル家電は、日本だけの動きではなく、世界的なトレンドです。ここで注目すべきは、ITが家電領域に広がったのであり、家電がIT領域に入ってきたのではないことです。当社はITの世界から生まれた企業であり、ITが家電に浸透するのと歩調を合わせて、家電領域のラストインチ市場に進出しています。
いま熱いのは、家庭のリビングを巡る争奪戦です。リビングにはテレビやビデオなどさまざまな家電がありますが、これら家電が急速にIT化しています。マイクロソフトをはじめ、多くのIT企業がこのリビング領域に進出しようと躍起になっています。リビングに攻め入ろうとするIT企業を待ち受けるのは、ソニーなど、もともと家電に強いメーカーです。IT勢力と家電勢力のリビング争奪戦の行方がどうであれ、当社はリビングでの活躍の場をしっかり開拓していきます。マイクロソフトやソニーなど大手企業の争いに巻き込まれることはないと考えます。
──その理由は何ですか。ロジテックは、パソコンなどIT分野で世界的な高級ブランドを確立しているメーカーの1社ですが、リビングにおけるロジテックブランドの確立は、まだこれからの課題です。
デ・ルーカ たとえば、ハードウェアとしてのパソコン本体を見た場合、ここ数年で価格以外で差別化できる要素は、とても少なくなってきました。これに比べ、インターフェイス製品は、使い勝手など個人的な嗜好にもとづいて価値が決まる性質をもっています。ユーザーの好みに合ったインターフェイスを提供することで、大手メーカーの争いに巻き込まれないビジネスが展開できると考えています。そのためにも、企業のブランド力を高めることは、非常に重要な要素となります。ロジテックブランドは、パソコン関連市場では高いブランド力を持っていますが、残念ながら一般的な市場においては、たとえば“コカコーラ”ほど万人が知るブランドにはまだなっていません。
しかし、ブランドを押し広めていく手立てはあります。昨年1─12月の1年間で、ロジテックブランドのマウスやキーボードなどの製品は、世界で5500万台出荷しました。当社の製品は、机の中にしまっておくような性質のものではなく、常に人目に触れる場所にある性質のものです。自社ブランドを冠した5500万台もの製品を、常に人目に触れる場所に置けるメーカーは、世界にもそれほど多くないと思います。この出荷台数は、前年と比べれば15%も増えています。これら自社ブランドの製品は、人とテクノロジーの仲介役を果たしながら、ロジテックのブランド認知度を高めてくれるはずです。
日本市場の特性を踏まえた製品作り、中国ではまず富裕層をターゲットに
──今年3月のBCNランキング(月次データ)によれば、ウェブカメラの販売台数シェアは42.7%と高いものの、主力のマウスは10.2%と相対的に低い水準にとどまっています。
デ・ルーカ 欧米市場と比べて日本市場では、まだまだ当社の存在感が薄いことは認識しています。欧州市場においては、特にドイツや北欧などで大きいシェアを獲得しています。欧州全体でのおよそのシェアは、マウス・キーボードが販売台数で約40%、ウェブカメラは45%程度、ゲームコントローラは50%前後です。スピーカのシェアは2番手につけています。こうした欧州での成功体験を日本市場に適用できればいいのですが、そう簡単にはいきません。欧州市場に参入して20年以上の歴史があるのに対し、日本で本格展開を始めた時期は欧州ほど古くありません。
欧州での成功体験をそのまま日本に当てはめるのではなく、日本市場からたくさんのことを学び、これをベースに新製品を開発することで、日本市場でのシェアを高めるという戦略を推進しています。特に日本のユーザーは、色やカタチ、大きさ、肌触りなどに敏感です。この要望をベースにマウスの大きさを小さくしたり、複数の色の製品を揃えたりしました。製品の色やカタチの選択肢を広げることによって、それがどうシェアに影響するのか。日本市場から多くのことを学びました。また、これらノウハウを米国市場へ持ち込んだところ、米国でも一定の効果が出ました。こうしたことから、欧州での成功体験を持ち込むより、それぞれの市場特性や需要をしっかり踏まえたビジネスが大切だと認識しています。
──世界戦略のなかで、中国市場はどう捉えていますか。
デ・ルーカ 日欧米の主要3市場に加え、中国市場にもとても大きな関心を抱いています。全体的にはそれほど購買力が高まっている市場とはいえませんが、一部の富裕層を中心に購買力が急速に高まっているため、まずはこうした層をターゲットに販売していく方針です。当社は、欧米企業の中でも早い時期に中国で生産拠点を開設した1社であり、中国との結び付きはもう10年余りになります。日本や米国での売り上げを急速に伸ばしていかなければならないなかで、中国での売り上げがそれ以上の成長を達成するとは考えていません。ただ、中国という国は驚異的な成長を遂げている国なので、予想外の展開も十分期待できるでしょう。
──これからもインターフェイス専業メーカーであり続けますか。
デ・ルーカ パーソナルなインターフェイスを中核事業にしていくという点は、今後も変わりません。人とテクノロジーの接点は、デジタル家電などの普及でさらに拡大しており、このインターフェイス市場は今後も継続してビジネスチャンスが大きくなります。今後の注力分野は、大きく分けると3つあります。コードレス(無線)化の推進、ネットテレビ電話などビデオコミュニケーション分野の商材拡充、デジタル家電などの広がりを受けたリビングルーム戦略の加速です。この3つを中心に、パーソナルインターフェイス専業メーカーとして事業の拡大を目指します。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「経営課題は、複雑化してきた社内業務プロセスの改善」と、デ・ルーカ社長は話す。ロジテックは、インターフェイス専業メーカーとして世界戦略を推し進め、ここ4年間で売上高を約2.5倍に伸ばした急成長企業だ。「小さな会社が急に大きくなってオドオドするのではなく、大きな会社なんだが、まるで小さな会社のように効率良く管理できる企業にする」と、急成長企業にありがちな社内組織の弱体化防止に力を入れる。デジタル家電などITテクノロジーは全世界の人々の暮らしに浸透しつつある。「テクノロジーと人とを結び付けるインターフェイス市場は、今後とも拡大を続ける。今後5年間も過去同様の成長を期待している」と事業拡大に意欲を示す。(寶)
プロフィール
1952年9月30日、イタリア・ローマ生まれ。ローマ大学電気工学の学位取得。77年、当時タイプライターや計算機などを開発・製造していたイタリアのオリベッティに入社。89年、アップルコンピュータに入社。ヨーロッパ・ビジネスマーケット担当副社長、ワールドワイド・マーケティング担当副社長などを歴任。98年2月、米ロジテック社長兼CEOに就任。
会社紹介
米ロジテックは、2003年にマウスの世界累計出荷で5億個を達成するなど、世界有数のインターフェイス専業メーカーの1社。現在は、主力のマウス製品に加え、キーボードやウェブカメラ、ゲームコントローラ、スピーカなど品揃えを拡充。昨年(03年1─12月)のロジテックブランド製品の年間出荷は、前年比で約15%増の5500万台に達した。また、OEM(相手先ブランドによる生産)も含めると、出荷規模は2倍の1億1000万台になるという。
これに合わせて業績も急拡大している。98年度(99年3月期)の連結売上高が4億4800万ドル(約470億円)だったのに対し、4年後の02年度(03年3月期)は約2.5倍の11億ドル(約1155億円)に成長。経常利益ベースでは、98年度の1600万ドル(約17億円)に対して、02年度は8倍近い1億2400万ドル(約130億円)に増えた。「ロジテック」は米本社の社名およびブランド名であり、日本法人の社名はロジクールとなる。