不採算案件の増加──。受託ソフト開発企業が抱える深刻な問題の1つだ。ソフト開発を主軸事業に置く富士通ビー・エス・シー(富士通BSC)も昨年度(2004年3月期)、不採算案件の発生によって業績を悪化させた。楽観できない状況下、6月29日にトップに就任した兼子孝夫社長は、開発畑を歩んできた経験をもとに「すべてのプロジェクトは自分が管理する」と、自らが現場に出ることで主軸事業の立て直しを目指す。一方で、成長著しい組み込みソフト事業では、来年度(06年3月期)売上高で100億円突破を至上命題に掲げ、デジタル家電や車載情報端末向けの強化、中国市場への参入を狙う。
社長自らプロジェクトを管理、不採算案件の撲滅を目指す
──昨年度(2004年3月期)の業績は、最終赤字に転落し、厳しい状況での社長就任となりました。
兼子 不採算案件の発生による利益率低下という、どこのソフト開発会社も少なからず抱えている問題に、富士通ビー・エス・シー(富士通BSC)も直面しました。昨年度、9年ぶりの最終赤字に転落した原因は、3件の大型案件でプロジェクト管理が徹底できなかったことに尽きます。不採算案件は昨年度に限らず、これまでもありました。ですが、規模が小さかったため、なかなか把握しきれない事業体質がありました。大型案件での失敗により、会社として“モノを作る”、つまりソフトを開発するためには何が必要なのかを、全社的にもう1度考え直す原点に立ち返ることができたと思っています。
──不採算案件が発生する原因をどのように捉えていますか。
兼子 ソフトを開発する前段階の上流工程ができていないことです。業務知識がなかったり、顧客とのコミュニケーションが図られていないなか、仕様をしっかり詰めない状態で開発を進めるものですから、再開発や追加開発が生まれ、利益がとれない案件へと変わってしまうのです。顧客の要望は絶対ですからね。再開発の時も、上流工程ができないから、中途半端に直して、また不具合を起こす。この悪循環にはまってしまうわけです。この悪循環を作らないためには、徹底したプロジェクト管理と、コンサルティング力の強化が必要になるでしょう。
──プロジェクト管理徹底のために、まずはどのような施策を打ちますか。
兼子 当面は、私が開発プロジェクトの進捗をすべて管理します。富士通テクノシステムの社長時代も、プロジェクトマネージャーを兼任していた時期がありました。なので、社長業をしながら現場にも出ることは、私にとっては珍しいことではありません。昨年12月に稼動した共同通信社の画像配信システムは、社長業をしながらプロジェクトマネージャーとして、私がシステム開発に携わった案件です。もともと、富士通が手がけていた案件でしたが、だいぶ苦戦していたようで、最後の局面で応援に呼ばれました。午前中は社長業、午後から共同通信社に入って、夜中の零時まで開発に携わるといった生活を2年間続けました。期日、性能、品質は、何とかすべて守りましたよ。
この実績があることも、富士通BSCの社長を任された理由だと思いますので、私がこれまで培ったノウハウでプロジェクト管理を徹底するとともに、現場の人間に、現場で私の知識や経験を伝えようと思っています。私は常々、「現場」、「現実」、「現物」の“3現主義”という言葉を念頭に置いています。自分で見たもの、聞いた情報がないと正確に物事を把握できないと思っています。ですから、現場の人間にも「私が来ることで、特別な資料など作るな。在りのままの状態を見せてくれ」と話していくつもりです。毎週月曜日は終日、お台場(東京都港区)の開発センターに1日こもり、プロジェクトチェックの日に充てるつもりです。1案件30分程度しか時間はかけられないと思いますが、すべてのプロジェクトを毎週必ずチェックします。ソフト開発で一番怖いのは、後戻りできなくなってから不具合に気付くことです。まだ傷が浅いうちに修正すれば、大規模な不採算案件には成長しませんから。
成長が期待できる組み込みソフト開発、中国の開発拠点も活用
──ソフト開発は厳しい環境にありますが、組み込みソフト開発事業は急成長しています。
兼子 組み込みソフト開発は、富士通BSCが自社で培った強みでもあります。約4年前に本格的に事業を開始して以来、昨年度は売上高45億円まで成長し、今年度は70億円、来年度には100億円規模まで拡大させます。日本の携帯電話市場は2─3年前から飽和状態と言われており、組み込みソフト開発の案件も少なくなると思っていました。ですが、高機能化とともに、ソフトに対する要求は増え、案件は減るどころか増えています。加えて、今後はデジタル家電、そして車載情報端末向けなど、新たなジャンルの組み込みソフト開発案件も急増するとみています。新たな分野に向けた営業力・開発力強化は今後の課題です。
