多機能型のデジタル家電の普及やブロードバンドの整備で、家庭でもホームネットワークを構築できる環境は整ってきた。しかし、一般のユーザーにとって、ネットワークの設定やトラブルへの対処は簡単ではない。キューアンドエーはこうした一般ユーザー向けにデジタル機器の設置・修理、操作説明などの訪問サービスを提供する数少ない企業である。約2000人のオンサイトスタッフで全国規模のサービス提供体制を築き、業績は急成長中だ。ユーザーのデジタルライフを同社はどう支えるのか。目指す道は、「IT時代の町の電器屋さん」だ。
接続から操作方法まで 自宅訪問でサービス提供
──PCやデジタル家電の設置・修理、操作説明などのサポートサービス全般を一般ユーザー向けに全国規模で提供できる会社は多くはありません。立ち上げのきっかけは。
金川 私が横河電機製作所(現・横河電機)に在籍していた時の社長、故・美川英二さんの影響ですね。キューアンドエーは、横河電機製作所の社内ベンチャー制度を活用して生まれた会社で、私は立ち上げメンバーの1人でした。95─96年頃、美川さんが社員7人を集めて新事業のアイデアを私たちに聞かせてくれました。「自分は電子機器の設置や操作が得意ではない。これからインターネットやパソコンが普及すると、設置や操作方法がもっと複雑になり困る人がたくさんいる。その問題を取り除くサービスはないか」と。
──新しいサービスのアイデアはすぐひらめいたのですか。
金川 子供の時、自宅にテレビを設置してくれた「町の電器屋さん」が頭に浮かびましたね。昔はどの町にも小さな電器屋さんがあって、重宝がられていましたよね。そういう身近な電器屋さんのように何でも相談できる人や場所があれば、問題解決につながるのではないかと考えたのです。だから、コンセプトは「IT時代の町の電器屋さん」でした。実現できれば面白いなと思いました。
──サービスサポートの専門会社といっても、一般の人たちに認知してもらうのは大変だったでしょうね。
金川 最初は今のようなサービス体制ではなく、実店舗を構えていました。三鷹市と吉祥寺市の店舗で始めたのですが、これがうまくいかなかった。在庫を抱えているだけに物販に走ってしまい、単なるパソコン販売店になってしまった。そのため、本来のサポートサービスに集中できなかったんです。これはダメだと思い、開店からわずか1年で店を閉めました。それから、店舗を構えないというコンセプトで、全国で約2000人のオンサイトスタッフを少しずつ組織化していきました。メーカーやインターネットのサービスプロバイダ(ISP)、一般消費者から依頼を受けて、訪問サービスを提供する体制にシフトしたんです。
──社員ではないスタッフに顧客との接点を任せるのはリスクもありますね。
金川 そう、これは訪問サービスにとって、重要な問題です。オンサイトスタッフがお客さんの自宅にあがり、密室でコミュニケーションをとりながら作業をするわけですから、振る舞いや言葉遣いひとつにしても気配りが必要です。まして、訪問型のオンサイトサービスは当社にとって売り上げの7割を占める重要なビジネスですから、不快な印象を与えれば信用問題にもつながりかねない。それだけに、スタッフの選定や教育には力を入れています。採用基準も厳しく、100人の募集で採用できる人材は5─10人程度。われわれのビジネスは、人材派遣でも工事業でもない、接客業です。求められている期待値以上の接客をして感動を与えることが仕事です。当社のオンサイトスタッフは、お客さんに感動を与えられるスキルを持っている。それだけ、採用と教育には力をいれていますから。
──PCやデジタル家電の普及、ブロードバンドにホームネットワークの浸透と、技術革新が著しいだけに、サポートサービスの重要性も高まってきますね。
金川 確かに、ユーザーの期待は大きいと思います。技術革新は今後も続き、新しい機能はどんどん出てくる。でも、一般の消費者すべてが、その技術革新についていけるわけではない。たとえば、携帯電話。多機能化はどんどん進んでいますが、実際みなさん、その機能の何%を使っているんでしょう。昔の家電は単機能だったから電源を入れてスイッチを入れればある程度の機能をすぐに使えた。でも最近の家電は多機能ゆえにユーザーに混乱を与えてしまっている。持っている機能のメリットを伝える環境をつくり、そして使い方を教えてあげることが重要な時代なんです。だから、サポートサービスが大切だし、重要性も増しています。
目的に応じた製品選択も 新しい「購買代行業」へ
──ただ、日本人の根底には「サービスはタダ」という考えが根強く残っています。サポートサービスで稼ぐのは難しくないのですか。
金川 当社の売り上げの7─8割は家電メーカーやISP、キャリアさんから頂いています。サービス料金をメーカーなどが負担することで、エンドユーザーはサービスに料金を支払わなくても済む形になっています。しかし、実際にはサービス料金が製品価格に含まれているので、これまでも決して「サービスはタダ」であったわけではないんです。ただ、こうした仕組みが明確ではなかったので、「買ったんだからタダでサービスしろ!」となってしまい、結果的に「サービスはタダ」の感覚をもたれてしまう。私はここを変えたい。イノベーションを起こしたいんです。
──具体的には、どんな方法で。
金川 サポートサービスだけでなく、製品の提供も加えて顧客獲得に乗り出します。その際、モノ(製品)では一切利益を取らない。製品は仕入れ値でそのままユーザーに提供し、付加価値としてのサポートサービスで利益を頂くのです。
