米国通信業界の再編にともない、大きく生まれ変わった通信事業者の米AT&Tグループ。日本にも、その余波が押し寄せている。成長路線を走り続けるため、新しいビジネスの創造を追求。その結果、「お客さんのニーズにすべて応える」ことに辿り着いた。ネットワークインテグレーションも手がけるという通信事業者のなかでは珍しいAT&Tグループが、今まさに新しい形のインフラを提供しようとしている。
ビジネスは第3期に突入 M&Aや協業を積極展開
──AT&Tは今、どのような方向に進んでいるのですか。
湊 “第3期”に突入しているといえばいいですかね。ネットワークインフラをはじめとして、アプリケーションを含めたITシステムにおいて、お客さんのニーズにすべて応えることで成長する方向に進んでいます。
──「お客さんのニーズにすべて応える」ですか。
湊 そうです。ITやネットワークの新しいテクノロジーが重要なのではない。一番大事なことはお客さんを見ることだからです。なかでも、ITにはいえることだと思うのです。
というのも、ひと昔前まではITって超専門家のツールで、企業は業務の効率化を図るために導入するものでしたよね。しかし、今は経営のスピードのほうが実は速いんですよ。ITのテクノロジーが追いついていない。
M&A(企業の合併・統合)がいい例です。AT&Tでも、社員が5万人だったのがM&Aによって、わずか2年で30万人に膨れ上がった。規模の拡大に適したITシステムを一から構築し直すとすれば、かなりの時間がかかる。ネットワークインフラやITシステムの構築を待ってからビジネスを開始したのでは置いていかれてしまいます。ですので、提供する側からするとユーザー企業の経営スピードを捉え、その一歩先を見据えた提案を行っていかなければならないということです。
通信事業者として、ビジネスの速度に合わせて知恵を絞らなければならない。回線サービスで日本に参入したのが“第1期”、ネットワークインテグレーションを提供したのが“第2期”と捉えていますので、現在を“第3期”と表現したのですが、とにかく新しいビジネスを創造しなければならないと実感しています。
──これまでとは全く異なったビジネスを展開する、と。
湊 「異なった」というわけではありませんが、これまでのビジネスに価値を付加していかなければならないと考えています。
米国で回線サービス市場の落ち込みによる業界再編が起こり、親(米国本社)が変貌したというのも新しいビジネス創造の大きなポイントです。地域通信会社の大手、米SBCコミュニケーションズによるAT&Tグループの買収、逆にAT&Tグループが地域通信大手の米ベルサウスを傘下に収めることでキャッシュフローを含めて健全な会社として立ち直った。日本法人も変わらなければならない。いよいよ新しいステージに踏み込んでいくということです。
──このほど日立情報システムズとアライアンスを組みました。これは、新しいステージで成長するための一環ですね。
湊 そうです。「マイクロソフト・エクスチェンジ・サーバー」のホスティングサービスで協業し、中小企業をはじめ、M&Aなどでメールユーザー数が急激に増加した企業、日本と海外拠点のメールシステムの統合を検討しているグローバル企業を中心にサービスを提供していきます。このコラボレーションで、ユーザー企業別にホスティングからネットワークの運用・監視を含めて提供できます。まさに、「必要な時に必要なだけ」のサービス化を果たしたということです。
日立情報システムズは、グローバルでの戦略的パートナーシップの構築を検討していた。一方、当社はアプリケーションの運用支援やホスティングまで製品・サービスの拡大を模索していた。両社の事業戦略が一致したわけです。今後も、日本企業によるグローバル化や経営環境の急激な変化に対応するため、中長期的な協業範囲の拡大においても検討を進めており、両社それぞれが持つサービスメニューを組み合わせていく方針です。
──こういったアライアンスは、今後も増えるということですか。
