成田明彦社長兼CEOがセキュアブレインを設立して約1年半が経過した。シマンテック日本法人を1人で立ち上げ、10年間トップとして企業の成長を持続させてきた。その実績と経験をもとに成田氏が次に挑んだ道が、「世界で通用する国産セキュリティソフトウェア会社」の設立だった。世界でも類がないフィッシング対策ソフト専門会社が世界市場を見据え、着々と存在感を示し始めている。
大手が未開拓の領域に挑戦 ネットの詐欺防止製品を投入
──セキュアブレインを設立して1年半が経ちましたね。感触はどうですか。
成田 新しいビジネスを立ち上げるのは大変だなと改めて感じた、というのが率直な感想ですね。セキュアブレインの設立時は、優秀な社員を抱えていることぐらいでそれ以外は“ないない尽くし”。ブランド力もないし実績もない。設立した時点では製品すらなかった。ゼロから作り上げていくのは、苦労しました。
──成田さんは、1994年にシマンテック日本法人を1人で立ち上げて、シマンテックブランドを確立させた。その頃、情報セキュリティは一般的ではなかった時代ですから、その時のほうが大変だったのでは。
成田 いや、シマンテックのほうが楽でしたね。日本での知名度はありませんでしたけれど、米国ではすでにビジネスが立ち上がっていて、その実績が後ろ盾になりましたから。実績とブランドがないなかでビジネスをすることの難しさは、シマンテックのスタートよりも上でした。
──10年の間、セキュリティ業界で仕事した後、フィッシング(インターネット上の詐欺)対策製品に着目したのはなぜですか。
成田 セキュリティといってもいろいろな分野がありますよね。ウイルス対策とかファイアウォール、情報漏えい防止とか。でも、どの分野もすでにマーケットとして成り立っており、大手企業が必ず存在し市場を牛耳っている。同じ土俵で闘ったら、実績やブランド、資金力で負けてしまいます。新しい分野に挑戦したほうが、チャンスは大きいと思ったんです。
会社をつくろうと漠然と決めたのは、シマンテックを辞めてすぐで、今から2年ほど前です。その頃、欧米ではフィッシング被害が多発し、社会問題になっていました。日本ではフィッシングという言葉すら認知されていなかったですけど。欧米で起こった事柄が1─2年後に必ず日本でも起きますから、フィッシング対策に賭けようと考えたのです。
──先進的な分野で、技術的バックグラウンドがなかったのに、フィッシング対策ソフト「Phish Wall(フィッシュウォール)」を商品化できた理由は。
成田 シマンテック米本社で脆弱性を研究していた元研究開発ディレクターで、当社の技術責任者の山村(元昭CTO)が、フィッシング対策製品のアイデアを持っていたんです。山村からこのアイデアをビジネス化できないかと私に提案があった。私もフィッシングに興味を持っていたので、プロトタイプをつくってもらうことに。それがフィッシュウォール誕生の経緯です。
この試作品の品質をみた瞬間、「これはいける」と感じフィッシング対策製品の専門会社を作る最終決断をしたわけです。
今夏から個人市場も狙う3年後のIPOを視野に
──ただ、フィッシング対策についてユーザーの関心が薄れている印象を受けます。
成田 会社を設立した時に、「VISAカード」などの公式ホームページを装った数件のフィッシングサイトが日本でも出始めました。フィッシングは新しい形の詐欺でしたからマスコミでも大きく取り上げられ、一気に関心が高まった。しかし、その後は大規模な被害が出ていないことから、その頃に比べると熱が冷めているかなと私も感じています。
──ビジネスは厳しい環境にあると。
成田 市場の立ち上がりは、私の予想よりも遅れています。フィッシュウォールの販売は、当初の計画よりも下回っています。発売後1年間で30社への導入を目標としていましたが、現時点で通販のニッセン、カード会社のディーシーカードとジェーシービー、外為どっとコムの4社にとどまっています。
原因はフィッシング被害がそれほど出なかったことが大きいでしょう。セキュリティ対策製品というのは、フィッシングに限らず被害がなければ顧客は投資しない傾向が強い製品ですから、IT投資のなかでプライオリティが低く位置づけられてしまった。
ただ、当初の計画よりも多少出遅れただけで、フィッシング対策製品にニーズがないとは全然思っていませんよ。フィッシングへの関心は政府、企業、個人すべてで高まっています。フィッシングサイトもいろいろなところで登場している。例えば、あるひとつのISPに限定してフィッシングサイトを探したら、70─80個も見つかりました。ひとつのISPだけでですよ。驚異的な数字でしょう。ブーム的に注目された頃とは比較にならないほどフィッシングサイトは増えている。いつ大きな被害が起きてもおかしくない状況なんです。
