今年5月に発足した東北ITクラスター・イニシアチブ(TIC)では監事長を務める。国立大学・高専向けの人事給与システム「U-PDS」をはじめ、ヒューマン・リソース・マネジメント(HRM)製品が大手製薬メーカーに採用されるなど、東北地方にあって全国をマーケットにし、“仙台発”の製品を売り込む。宮城、山形、福島の南東北3県の企業などが参加するTICの活動も、下請けビジネスの売上比率が高い東北地方のシステムインテグレータ(SI)、ソフト開発企業がオープンソースソフト(OSS)で全国を市場に活躍するための基盤技術確立を目指している。
国立大学などが人事給与システムを採用、HRMビジネスのニーズも徐々に高まる
──2004年4月に国立大学の法人化が始まりました。サイエンティアが受託開発した「U─PDS」も、クライアント/サーバー(C/S)システムに対応したバージョンに移行し、各国立大学で採用が進んでいます。
荒井 国立大学の法人化はビジネスチャンスととらえています。もともと国立大学の人事給与システムとして開発した「U─PDS」は、01年に文部科学省からメインフレーム用の新汎用人事事務システムとして受託開発し、全国の国立大学・高専で活用されてきました。そのサポート期間が今後5年間で切れるため、続々とシステムのリプレース需要が出てくるわけです。そこで国立大学の法人化をにらんで、03年に京都大学の協力で開発したのが人事給与統合システム「U─PDS Ver4.0」です。自ら開発したメインフレーム用の「U─PDS」をリプレースしているわけです。競合企業も出てきていますが、これまでのところ評価中も含めれば国立大学や国立研究所など16機関で採用が決定、あるいは内定しています。新人事給与統合システムへのリプレースは、今後2年間が勝負だとみています。なんとか5年後までには、国立大学および国立研究所など約90機関のうち80%のシェアを確保したいと考えています。
──地元の東北大学は、未だに新システムを採用していないようですが。
荒井 実は文科省のメインフレーム用人事給与システム開発の幹事大学になっていたのが、東北大学なのです。それで今でも新システムを採用してもらえていないのですが、いずれ採用してもらえると思いますよ。
──国立大学の人事給与システム以前から、ヒューマン・リソース・マネジメント(HRM)システムなど人材マネジメント関係のシステム開発が得意ですね。
荒井 かつてリクルートで人事コンサルティングを手がけていたスタッフがいることが大きいですね。ここにきて大手企業などでも、成果主義のほころびが目立ってきていますね。うまく運用されている方が少ないくらいです。そうした企業は人事評価に悩んでおり、目標管理やスキルアップなどの手法を求めているわけです。それだけ人材のマネジメントは難しく、ニーズも大きいと考えています。これから高齢化社会が進むことで、労働人口は徐々に減少していきます。人材を有効活用し、どうやってコアになる人材を育てていくかということが企業に突きつけられた命題になっています。その部分をITでお手伝いしたい、というのがHRMビジネスの発端です。
しかし、成果主義が定着しにくい日本市場でHRMのニーズを開拓していくのは、実は大変な作業でした。ニーズがあるとみて製品企画をし、開発したのですが、一部では理解されるのですが、そういうシステムに投資してもらうところまでいくのに時間がかかるという面はあります。つまり潜在的なニーズはあったけど、実際にはマーケットはなかったということになります。しかし、成果主義が大手企業でも崩壊し始めたことで、にわかにHRMシステムに対する理解が広がってきました。今ではHRM統合支援システム「Progress@Site」は、当社の大きな収益源になっています。これまでにも大手の製薬メーカー、システムインテグレータ(SI)など大手企業で続々と採用されています。
──国立大学向けの人事給与システムも、企業向けのHRMも、全国がターゲットですね。十分なサポート体制も不可欠になります。
荒井 サポートサービスが重視されている時代ですが、全国をくまなくサポートできる体制を作る体力は、残念ながら当社にはありません。バーチャルなユーザー会を組織してユーザーサイトを構築し、Q&Aをタイムリーに返すなど努力はしていますが、未だに課題が多いのも事実です。国立大学向けの人事給与システムでは、NTTコムウェアの各地域会社とダイレクトにパートナー契約を交わしています。
システム開発需要の7割は首都圏に TICに参加し技術スキルの向上へ
──東北の仙台市に本社があるというのは、マイナス要因ではないと。