──組み込みソフト開発では、中国の開発子会社を有効的に活用しているようですね。
兼子 中国の開発子会社の設立は1991年と早く、オフショア開発のノウハウも十分蓄積しています。開発者の技術レベルも高く、事業構造もしっかりしている。安心して活用できる中国の開発拠点を持っていることは当社の強みです。コストも、日本のソフト会社に発注するより2分の1程度で済み、すでに組み込みソフト開発において、なくてはならない存在となっています。中国子会社の組み込みソフト開発の人員は現在約50人で、富士通BSC本体の組み込みソフト開発者300人に比べ、まだ圧倒的に規模は小さい。しかし今後は日本、中国を問わず、組み込みソフト開発案件が増えるのは確実だと思っており、コストメリットを考えて、中国の開発者を中心に人材登用を積極的に行っていくつもりです。
また、中国の子会社は開発拠点としてだけでなく、利益を出す拠点としても成長させるつもりです。中国という巨大マーケットを攻めない手はありませんから。携帯電話の組み込みソフト開発事業をメインに、中国の通信事業者や、海外の携帯電話メーカーへの営業を積極的に行っていきたいですね。具体的な話はまだこれからですが、利益を出す体質にすることは至上命題だと感じています。中国の開発者の人件費は日増しに上がってきており、いつまでもローコストセンターとして機能するとは限りませんから。
──組み込みソフト事業は、業務アプリケーション開発など、他の事業に比べて特異な開発案件のように感じます。組織体制についてはどのようにお考えですか。
兼子 業務システムの開発やシステム構築とは内容が異なりますから、やはり、営業や開発など組み込みソフト事業に関わる部隊を1つにまとめようと思います。売り上げや利益の目標数値を明確に持たせ、その代わり権限も与える。スピードアップと効率化を図るために、本部クラスで独立した組織での事業展開が最適ではないかと思っています。他の組織に関しても、業種別の組織に変えようと思っています。産業、公共、金融など、業種別に分けた組織が必要だと感じています。現在、ソフト開発やシステム開発、ソリューション販売など事業別の組織になっていますが、シームレスな連携が取れていない印象を持っています。また、顧客やパートナーから見ても、分かりやすい組織とは言えないでしょう。下期の早い段階で今の組織よりも簡素化した組織に変え、新たなスタートを切りたいと思います。
眼光紙背 ~取材を終えて~
山登りを好む兼子社長は、不採算案件を「遭難と一緒」と話す。「遭難する典型的なパターンは、道を外した時に、引き返す勇気を持てない時。ソフト開発も一緒です。現状を的確に把握し、時には後退することも必要なんです」 「ソフト開発を抜本的に見直す」と、社長とプロジェクトマネージャーの“二足の草鞋”を履くことで、不採算案件の撲滅を図る。文系出身で、富士通入社後にソフト開発を1から勉強。「誰も助けてくれない」なか、開発を重ねることでスキルを身に付けてきたSE(システムエンジニア)時代。プレッシャーと疲労から2度入院した過去もある。現場の辛さを知っているトップが、現場の意識改革を自ら進め、V字回復に挑む。(鈎)
プロフィール
兼子 孝夫
(かねこ たかお)1947年7月生まれ、東京都出身。71年、早稲田大学第一政治経済学部卒業。同年4月、富士通入社。90年、システム本部第五システム統括部自治体システム部長。97年、システム本部情報出版システム統括部長。02年、富士通テクノシステム代表取締役社長。04年6月29日、富士通ビー・エス・シー(富士通BSC)代表取締役社長に就任。
会社紹介
1963年設立。ソフト開発、ITサービス、システム構築、ソリューション販売を事業内容に据え、情報・通信や製造業向けソフト開発に強みを持つ。富士通から受注するソフト開発の売り上げが全体の6割程度を占める。001年度(02年3月期)から売上高、利益ともに伸び悩み、昨年度(04年3月期)は、売上高は微増だったものの、ソフト開発の不採算案件が発生し、約25億円の特別損失を計上。9年ぶりの最終赤字に転落した。昨年度の連結実績は、売上高が328億1500万円(前年度比3.9%増)、営業利益が5億1600万円(同61.7%減)、経常利益が1億8300万円(同83.4%減)、最終損益が13億9200万円の赤字(前年度は5億8900万円の黒字)だった。
今年度(05年3月期)は、中国の開発子会社を活用したコスト削減効果や、利益率の高いソリューションビジネスの拡大、携帯電話向けの組み込みソフト事業が伸びるとして、売上高340億円、営業利益19億2000万円、経常利益16億6000万円、最終利益9億4000万円を見込み、V字回復を目指す。00年10月にジャスダックに上場。富士通が全株式の56.47%を保有する。従業員は約1800人。