日立製作所グループ有数のSIer、日立情報システムズ。昨年度(2006年3月期)は利益は2ケタ伸びたものの、売り上げは横ばいに落ち着いた。6月下旬トップに就任した原巖社長は、「利益よりもまずは売り上げ、シェアを追う」経営指針を示した。「まだ売り上げを伸ばすポテンシャルが当社にはある」と自負。シェアは「ターゲットに置いた分野でそれぞれ40%を獲る」と強気だ。
利益を追う段階ではない まずはシェアのアップを
──社長就任から約1か月ですね。原さんは人事畑が長く、多くの人材をみてこられた。日立情報システムズの社員はどう映りましたか。
原 有言実行というか、言ったことは必ずやる体質を持った会社ですね。社員1人ひとりが言ったことに責任を持っていて、それを遂行するための非常にタフな精神力がある。社長就任からまだ1か月ほどですが、4月から副社長として当社に入っていましたので、その期間を利用してほとんどの拠点を回って相当数の社員と話をしたんです。社員のタフさには本当に驚かされましたよ。
タフさは業績にも好影響を与えています。昨年度(2006年3月期)進めた「WIN600作戦」という戦略の成果があります。新規案件を600社獲得しようというプロジェクトだったのですが、これを見事達成しているんです。新規のお客さんを開拓するのは既存顧客にアプローチするのとは比べものにならないくらい手間がかかるし、何よりもつらい。私がもしそれを仕切れと言われたら、かなりの力を持った部隊を抱えないと達成は難しいですが、この会社は実現したんです。これは社長として非常に心強いですね。
──ただ、売り上げが思うように伸びていないというので、停滞感があるのでは。社員にはどんなメッセージを伝えましたか。
原 多くの議論をして知恵を出し合おうと。知恵の周りにお金は集まります。知恵のある人にお客さんは投資するんです。だから、私は当社をもっと知恵のある集団にしたい。そうすれば業績は自然と良くなります。
──業績目標については指標となる数字を示しましたか。
原 中長期の具体的業績計画については今詰めている最中なので、まだ社員には話していません。ただ、「売り上げ拡大、シェアアップにこだわる」と強調しました。利益よりも売り上げとシェアを重要視していきます。もちろん利益は大切ですが、売り上げと利益を同時に伸ばすことは難しい。どちらを先に上げるかを考えた時、私は売り上げ、市場シェアをまず伸ばし、その後に利益を追求する戦略が今の当社には最良だと考えています。
──多くのSIerは今、利益追求を重要視する傾向が強い。そのなかで売り上げ、シェアを優先的に追う理由は。
原 ポテンシャルがあるからです。今の当社の力を考えればもっと売り上げが高くても良いはず。現時点の日立情報システムズは、今の年商規模をベースに利益を追求するタイミングではないんです。まず売り上げを上げて母体を大きくし、それから利益を追求しようと。売り上げが上がれば、単純に株主1人あたりの利益も上がりますから、株主さんにも納得していただけるはずですしね。
──SI事業は急成長を望めなく、低価格化が進み競争も激しい。そんななかで、どうやって売り上げ、シェアを上げますか。
原 パッケージを中心としたSI事業「PAI(パッケージド・アプリケーション・インテグレーション)」と、システムの運用アウトソーシングサービス「CBO(センター・ベースド・オペレーションズ)」の2つを軸にビジネス展開していきます。この方針は当社が以前から進めている戦略で、これを引き続き継続します。
ただ、これまで以上に事業スピードをアップさせていきます。当社の社員は相当頑張ってきていますが、それでもまだ無駄な面や非効率な面が、細かい部分であちこちにあるので、これを改善したい。1時間の会議を30分に縮めるとか、提案書や企画書を簡素化するとかね。それと、開発案件の受注コントロールを徹底します。身の丈以上の超大型案件を闇雲に狙ってもダメだし、小さな案件ばかりでも困る。不得意な分野でもダメ。PAIとCBOに集中しながら、時には勉強の意味も込めて先進的なシステムにもチャレンジするのが望ましいですね。
基本的なことですし、地味な取り組みかもしれません。それでも、今の当社には極めて重要です。しっかりとできれば売り上げは上がると私はみています。
強い武器となる「信頼」を 生かして優位性を維持する
──パッケージを中心としたSIもアウトソーシングも決して新しい分野ではありませんよね。とくに、アウトソーシングサービスは今どこの企業も伸び盛りで価格競争が熾烈なのではないですか。
原 アウトソーシングサービスはお客さんの大切な情報システムを預かるわけですから、信頼とそれを生むための実績がかなり重要になる。アウトソーシングサービスと一言でいっても、データセンター(DC)の運用やセキュリティの確保など数々の面でノウハウと経験が必要です。価格については、一部のお客さんからは、システムを安定稼働させてしっかりと面倒をみてくれるのであれば、高くてもよいという意見も出てきています。
