今年度(2007年3月期)、7000人を超える勢いのITコーディネータ(ITC)。発足から5年が過ぎ、制度そのものはほぼ定着したかにみえる。だが実践経験のばらつきやITCそのものの認知度の低さなど課題も多い。ITコーディネータ協会(関隆明会長)はITCネットワークのハブとしての機能をより強化してITC活動の改革、活性化を推し進める。
ユーザー認知度が課題 ITCの質の向上に注力
──ITコーディネータ(ITC)制度はこの5年余りで定着し、ITCの数も順調に増えています。しかし稼働実績のばらつきや認知度の低さなどの課題もあります。
関 ユーザー企業のビジネスモデルの再構築から“いっしょにやりましょう”と切り込んでいく組織はITCが国内唯一だと自負しています。ITベンダーのいう上流工程はシステムの範囲を出ていません。ITCは経営ビジョンの策定まで踏み込んだ“超上流”から入ってITシステムへの橋渡し役を担います。
7000人近くいるITCのうちITベンダー系が約67%、税理士・会計士など独立系が約23%、CIOなどユーザー系が約10%の構成比です。それぞれの生い立ちの違いもあり“ピンキリ”だとか“ばらつきがある”という声があることも知っています。ただ、企業経営者から「ぜひ先生にお願いしたい」と頼まれる立派なITCもいます。これを模範としてスキルアップを図ります。
──ITC自ら質の向上に取り組む動きが活発化しているようですね。地域に根ざした研究会やコンサルティングファームなどが増えています。
関 ITCが中心となって組織する地域団体は今年9月末時点で157に増えました。昨年同期が138団体でしたので地域に根づいた活動が広がっていることがうかがえます。彼らは経営者にどう指導したかなど自らの実体験を惜しげもなく伝えようとしています。ボランティア的だし、まじめで、社会貢献にもなっている。
私は会長だから、そうした活動をしているITCを過大に褒めているわけではありません。これまで儲けることばかり考えてきた自身を振り返ると、純粋に“彼らはえらいな”と思うだけです。模範とすべきITCのリード役がいて、これに学ぼうとするITCがいる限り、レベルは向上していくと考えています。
──ITCの肩書だけではビジネスとして成り立たないという厳しい声も聞かれます。
関 ITベンダーなどの社員はともかく、独立系のITCは税理士や公認会計士、中小企業診断士など、主たる収入源をほかにもっていて、彼らが保有している資格からくる仕事であることが多い。ただ、経営系の仕事をするにしてもITのセンスがなければユーザーはついてきてくれない。だからITCの資格を取るわけであり、経営系のITCの方もそういう実感はもってくれていると思っています。
協会としてはITCの資格をもっている人こそ、自身のビジネスがうまくいくようになるべきだと考えています。経済産業省などが手がけている中小企業の戦略的情報化を目的としたIT経営応援隊事業の1つ「IT経営百選」では、今年も多くの事例が集まりました。国内で優秀なIT活用事例を選出するものですが、選ばれた161社のうち実におよそ4割について、何らかの形でITCが貢献しているのです。
前回の04年のIT経営百選では、111件の選出数のうちITCの貢献割合は2割程度でしたから、ITCの活動領域が大幅に増えたことを示しています。中身を見てみてもすばらしい事例が多数集まっています。中小企業のIT活用を実現していくうえでITCはもはや欠かせない存在だと言えます。
──今年の「IT経営百選」は経産省などが当初目標にしていた300事例には届きませんでした。
関 政府のIT政策「IT新改革戦略」では世界トップクラスのIT経営を実現するため2010年度までに優良事例を1000件以上公表するとしています。IT経営百選も事例創出の一翼を担うわけですが、件数が足りないという声があるならこれから増やせばいい。
ITC制度が発足してまだ5年です。途中から参加したITCの経験年数は2─3年でしょう。急に成果を上げるのは無理があります。この先7000人からのITCに仕事が集まり、引っ張りだこの状態でフル稼働すれば100や200の事例はすぐにできます。
オポチュニティこそ大切 タタミの上の水泳はダメ
──ITCに仕事が集まるようにするための具体的な施策は。
関 まず、すべてのITCにオポチュニティを与えることです。どんな優秀なITCも経営者を相手に切った張ったの大立ち回りの経験がなければ実力を伸ばせません。経営者にIT活用の重要性を気づかせて、嫌がられるのに「これが筋だ」と提案する。ITベンダーを呼んで最適なシステムを構築させる。こうした実践機会を増やしていくことが何より求められます。タタミの上の水泳ではダメなのです。
経産省のIT経営応援隊事業などさまざまな活動を通じて、最初のきっかけをつかんでもらう。事例をつくって有効だと評価されればいい方向へ回転できる。役所の助成金でITCを食わせることはできないので、甘えは許されません。きっかけをうまくつかんでITCとして独り立ちできるオポチュニティこそ必要なのです。