みなさん、フィッシングの脅威は認識済みです。自らのお客さんのネットライフを守るため、または企業のブランド力を守るためにフィッシング対策製品の導入を検討しています。大手のお客さんが導入を決めた実績から、他のカード会社さんや通販会社も興味を示してくれている。この2─3か月以内に4─5社への導入はほぼ決まっていますし、今年度(06年9月期)内には12─13社、来年3月までには30社まで顧客を増やせます。
──法人向け製品だけでなく、7月7日からは個人向け製品「Internet SagiWall(サギウォール)」をリリースしますね。
成田 もともと、法人だけでなく個人向け製品を投入する考えは持っていました。計画通りです。これまで個人に対しては無償ソフトを配布しており、NECやセイコーエプソン製PCにバンドルされていることもあり、すでに70万人以上が利用しています。ただ、この無償ソフトは、フィッシングサイトを検知する機能が30─40%どまりで、それほど性能が高かったとはいえない部分があります。
商用版のリリースにあたり、フィッシングサイトが持つ特殊な動きを解析する新エンジンを開発しました。これで99.9%はフィッシングサイトを検知することが可能になりました。この品質の高さを武器に有償化に踏み切りました。また、このソフトにはワンクリック詐欺を防ぐための機能も搭載しており、ネット上の詐欺から広く消費者を守れる製品となっています。ワンクリック詐欺は日本独特の犯罪で、海外製品では対応できず、当社だけの強みです。価格は2980円で、まずは発売後1年間で2万5000本の出荷を目指します。
──販売チャネルは。
成田 まずはダウンロード販売のみで提供します。市場の動向やユーザーの反応をみて、その後に店頭での販売を検討していきます。また、ISPとの提携でネット接続サービスのメニューの1つに組み込んでもらったり、パソコンへのバンドルも行っていこうと考えており、交渉を進めています。
──世界市場への進出、そして株式公開を計画しています。業績見通しは。
成田 3年後を目標に株式を公開するつもりで、売り上げを10億円まで引き上げます。法人と個人それぞれに向けた製品が揃いましたから、あとは実績を出すのみです。
また、個人向け製品に関しては、今秋をメドに日本だけでなく海外市場に進出します。海外向け事業は、全売上高のなかで占める比率を3年後に40%、5年後には60%まで高めたいですね。
海外で通用する日本のソフトメーカーをつくることが私の願いであり、会社を設立した動機です。世界で日本のソフトウェア産業の地位をもっともっと高めていきたいですから。
My favorite シャープペンシルではなく鉛筆を愛用する。筆圧が強いため、シャープペンシルだと芯が折れてしまうからだとか。写真は、シマンテック日本法人を立ち上げ社長に就任した時に購入し使っていた鉛筆。1人しかいなかったため、文房具を揃えるのもすべて自分でやっていたという。その頃の鉛筆は短くて書きにくく今は使っていないが、その当時の思いや姿勢を忘れないよう、捨てずに机の中にしまっている。
眼光紙背 ~取材を終えて~
世界市場に対する思いは強い。セキュリティソフトメーカー最大手の日本法人社長を10年も務めたからこそだろう。
ソフト産業界での日本の地位は相変わらず低い。海外で成功した国産ソフトメーカーは皆無で、日本国内でも海外製ソフトが市場の先導役を担っている。その市場環境に一石を投じたいという思いが、語り口から感じられる。
「10年早くセキュアブレインを設立したかった。もっと若い時からやりたかったな」と笑うが、60歳を超えた今もまだまだ元気。前職の頃と比べても、全く衰えていないバイタリティを感じる。
フィッシングは欧米諸国が先を行き、決して楽な道ではない。だが、日本のソフトウェアの品質の高さ、“Made In Japan”の強みを世界に示して欲しい。(鈎)
プロフィール
成田 明彦
(なりた あきひこ)1945年5月15日生まれ、三重県出身。68年、慶應義塾大学商学部卒業。同年に日本ユニバック(現・日本ユニシス)入社。85年、アルゴグラフィックス入社。89年、アップルコンピュータに入社し、営業本部長を務める。94年、米シマンテック日本法人を立ち上げ、代表取締役社長に就任。03年7月に会長に就任し、04年6月に退任。04年10月、セキュアブレインを設立し代表取締役社長兼CEOに就任した。趣味はゴルフ。
会社紹介
セキュアブレインは2004年10月の設立。成田明彦代表取締役社長兼CEOほか元シマンテックの社員が創業メンバーとなっている。現在の社員数は約10人。フィッシング(インターネット上の詐欺)に的を絞り、フィッシング対策ソフトウェアを法人および個人それぞれに提供する。企業向け製品では、自社のウェブサイトが公式のホームページであることを実証できるサーバーソリューションを提供。一方、個人向け製品は、閲覧したサイトがフィッシングサイトであれば、ユーザーに警告を出す機能を備える。フィッシング対策専門ソフトメーカーとして国内唯一の存在。ソフト販売のほか、企業や官公庁向けに情報セキュリティ関連のコンサルティングサービスと調査・研究を請け負う事業も手がける。