アマゾンが日本でサービスを開始して5年目に入った。ジャスパー・チャン社長は、2001年4月に日本法人社長に就任。日本市場で、書籍以外の音楽、DVD、ビデオ、ゲーム、ソフトウェア、エレクトロニクスなどの新規ストア、マーケットプレイスの立ち上げ指揮を執ってきた。今後さらに書籍から家電製品まで横断的に品揃えを増やし、価格競争が激化する日本の家電市場へ価格だけではない新しい売り方で挑む。
競合もナンバーワンも意識しない 顧客の利便性を高めることが重要
──アマゾンジャパンの立ち上げから5年になりますね。書籍のネット販売を日本に定着させたのは、アマゾンの功績だと思いますが、この5年間を自己採点すると何点ですか。
チャン 70─80点というところでしょうか。全体的にみて、日本での進捗には満足しています。顧客アンケートでも、非常に高い満足度をもらっていますからね。
──これだけ短期間に日本市場に浸透できた理由は。
チャン アマゾンモデルを日本に導入するために様々な努力を重ねてきた成果です。まず、オンラインで欲しいものを早く手に入れられる仕組みを構築し、次に顧客志向の徹底に力を入れてきました。カテゴリも書籍から始まって、ホーム、キッチン用品、おもちゃなどのハードラインへと広げました。それに加えて、代金引換サービスのような日本独自のサービスも導入しています。携帯電話のバーコード機能を利用した商品検索サービスや、モバイル向けのアソシエイトプログラムも、日本の顧客ニーズに応えて導入したものです。
──これからの課題や、これまでにやり残したことは何ですか。
チャン 顧客のためにも、我々は常に上を目指す姿勢が必要なんです。ですから100%なんてありえない。今後、エリアやカテゴリーの拡大をよりアグレッシブに加速させたいし、顧客志向やオンラインの利便性を向上させるというミッションに全力で取り組まなければと思っています。
──書籍業界では、紀伊国屋書店や丸善に並んだともいわれていますね。
チャン 書籍業界でナンバーワンになれたらすごいかもしれないけど、あまり意識はしてません。他の書店は、私たちとやり方も全く違う。彼らと比較するより、我々のオンラインで何ができるのか、顧客に満足してもらえるよう利便性を高めていくことが重要なんです。
──競合は意識しないんですか。
チャン 意識はしているんですけどね。しかし、注目はするが、目標にはならない。一生懸命仕事をして企業が大きくなるのは、確かにうれしいです。しかし、それによって顧客からもっと愛してもらえることが重要で、ナンバーワンを目標にしているわけではありません。
──書籍のオンライン販売は今後どれくらいまで伸びると予想していますか。
チャン 日本の書籍流通に占めるeコマース(電子商取引)の割合は、現在1%に過ぎません。予測は難しいですが、米国はeコマース市場が立ち上がってから10年かかって10%台の前半に達しました。日本市場は急速に成長しているので、もっと短期間で10─15%に伸びていく可能性はありますね。
──エレクトロニクスや家電製品にも力を入れていますね。しかし、家電販売は競争の激しい市場で、バイイングパワーにものをいわせた価格競争が激化している。アマゾンは何を強みに戦っていくんですか。
チャン オフラインの企業に比べて、我々の優位点は、書籍からエレクトロニクスまで効率的に利益をあげているということです。また、ワンストップで様々な製品を提供できる立場を生かして、メーカーとマーケティングデータを交換しながら、もっと利便性の高いサービスも展開できます。
もう1つ、アマゾンの顧客はオフラインの販売会社に比べて、家庭の収入、教育レベルが高いんです。それはグローバルでみても共通です。ですから新しい商品やデザインにいち早く興味を示し、予約注文の比率も非常に高いという特徴があります。こうした特性を生かして、メーカーと共同で実験を重ねながら、価格競争だけではない新しい試みを検討しています。
──量販店とはまったく違う売り方を期待していいんですか。
チャン 価格は確かに重要な要素ですね。日本のポイントシステムについては、我々も学ぶべき点があります。ただ、既存の流通では、価格体系が複雑なために、顧客にとっては比較しにくい。アマゾンが考えるポイントシステムは、もっと違う価値を提供できるものです。
そのためにも、まず幅広い品揃えが強みになります。オフラインの店舗では、品揃えが制約されますが、アマゾンは約700万タイトルのセレクションが揃っている。この中から、顧客のライフタイム全てに適用できる、より幅広いポイントシステムを構築していくことも可能です。
サイバーを支えるリアルの世界、本質を見据え物流も様々に改変
──最近、『アマゾン・ドット・コムの光と影』という潜入ルポが話題になりました。スマートなサイバービジネスの影で、物流現場のアルバイトは1分間に3冊というピッキングノルマで働いているという内容でした。チャンさんは読みましたか。