当社は、日本全国に19か所のデータセンターを持ち運用を手がけてきている実績がある。この実績が最大の武器になります。システムがウェブ化すればするほど、アウトソーシングサービスの需要は高まってきます。私はアウトソーシングサービスの黎明期、日立ネットビジネスという会社でアウトソーシングサービスを立ち上げた経験がありますが、その時とは需要の強さがまるで違う。戦略的にアウトソーシングを利用する企業が増えてきました。当社のアウトソーシングの歴史と実績が必ず力を発揮します。競争は激しいですが、十分優位性はあります。心配していません。
──シェアは、具体的にどの分野でどの程度を見通しているんですか。
原 売り上げとシェアの拡大と言っていますが、実は売り上げよりもこだわりたいのはシェアなんです。ある程度のシェアを持っていれば、市場で主導権を握れるからです。売り上げは価格の問題もあるから、単純に2倍売ったからモノやサービスの販売量が2倍になるというものではありませんしね。
目標シェアは、私たちがフォーカスした分野で40%。ターゲットはこれから細かく定めます。顧客の業種で区切ったり、ソリューションで分けたり。例えば、公共機関でも単純に自治体市場と大まかにくくるのではなく、人口10万人未満の市町村のITマーケットで40%とか、獲るべき市場を明確に定めます。
──国内企業だけがターゲットですか。
原 いや、海外市場にもチャレンジしますよ。今でも5─6社、海外のお客さんはいるんですが、今年度から本格的に進出します。ターゲットは中国を中心としたアジア市場。海外に出て行った日本企業の現地法人の情報システムやネットワークの構築、保守サービスをまずは獲りにいきます。その後、現地の海外企業にも裾野を広げていければいいですね。ビジネス規模は、3年後に全売上高の10%を海外市場で占めるまでにしたい。海外市場でも自分たちがシェアを獲るべき市場を明確に定めて、突き進みます。
My favorite 欠かさず持ち歩くデジタルカメラと、海外出張時に使うパスポートケース。写真が趣味で被写体はもっぱら花だという。そのため、カメラは接写機能に長けているリコー製品を愛用する。パスポートケースは、日立アメリカに出向していた時に知人からもらったもの。それ以来愛用しており、「約40万キロを飛行機で移動した」という原社長のお供をつとめている
眼光紙背 ~取材を終えて~
「誰もが時間、空間、国境、人種を気にすることなく情報を発信・受信できる。こんなことは今までになかった。人類最後の産業革命といっても過言ではないほどの変化が今後きっと起きますよ」
IT産業界の行く末を話題にしていた時、期待しながら楽しそうにそう話していた表情が印象に残った。
「SIerの理想的な将来像は?」との問いには明言を避けられてしまったが、「自動化」「ロボット化」などいくつかのキーワードを口にした。社長に就任してから1か月ほどだが、日立情報システムズの強みを考えながら、すでにいくつかの新施策をイメージしているのだろう。
「今では考えられないような製品・サービスを生むためには、いかにして近未来小説を書けるかが重要」。仕事の効率化やスピードアップを社員に求めていくとのことだが、「未来を予測する目」も原社長の下では求められそうだ。(鈎)
プロフィール
原 巖
(はら いわお)1945年5月11日生まれ。70年3月、東京大学法学部卒業。同年4月、日立製作所入社。93年8月、日立アメリカ出向、副社長に就任。98年日立製作所に戻り、人事勤労部副部長。00年7月、人材戦略室長。01年、日立ネットビジネスに移り取締役社長に就任。03年4月、日立製作所に戻り人材部門長。同年6月、執行役人材部門長。04年、執行役常務人材部門長。06年1月、執行役常務情報・通信グループ副グループ長兼CSO。06年4月、日立情報システムズ代表執行役・執行役副社長。同年6月28日、代表執行役・執行役社長に就任した。
会社紹介
日立情報システムズは、日立製作所グループのなかでも有数の情報システム開発会社。パッケージソフトを中心としたSI事業と、日本国内19か所に設置するデータセンターを活用した情報システムのアウトソーシングサービスおよび遠隔監視サービスを得意とする。アウトソーシングサービスでは、国内の草分け的存在。
日立からのビジネスが売上高の約40%を占める。そのほか直販でビジネス展開する市場では、地方自治体などの公共機関と金融機関、製造業に強い。一般企業では中堅企業以下を主要マーケットに位置づけており、中堅企業向けERPでエス・エス・ジェイ(SSJ)が開発する「SuperStream」やSAPジャパンの「SAP Business One」の代理販売でも高い実績をあげる。
昨年度(2006年3月期)の連結業績は、売上高が前年度比ほぼ横ばいの1761億4300万円、営業利益が同12.6%増の94億8400万円、経常利益が同13.2%増の94億9800万円、当期純利益が同14.3%増の54億2000万円。今年度は、売上高が前年度比ほぼ横ばいの1770億円、当期純利益が同3.3%増の56億円を見込む。
設立は59年。子会社は5社で連結の従業員数は約6900人。97年、東京証券取引所第一部に上場した。