最近では、どのメーカーの製品やサービスも、機能や差別化ポイントが不明確で、どこが特徴なのか分からなくなっています。ユーザーは、何を基準に商品を選べば良いか分からないんです。家電量販店に行って店員さんに意見を求めても、必ずしも要望にあった商品を選んでくれるとは限らない。ユーザーは自分がやりたいことに一番適した最良の製品を探せないのです。
──ユーザーの利用目的にあった製品を選ぶのも、サービスの一環となるわけですか。
金川 そうです。当社がその問題を解決するんです。お客さんが何をしたいかを大前提に、その要望に合った商品選びをして製品を調達する。選んだ商品に対して、設置や操作説明という付加価値サービスを提供して、その付加価値でお金を頂くんです。物販で利益は取りません。製品調達する際は、ネットで一番安い店舗を探して、製品を購入しお客さんにはその購入額で提供します。レシートを見せても構わないと思っています。物販では利益をとっていないことを明確に示すためにね。私はこのサービスを「購買代行業」と呼んでいます。
──いつ頃から始める計画ですか。
金川 6月1日に「クラブQ&Aデジタルクリニック」という実店舗を杉並区高井戸に設置し、試験的に運営しながらビジネスノウハウを蓄積している最中です。世田谷ではすでにこの「購買代行業」サービスを提供したユーザー数が500─1000人に達しています。また、4月1日にはサポートポータルというウェブサイトを開設して、ユーザーの相談窓口をつくりました。ここでノウハウを蓄積した後、他の東京都内のエリアに進出し全国展開できればと考えています。
製品はどのメーカーも一緒で、どこで買おうとも付加価値がない。そうなると一般ユーザーは何を求めるでしょう。最後は人からのサポートサービスです。
My favorite 毎日持ち歩いているデジタルグッズの数々。デジカメから携帯オーディオプレイヤー、モバイルゲーム機、「ワンセグ」対応携帯電話など種類はさまざまだ。出張の移動時などに活躍しているようで、「プレイステーション・ポータブル(PSP)」では流行の“脳トレ”ソフトを楽しんでいるとか。しかし、本当はデジタル機器はそれほど好きではない。「仕事のヒントになれば」という理由で携行する
眼光紙背 ~取材を終えて~
社長室の壁面には1枚の写真が飾られている。横河マルチメディアを立ち上げた時の横河電機社長である故・美川英ニ氏の写真。金川社長に経営哲学を伝授した人物の1人で、1999年6月に他界。命日が近くなると毎年必ずお墓参りに足を運ぶ。
「在庫を持つな、店舗を持つな。世界中にあるすべてのPCや周辺機器を扱え。リースやレンタルを活用して資産は極力持つな」──。美川氏から教えられたことは数多くある。だが、当時の金川社長はそのほとんどに反発していたという。横河マルチメディアでまず最初に店舗を設置して事業展開した時も、美川氏の大反対を押し切って進めた戦略だった。
「美川さんの言葉を受け入れずに走った頃もあった。だけど、今は美川さんが教えてくれた考え方や姿勢に近づいているんですよ。少し悔しいですけど」
師と仰ぐ名経営者のノウハウと自己流の経営手法を融合しIPOに挑んでいる。(鈎)
プロフィール
金川 裕一
(かながわ ゆういち)1959年6月25生まれ、東京都出身。早稲田大学教育学部卒業。82年4月、横河電機製作所(現・横河電機)入社。94年7月、営業統括本部流通企画室Gr長。96年11月、横河電機の企業内ベンチャー制度で設立された横河マルチメディア(現・キューアンドエー)の代表取締役社長に就任する。01年4月、横河キューアンドエー(01年4月に横河マルチメディから社名変更)代表取締役会長。03年4月、横河キューアンドエー代表取締役社長に再び就任。横河キューアンドエーは06年2月に現社名のキューアンドエーに変更した。
会社紹介
キューアンドエーは、横河電機の社内ベンチャー制度として1996年11月に設立された横河マルチメディアが母体。01年にキューアンドエーと事業統合して横河キューアンドエーとなり、06年2月に現社名に変更した。
主軸事業は、パソコンおよび家電の機器設置、保守・修理、操作方法説明の訪問(オンサイト)サービス、ヘルプデスクサービス。オンサイトサービスが全売上高の約70%を占め、そのほとんどが家電メーカーやISP、通信キャリアから設置・接続業務を委託されて一般消費者に提供する。約150社の取引先があり、ISPからの依頼がもっとも多くオンサイトサービス全体の60%を占める。
訪問サービスのスタッフは、全国に約2000人。また、一般消費者の相談や保守・修理サービスの拠点として直営店舗「クラブQ&Aデジタルクリニック」を東京都杉並区高井戸に設置・運営している。
最近では、資本提携に精力的だ。05年3月にPCデポコーポレーション子会社でインターネット関連サービスの加入手続き代理店業務などを展開するインターネット・サービスパートナーズを子会社化したほか、今年にはNTT東日本やマイクロメイツと資本提携契約を結んだ。
昨年度(06年3月期)の売上高は、一昨年度比約2倍の73億円。関連会社が1社加わったことと、光ファイバーの契約数増加にともなう接続サービスの需要が増えたことが寄与した。今期は売上高90億円を見込み、10年には売上高1000億円、営業利益率10%の獲得を目標に掲げている。