チャン 全部読んだわけではないけど、大体目を通しましたよ。日本の仲間に感想も聞きました。まず筆者ですが、実はアマゾンの大変なファンなんです。頻繁に書籍を購入してくれているユーザーで、アマゾンに寄せる熱意には感謝したいと思っています。いろいろ批判も書かれていますが、物流のオペレーションは運送会社に外注しているので、残念ながら、コメントできる立場にありません。
──批判の内容については、視点が少し偏向していると感じました。ただ、サイバービジネスといっても、やはりリアルの世界の労働者に支えられているんだという見方は面白かったです。
チャン それは、その通り。顧客のため、あるいはウェブを動かすためには、リアルの世界のオペレーションが必要です。同じサイバービジネスでも、広告業界は少ない人数でネットを運営できる。しかし、我々の業界では物事を動かすために、大変な労力を必要としているんです。
──物流といえば、一時期、アメリカでは在庫や物流倉庫の経費が業績を圧迫する要因になっていましたね。こうした構造からは脱却できましたか。
チャン アマゾンは、この10年間のビジネスで多くを学び、様々な変更と努力を重ねてきました。その1つが自社在庫を持つということです。24時間の配送システムも、こうした自社在庫に支えられています。ただし、米国ではユニットの20%以上がサードパーティによって、アマゾンのサプライチェーンを通さずに売られています。日本では、「マーケットプレイス」を通じて、中古品などが直接顧客に提供されています。他社では、このうちどれか1つを採用している例が多い。しかし、私たちは、ビジネス、サプライ業界の本質を見極めて、効果的な方法を組み合わせることで、顧客に高い利便性を提供します。アマゾンは、常に同じところにはとどまっていません。それが我々のビジネスモデルなんです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
取材当日ジャスパー・チャン社長は、こだわりを感じさせる鮮やかなシャツを着て登場。装いと表情は明るくはっきりしていた。回答の端々に積極的に日本語を交えていたことからもチャン社長の人柄が垣間見ることができた。
話題となった『アマゾン・ドット・コムの光と影』は、アマゾンジャパンの物流センター(千葉県市川市)に著者が作業員として働き、ルポしたもの。そのなかにはオペレーションに対する批判もあるが、「著者はアマゾンのファンであり、熱意に感謝する」と、アマゾンモデルに揺ぎない自信を示した。
ITを駆使したアマゾンのオペレーションの裏側にあるのは人であることを改めて感じさせられる。チャン社長が語った最大のミッションとは、「たくさんの才能を生かして組織を伸ばしていく」ことで、人が要ではあることは確かだ。(理)
プロフィール
ジャスパー・チャン
(ジャスパー・チャン)1964年10月、香港生まれ。カナダ国籍。86年、香港大学工業工学部卒業。90年、カナダ・オンタリオ州のヨーク大学にてMBAを取得。86年、キャセイパシフィック航空入社。エアライン・プランニング・オフィサー就任。87年、プロクター・アンド・ギャンブル・インク入社。ファイナンスアナリスト就任。95年、日本洗剤部門ファイナンス・マネージャー就任。97年、北東アジア地域ヘルス・ビューティ・アンド・フード・アンド・ビバレッジ部門ファイナンス・マネージャー就任。00年12月アマゾンジャパン入社。ファイナンス・ディレクター就任。01年4月、代表取締役社長に就任。
会社紹介
アマゾンジャパンは、米ワシントン州に本拠地を置くアマゾン・ドット・コムの日本法人で、2000年11月にサービスを開始した。米アマゾン・ドット・コムのサービス開始は95年7月で、今年で10年が経過した。昨年度(2004年12月期)通期の売上高は前年度比31・5%増の69億2112万ドル、営業利益は同62・8%増の4億4042万ドル、純利益は同約16倍の5億8845万ドル。通期のエレクトロニクス製品およびその他の雑貨部門は、売上全体に占める割合が24%となり、前年度比53%増の16億9000万ドル。
日本を含む、イギリス、ドイツ、フランス、中国で構成されるインターナショナル部門の売上高は、前年度比53・3%増の30億7378万ドル、営業利益は同約2倍の1億6928万ドル。
アマゾンジャパンでは現在、書籍、ミュージック、DVD・ビデオ、エレクトロニクス、ホーム&キッチン、ソフトウェア、ゲーム、おもちゃ&ホビーの8ジャンルを取り扱っている。アクティブカスタマー数(1年以内に購入した顧客)は04年9月現在で380万以上。本社は東京・渋谷区に置き、カスタマーセンターを北海道札幌市に、物流センターを千葉県市川市に置く。