新日鉄ソリューションズはIT基盤技術の全面的な見直しを行う。大手SIerとしての競争力を高め、成長を加速させていくためには、まずはビジネスの根幹を支える基礎的なアーキテクチャから刷新を図っていくことが不可欠だと判断した。SOA(サービス指向アーキテクチャ)やSaaS(ソフトウェアのサービス化)の台頭など実装形態が目に見えて変わるなか、こうした動きを先取りする基盤技術に磨きをかけることで業界トップ企業への躍進を目指す。
SOA、SaaS対応 今後の成長に不可欠
──IT基盤技術の全面的な見直しに着手しておられますが、なぜ今のタイミングなのですか。
北川 SOAやSaaSなどの情報システムのサービス化、グリッドコンピューティングのような統合型分散処理、仮想化といった新しい動きが本格化している。これまでは先進的な次世代技術と捉えていたものが、今や実装の段階に入っています。
この分野でリーダーシップを発揮していくことが今後の成長に不可欠であり、そのためには基盤技術を構成する要素、アーキテクチャ、可用性、拡張性などすべての項目をもう一度見直していく必要があると判断したからです。
──新日本製鐵の情報システム部門から分離独立した経緯から、もともと運用・基盤技術に強みをもっています。ここをさらに伸ばしていくということですか。
北川 はい。製鉄を管理する情報システムは、普通の人が考えている以上に複雑で高度です。かつ年間を通じてダウンが許されない。基本原料である銑鉄(せんてつ)をベースにさまざま調合や加工プロセスを経て、5万種類に及ぶ鋼材をつくりだしています。システム的にはプロセス制御の塊であり、プログラムの規模は1・5億ステップにも達します。これを過去40年にわたって運用してきた技術スタッフが当社の母体になっているのです。
新日鐵で培った運用・基盤技術をさらに進化させていくことが当社の競争力を高め、顧客の信頼を得る源泉だと考えています。社内にはおよそ100人からなるシステム研究開発センターを設置しており、新しく登場したアーキテクチャをどう実装していくのかの研究に力を入れています。
世界最大手のIBMに比べれば見劣りするかもしれませんが、国内大手ベンダーのなかでは、これだけの規模を持っているところはそれほど多くありません。シス研の技術力は顧客からも高い評価を得ており、当社の大きな強みの1つになっています。
──事業統合により新日鉄ソリューションズが発足してから7年目に入りました。3代目社長としてこの6月に就任されたわけですが、ビジネス目標は。
北川 初代社長は東証1部に株式上場を果たし、先代社長は昨年度(2007年3月期)に過去最高益を達成しました。当社が持つ基盤技術がビジネスの伸長を支えてきたと捉えています。わたしのミッションは成長を持続させ、早期に連結売上高2000億円、経常利益率10%を上回る業績をあげることです。
昨年度の売上高は1565億円でしたが、このクラスのSIerは競争が極めて激しい。2000億円を超える規模になれば、第二グループから抜け出し、トップグループも視野に入ります。このためにも当社ならではの強み、時代の流れをしっかり捉えた基盤技術、実装技術で差別化していく必要があります。
──サービス型ビジネスの基盤づくりやグリッドコンピューティングの実装など、御社の得意技が業績に反映されつつある印象を受けます。
北川 得意技を生かせなかったら昨年度の過去最高益は果たし得なかったでしょう。グリッドコンピューティングについては今年初めに東京大学への納入実績ができましたし、サービス型ビジネスの拡大に向けて今年4月、4つ目のデータセンターを開設しました。昨年9月にはこれまで賃借していた第1データセンターを約50億円で買い取っています。
従来のデータセンターがハウジング・ホスティング型であるとすれば、次世代のデータセンターは明らかにサービス型です。SaaSの拠点にも使えるものでなければなりませんし、グリッドコンピューティング技術を駆使し、複数のデータセンターを統合的に運用するノウハウをさらに深めいくことも求められています。仮想化も手がけます。
独自のグリッド実用化 技術継承の仕組み活用
──東大への納入実績に続き、グリッドコンピューティング技術を活用した独自のユーティリティ・データセンターサービスの実用化にも乗り出そうとしています。
北川 05年末からグリッドコンピューティングの検証を手がけており、ようやく実用化の段階に来ました。仮想化やグリッドコンピューティング技術によって統合化されたデータセンターを活用したもので、必要な時に、必要なだけのコンピューティングリソースを提供するものです。情報システムは所有する時代から利用する時代へ変わるといわれていますが、まさにこれを具現化する当社オリジナルのサービスです。
