ターボリナックスの矢野広一社長兼COOは、マイクロソフトが圧倒的なシェアを握るクライアントOS市場に、一貫して挑み続けている。今月25日にはクライアント向けLinuxの新バージョン「FUJI」をリリース。ウインドウズ市場の一角に食い込むために、さらにアクセルを踏む。クライアント市場にこだわる矢野社長の狙いと、オープンソースソフトウェア(OSS)に賭ける熱意に迫った。
クライアントOSにこだわる、FUJIの上でMSオフイスが動く
──他のLinuxディストリビュータがサーバー向けにリソースを集中するなかで、矢野社長はクライアント用OSにこだわり続けていますね。
矢野 独占という“弊害”を崩したいんですよ。ウインドウズ一色という構図を突き崩して、もっと競争原理の働く環境へと組み直したい。インターネットが社会インフラとなり、そのなかでパソコンは中核的な存在に成長しました。その根幹をなすOSが1社の製品だけという状況で、産業が活性化すると思いますか。私はそうは思わない。サーバー市場ではマイクロソフトのシェアは高いとはいえ、独占的ではありません。だから複数の企業が進出して各社のビジネスが成り立っています。私はクライアント市場にも、こうした環境をつくりたいんです。
──サーバー向けだけのほうが儲かりますよね。
矢野 それはそうです。商売だけを考えれば、サーバー市場に集中した方が当然良いですよ。健全な競争環境が整っていて、食い込むチャンスだって多いですから。ただ、今の市場を変えるためには、誰かが風穴を開けなければならない。この思いがあるから、ターボリナックスはクライアント市場から離れないんです。今は日本も含め世界各国の政府がクライアントにLinuxを採用しようと積極的に動いています。市場は必ず広がる。クライアント市場から離れたディストリビュータもいつか必ず戻ってくるでしょう。私はその時を心待ちにしているんです。
──そうは言っても、マイクロソフトのシェアを崩すのは容易でありません。
矢野 今月25日に発売した新バージョン「Turbolinux FUJI(フジ)」が武器です。前バージョン「同 10d」は、よく売れました。ですが、2つの変更をユーザーに強要したことで、不便をかけてしまった。それは「OS」だけでなく、主要アプリケーションである「オフィスソフト」も、買い替える必要があったことです。これはユーザーにとっては、非常に大きな負担だったと思います。この教訓を生かし、FUJIではミドルウェア「David」を搭載し、MSオフィスがFUJI上で動くようになりました。OSは変わるけど、使い慣れたMSオフィスは当面、そのまま使ってくださいという提案ができるようになったわけです。これで導入障壁はかなり下げられたと思います。
それと、ウィンドウズPCとの混在環境でも管理を共通化できる仕組みを用意しました。FUJIの目玉は、Davidだと思う人が多いですが、実はこの機能が最大の特徴です。法人の情報システム担当者は、管理するパソコンのOSがウィンドウズでもFUJIでも気にすることなく、「アクティブディレクトリ」で一元管理できます。これは、法人市場に入り込む強みになります。
──でもMSオフィスが動くようになり、一元管理機能が加わっても、ウィンドウズに比べて対応アプリケーションの数が圧倒的に少ないですよね。ユーザーには買い替えの大きな壁になりませんか。
矢野 確かに、対応アプリの拡充は重要課題です。それで、9月の上場で調達した資金のうち、約4億円を投じて、対応アプリの拡充をはかろうと計画しています。基本的にはウィンドウズベースのアプリをもっているソフトベンダーに依頼して、『FUJI』対応版を開発してもらう。むろん、ソフトベンダーには、開発援助などの支援プログラムを設ける予定で、詳細が詰まれば来年早々に発表する予定です。
──ターボリナックスは直接関与しないのですか。
矢野 一部のソフトについては自社で作る可能性もあります。候補はオフィスソフト。FUJIでは、MSオフィスを動作可能にしましたが、これはあくまで導入障壁を下げるのが狙いで、MSオフィスを使い続けて欲しいとは思っていません。今はOSSのオフィスソフトとしては、「スタースイート」、「オープンオフィス」が先行していますが、残念ながら、日本発のソフトがない。オフィスソフトは重要なアプリケーションですし、自社開発の可能性もあります。ただ、当社だけでなく、数社がコンソーシアムをつくったうえで共同開発するという形をとるかもしれません。いずれにしても、オフィスソフトでは来年、新しいアクションを起こしますよ。
アジアのリーダーに年内にインドに現地法人開設
──海外市場もにらんでますね。1億円を海外市場進出にあてる計画ですが、具体的には。