このためにはITC協会がネットワークのハブのような役割を今以上に果たさなければなりません。全国のITCのネットワークの中継処理を強化することで協会に集まる情報の共有が促進されます。こうした情報交流によってより多くのITCにオポチュニティを提供できるようになります。案件の直接的な紹介やジョブマッチングはできませんが、情報を円滑に流通させることは可能です。
ITC協会に情報を流すと利益が発生するという構図が定着すれば、ユーザー企業の需要は自ずと集まってきます。
──ただ、ユーザーのなかにはITCを知らないケースも見られます。
関 知名度を高めるのは今後の重要課題です。ユーザーにITCを知ってもらうだけでなく、ユーザー自身がITCになってもらえるよう働きかけます。ITCの経験を積むことで、ユーザー企業の社長の考えをITベンダーに代弁できるようになる。将来のCIOの育成にも役立ちます。トップの言うことを理解して社内部門の内情も分かる。ITベンダーとの交渉もできる。得がたい人材になるはずです。
これまで全体的に経営系のITCが重宝される傾向があり、IT系ITCへの引き合いの弱さを感じることがありました。“売らんかな”のITベンダーの負の側面が影を落としているのかもしれません。しかしITなくしてITCは成り立たない。これからは経営系、IT系、ユーザー系のITCが相互にオーバーラップし、三位一体となって仕事をしていくべきだと考えています。有志が集まる地域団体では経営系、IT系のITCが本能的にコラボレートしており、これにユーザー系のITCが加われば絶対にうまくいきます。
──これからのITCのあるべき姿、協会の役割は何だと考えておられますか。
関 経営者にIT活用の重要性を気づいてもらうため、時には嫌がることも進言しなきゃならないのがITCです。これを避けていては不良在庫を大量生産するような“方向音痴システム”がまた1つ増えることにもなりかねません。
またITCのこうした活躍の場を与えてくれるのは紛れもなく顧客企業です。われわれは泥んこになっても経験を積んでいく覚悟で臨みます。場数を踏んでこそITCとしてのスキルが高まるからです。生やさしいことではありませんが、実践によって優良事例を創出し、評判を聞いたユーザーが、「うちも使ってみるか」と話しを持ってきてくれる。ITC協会はこうした好循環をプロモートしていく義務があります。
My favorite 気に入ったデザインのカフスボタンが見つかると買っている。今では宝石箱2段分くらいまで増えた。スーツやネクタイなどは夫人の厳しいチェックが入るが、カフスボタンは「唯一、オレの自由になるおしゃれ」とのこと
眼光紙背 ~取材を終えて~
長年IT業界に身を置いてきた関会長は国内のIT産業の行く末に強い危機感を抱く。
「韓国はIT活用でリードし、中国やインドはオフショア開発で仕事を取りにきている。もしそう思っていない日本人がいるとすれば、うぬぼれているだけだ」
「IT活用で本当に企業競争力や生産性の向上がなされているのか。ユーザー企業だけでなくその先の顧客も使いやすいシステムになっているのか」
国内IT産業はハードやソフト、素子技術をバランスよく持っているのが強みだが、「経営に生かされなければ意味がない」と、自省を込めて業界に問う。
かつて社長を務めたNECソフトにもITコーディネータの資格取得を働きかける。「パソコンを売るのとは違う。経営論をやらなきゃ仕事はとれない」と説いた。ITコーディネータのスキルを身につけるとITと経営の結びつきが見えてくる。「NECソフトの社員も、視野が広がってよくなってきた」と実感する。(寶)
プロフィール
関 隆明
(せき たかあき)1939年、千葉県生まれ。63年、早稲田大学理工学部卒業。同年、日本電気入社。87年、情報処理製造システム事業部長。91年、支配人。93年、取締役支配人。95年、日本電気ソフトウェア(現NECソフト)社長。01年、情報サービス産業協会(JISA)副会長。04年、NECソフト取締役会長。05年、ITコーディネータ協会会長。同年、NECソフト取締役相談役。06年、NECソフト顧問。
会社紹介
ITコーディネータ(ITC)は経営とITの両面に精通し、企業経営に最適なIT投資を支援・推進することができるプロフェッショナルである。06年9月末時点でITコーディネータ協会が認定しているITCは6994人。今年度末までには7000人を超える見通しだ。情報処理技術者など情報系の資格を持つITCが1568人、中小企業診断士や税理士・会計士など経営系の資格を持つITCは1390人おり、全体の4割余りがITC以外の専門スキルを有している。ユーザー企業の情報システム担当者などユーザー系のITCも増えている。経営とIT、ユーザーのそれぞれの立場のITCが有機的に連携を図ることで「真に経営に役立つIT投資」をサポートする。