顧客企業の業容拡大などに伴ってITリソースが不足した場合、これまでは拡張用のITインフラの設計・調達・構築に少なくとも3か月程度の時間を要することが多かった。ユーティリティ・データセンターサービスを利用すれば、リソース増強までの時間を一気に短縮でき、システム増強に伴うシステム停止時間もなくせます。顧客企業の成長に合わせてリソースを必要なだけ、タイムリーに提供することが可能になる。
当社では、これを「absonne(アブソンヌ)」と名づけ、他社にはないサービスとして積極展開していきます。SaaS型アプリケーションの提供基盤にも使えるもので、レガシーシステムのSOA化とあわせて、今後のビジネスの大きな柱の1つに位置づけていく考えです。
──新日鐵時代の技術者集団がシス研などで中核的役割を果たしているとはいえ、今後、人の入れ代わりなどでノウハウが希薄化していく危険性はありませんか。どう継承し、発展させるかが課題なのでは。
北川 ご指摘の通り、基本は〝人〟です。いくらデータセンターに投資しても、人材がいなければビジネスになりません。企業価値のすべてが人材に依存しているといっても過言ではなく、経営の最重要課題だと認識しています。連結の社員数は4100人を数え、ここ数年は200人規模の新卒採用を行っています。これからも採用を強化していくつもりで、技術の継承・発展は欠かすことのできない重要事項です。
──ノウハウの継承については、具体的にはどう取り組んでおられますか。
北川 新日鐵の情報システム部門時代から培ってきたシステムライフサイクル標準に沿って技術の確実な継承を行っています。システムを開発する手順を標準化したもので、社員全員が同じ言葉、定義、認識の共有を徹底するものです。
この基準は複雑なシステム構築を可視化していくのに重要な役割を果たしており、常に手直ししながらよりよい社内標準になるよう心がけています。理論だけではなく、実装を前提とした具体的、実用的なものであることがこの標準の大きなポイントです。教えやすく、覚えやすく、現場に即したものに仕立ててあるので、実践教育でも効率よく運用できます。人を生かす会社にならなければ、顧客の満足度を高められません。
SaaSやSOA、仮想化やグリッドなどの実装が急ピッチで進んでおり、ビジネスはオンデマンド化、サービス化に大きく変わろうとしています。こうした変化は大きなビジネスチャンス。技術力、提案力で顧客の信頼を得て、大いに成長していきたいと考えています。
My favorite 備前焼。20年ほど前、備前市(岡山県)で手に入れた。同じ模様は二つとなく、落ち着いた味わいがあるので気に入っている
眼光紙背 ~取材を終えて~
新日本製鐵では新素材や原料関連を担当。役員になってからは常務まで上り詰めた。しかし、何がきっかけで新日鉄ソリューションズを任されることになったのかの問いには、「むにゃむにゃ」と曖昧な返答しか得られない。
ITにはこれまで縁がなかったのかと勘ぐりたくなるが、インタビューの過程ではグリッドやSOA、仮想化といったキーワードが実にいいタイミングと文脈で出てくる。ITビジネスにおける過去の成功体験にとらわれていないだけに、持ち前のセンスのよさで将来像を力強く描く。
業績面で社長に課せられたミッションは連結売上高2000億円、経常利益率10%の実現。高いハードルである。情報システムのサービス化に伴う収益構造の改革などを通じて、「景気変動に左右されないビジネス基盤」を強化。大きな躍進を果たしていく考えを示す。(寶)
プロフィール
北川 三雄
(きたがわ みつお)1946年、東京都生まれ。69年、一橋大学経済学部卒業。同年、富士製鐵入社。70年、合併により新日本製鐵発足。93年、同社大分製鐵所総務部長。95年、新素材事業部企画調整部長。97年、原料第二部長。00年、取締役原料第二部長。03年、常務取締役。06年、常務執行役員。07年4月、新日鉄ソリューションズ顧問。同年6月、社長就任。
会社紹介
グリッドコンピューティングやSOA、仮想化などIT基盤技術に強みを持つ。研究開発を推進する社内組織「システム研究開発センター」では、先端技術を実ビジネスへ結びつける取り組みに力を入れる。ここ数年の売上高は拡大傾向にあるものの、中期目標で掲げる2000億円まではまだギャップが大きい。昨年度(07年3月期)は過去最高益に達し、営業利益率は約9%と大手SIerのなかでは比較的高い。だが、この利益率を維持しながら、どう売り上げを伸ばしていくのかが課題である。先進的なIT基盤技術を積極的に採り入れた事業戦略を展開していくことで競合他社との差別化を図り、事業拡大に努める。