矢野 まずは年内に、インドに現地法人をつくります。どのような形か詰めている最中ですが、多分、現地IT企業とのジョイントベンチャーになるでしょう。その後には、他のアジア諸国にも現地法人を設けてアジアでの存在感を大きくしていきたい。
──アジアに集中する理由は。
矢野 もともとターボリナックスは、アジア市場でOSSのリーダーになるという企業理念を掲げています。日本だけで商売するつもりは全くないけど、世界でナンバーワンになろうとも思っていない。OSSの世界は、米国、欧州、アジアそれぞれの市場に強いディストリビュータがいて、各社が切磋琢磨する形がベストだと思う。だからターボはアジアでナンバーワンを目指しているんです。世界市場で今後、ビジネスのポテンシャルを持っているのはBRICsですよね。ターボはすでに中国に進出してますから、次に狙うのがインドというわけです。
──アジアでナンバーワンを標榜する製品としては、「Asianux(アジアナックス)」がありますね。
矢野 アジアナックスはネーミングが非常に格好良いし、韓国、中国のLinuxディストリビュータと共同開発といううたい文句もインパクトがある。ただ、ビジネス面で自らチャンスを逸している協業体制のように思えます。韓国ハーンソフト、中国レッドフラッグソフトウェアと協業しているから、今後、韓国、中国市場には参入できませんよね。あの協業体制では、日本だけでビジネス展開しなければならなくなる。結果的に自分で首を絞めてしまうことになると思うんですよ。
──FUJIの販売目標は。
矢野 前バージョンが2年で10万本だったのに対し、FUJIは2年間で30万本を目標にしています。法人向けが全体の70%を占めるとみています。クライアントLinuxの市場は、残念ながら現時点で飛躍的な成長はしていません。しかし、着実に市場は広がっています。すでに、教育機関や自治体では、政府主導でOSS活用の実証実験が始まり、一般企業ではセキュリティの観点から、Linuxに注目する企業も増えている。さらに、FUJIではナショナルブランドのPCメーカーからOEM供給の話がきています。ウィンドウズのハードルは高いので、実際に採用されるかは分かりませんが、それでも話が来たのはFUJIが初めてなんです。Linux市場が本格的に活性化するにはまだ時間がかかると思いますが、ポテンシャルを考えれば、2年で100万本売れてもおかしくない。
眼光紙背 ~取材を終えて~
モノづくりが得意の日本人が、なぜソフト産業では世界に後れをとるのか。
矢野社長にこんな質問を投げかけると、それは「すべて“クローズソース”のせい」と即答する。OSSがもっと早くに普及していれば、今の状況はなかったという。
「日本人は、最初にモノを生み出すための発明力はない。ただ、生み出された製品を改良して高品質にしたり、生産効率を向上させて大量生産するのが得意。電話でも電子レンジでも何でも日本人が発明したわけじゃないでしょ」
ソースコードが“閉ざされて”成り立ってきたソフト産業では、日本人が持つ、“マネして先駆者を越える”という能力が発揮できないというのが矢野社長の見解だ。
「OSSは日本人の強みを生かせる分野。日本のソフト産業は今の10倍以上に成長するポテンシャルがある」。
OSSが持つ可能性に絶対の自信をのぞかせる。(鈎)
プロフィール
矢野 広一
(やの こういち)1962年1月18日、オーストラリア生まれ。85年3月、成蹊大学経済学部卒業。85年、日本アイ・ビー・エム(日本IBM)入社。「AS/400」などの営業業務に従事した後、92年からマーケティングを担当。95年、日本オラクル入社。96年、米オラクルに出向。97年に帰国し、ERP(統合基幹業務システム)ベンダー、コンサルティング会社などとのアライアンス業務を担当。99年からはLinux事業に取り組む。00年、日本オラクルが筆頭株主となって設立したミラクル・リナックスに移り、代表取締役社長を務める。00年10月、ターボリナックス代表取締役社長兼COOに就任。
会社紹介
ターボリナックスは、1995年7月の設立。クライアントコンピュータおよびサーバー向けの国産Linux「Turbolinux(ターボリナックス)」の開発、販売、ディストリビューションが主要事業。
02年8月に、法人向けソフト開発会社のSRAが当時の親会社である米ターボリナックスから全株式を取得したことで、SRAの子会社となった。その後、04年5月にライブドアがSRAから全株式を取得。ライブドアグループの一員になる。
今年度(05年12月期)の業績見通しは、売上高が前年度比74.5%増の11億5900万円、経常利益が同約6倍の1億7000万円、当期純利益が同約3.3倍の1億6700万円としている。
05年9月15日、大阪証券取引所ヘラクレスに上場。従業員は32人。米国と中国に現地法人を持つ。