荒井 それどころか、地域の支援などいろいろ助けてもらっている部分もあります。たとえば宮城県情報サービス産業協会(MISA)では、会員企業の新入社員向けに新人教育を行う制度がありますし、宮城県の情報産業振興室の施策バックアップも受けられます。応援して下さる人も多いですし、県や市など行政に声が届きやすいということもあり、仙台市に本拠地を置いているからといってデメリットは全くありません。しかし、システム開発需要の7割が首都圏に集中しているのは事実で、当社も東京を中心とした民間企業向けの売上比率は60%に達しています。
首都圏でのシステム開発ビジネスが圧倒的に大きいことで、宮城県の情報サービス産業の売上高の約3割はそうした首都圏でのビジネスの下請けで占めています。下請けが全ていけないというのではありません。特殊な技術を生かして、戦略的な下請けというのもあると思います。しかし現実は、開発単価を引き下げるための下請けであり、宮城県や東北の情報サービス産業の売上高が減少しているのも、そこに原因があるのです。
──東北ITクラスター・イニシアチブ(TIC)が今年5月に発足しました。宮城、山形、福島の南東北3県のSIなどが参加しました。
荒井 TICの目的は、下請け体質からの脱却だけにあるわけではありません。オープンソースを中心に技術スキルを高め、参加する各社がそれぞれ強くなるのが主眼にあるわけです。皆で強くなろうという、互助会のような組織とも違います。TICを中心にビジネスを行うわけでもありません。あくまでも技術研究会と位置付けています。TICで共同受注をやらない、と明確に決めているわけではありませんが、ビジネスを獲得していくことばかり目的とした発想は望ましくないと考えています。
TICに参加している宮城、山形、福島の南東北3県の地域SI企業など約40社が、それぞれチャンスをつかんで成長していく基盤となればいいと考えています。中にはビジネスを期待する向きもあるでしょうけど、そういう方向には向けていないのは確実です。そのため長く活動する必要もないと考え、活動期間は3年と決めました。“東北発”で全国を相手にするソフトベンダーが生まれてくることが目標ですが、40社がこうならねばならぬ、という考えもありませんし、全社が同じようにスキルアップするとも思っていません。TICに参加したことをチャンスとして、それぞれが成果につなげていけばいいのです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
サイエンティアのビジネスも東京集中型。これまでは東京支店にいる時間も長かったが、「TICが発足したので、東京ばかりにいるわけにはいかない」と笑う。監事長として、TICを実質的に取り仕切っている。1961年生まれで、今44歳。まさに働き盛りといったところ。その人物には同業者も行政の担当者も信頼を寄せている。
仙台に本社を置いていることを素直に「メリット」だと語る。「今の環境がある以上、東京に本社を移す考えは全く持っていない」と涼しげに言ってのける。全国規模で活躍するサイエンティアにとって、仙台という場所は重要なわけだ。ただ、「地産地消といいますよね。それを否定するつもりはありませんが、個人的には後ろ向きな考え方だと思います」とも。
それでも、「今年初めて、関西の大学を卒業した人を新卒で採用したんです。仙台の会社というこだわりはないそうです」と嬉しそうに言ったりもする。(蒼)
プロフィール
荒井 秀和
(あらい ひでかず)1961年2月26日生まれ、宮城県出身。84年3月、東北大学工学部機械工学第2学科卒業。同年4月、トキコ入社。87年1月、仙台コンピュータサイエンス(現サイエンティア)入社。94年5月、東京支店長。98年6月、取締役。99年7月、取締役副社長。00年6月、代表取締役社長に就任。
会社紹介
サイエンティアの前身である仙台コンピュータサイエンスは1981年の設立。82年には東京に営業所を開設している。現在のサイエンティアへの社名変更は90年。96年には当時の通商産業省(現経済産業省)の「創造的ソフトウェア育成事業」に採択され、東北大学、米UCLAなどとの産学協同研究開発プロジェクト「FASE21」でエージェント技術の開発を開始し、同年に国公立大学向け人事情報システム「U-PDS」の販売も開始した。
その後、01年1月に文部科学省による汎用人事事務システムを受託開発し、全国立大学・高等専門学校に配布されている。ヒューマン・リソース・マネジメント(HRM)統合支援システム「Progress@Site」の販売開始は00年10月からで、02年末にはVer3.0を開発。大手メーカーをはじめ、大手のシステムインテグレータ(SI)でも採用されている。03年には、国立大学の法人化をにらみ、クライアント/サーバー(C/S)化した人事給与統合システム「U-PDS Ver4.0」を開発、京都大学などで運用が始まっている。