湊 増えます。現状は、当社が進むべき方向性の実現に向け、まだまだ十分とはいえませんから。ただ、単なるアライアンスだけでは収まらないケースも出てくる可能性もあります。M&Aやジョイントベンチャーの設立など、最速の方法を考えていきます。ワールドワイドでは、いくつか例が出ています。M&Aでは、法人向けの音声/ウェブ/ビデオ会議サービスベンダーであるインターワイズの買収を進めています。アライアンスという点では、監査法人のトーマツさんとの間で「事業継続プロフェッショナルソリューションで業務協力」といったパートナーシップが決まりました。コンサルティングを強化するためです。こうした取り組みにより、ネットワークインテグレーションから新しい形のグローバルインフラストラクチャを提供できると確信しています。
連携の利点は「グローバル化」“ボタンひとつ”の世界も視野に
──ISVやSIerなどがAT&Tと組むメリットは。
湊 一番の強みはグローバル化です。当社のネットワークサービスにアプリケーションを連携させれば、グローバルでの提供が可能になる。それは、どこの通信事業者も現段階では実現していない当社ならではの優位点です。当社と組めば、かなりの範囲にユーザーのすそ野が広がることが、メリットだと考えています。
──確かに、AT&Tはグローバル・ネットワークサービスを追求していますからね。
湊 ユーザー企業が求めるニーズとして急速に高まっているのがグローバル化。ネットワーク屋である通信事業者は世界各国にノード(回線)を持たなければ意味がない。つまり、「カバレッジ」が必要になります。
その「カバレッジ」とISVやSIerなどとのパートナーシップで提供できるようになったアプリケーションサービスやソリューションで「厚み」を膨らませる。ユーザー企業は、当社に申し込むだけでグローバルネットワークの敷設から業務で使うアプリケーションまでのサービスを受けられるようになる。「カバレッジ」と「厚み」が重要です。裏を返せば、お客さんが求める一歩先を手配できなければ生き残れないのではないでしょうか。
企業は、経営スピードを速める目的でネットワークインフラや戦略的なITシステムを構築する。なのに、構築するまで経営スピードを速めることを我慢しなければならないのはおかしい。つまり、“我慢の時代”は終わったということです。
──「カバレッジ」と「厚み」の追求は時間がかかりそうですね。
湊 確かに。しかし、将来、ネットワークにつながるのは音声や映像、アプリケーションなどIT関連のサービスだけではないはずです。ユーザーにすれば、“ボタンひとつ”で運送会社や宿泊の手配が行えることが望ましい。となれば、さまざまな業界が提供するサービスも視野に入れなければならないというわけです。
ITやネットワーク以外にもビジネスを広げるためのベクトルがあるのです。ネットワークを通じたサービスというと、現段階ではITっぽいものが多いですよね。しかし、ユーザーがネットワークにつなぐだけでビジネスプロセスを解決してくれるという環境を求めるようになれば、業界の枠を超えたパートナーシップも必要になります。
──こういった世界が実現する時期はいつ頃とみていますか。
湊 コンシューマ市場では、ネットで商品が購入できる、旅行が予約できる、などといった世界が当たり前になっていますよね。ですので、法人市場でも必ず当たり前になりますよ。今後3─4年で実現するのではないでしょうか。極端な例ですが、人間が火星に住むよりも簡単ではないでしょうか(笑)。
My favorite 以前集めていたトイズデジタルカメラ。20種類以上を持っている。2002年に個人のホームページを立ち上げるのに適したカメラとして購入したのが使い始めたきっかけ。撮影した画像はその場で確認できない。「今のようなデジカメより不便。だけど、腕が試されるのがいい」のだとか
眼光紙背 ~取材を終えて~
“昔ながら”の通信事業者が強く、新参者を受け入れにくい──。最近は、若干緩和されたものの、日本の通信業界はワールドワイドのなかで特殊な構造であることは間違いないだろう。
そんな業界を覆す意図があるかどうかを尋ねてみた。すると即座に、「興味はない」と答えが返ってきた。「あくまでもお客さんをサポートすることがビジネス。業界を覆してもお金にならない」というのだ。
また、日本企業はグローバル化が進んでいないとの見方もある。足元をみると、グローバル・ネットワークが通用する環境ではない。「確かに、欧米と比べると色合いが違う」。しかし、「欧米系の考え方を日本に訴えていく。これが外資の看板を背負い日本の事情を把握する日本法人の責務」と言い切る。
「結果論として何かアクションを起こしたといわれるかもしれない」と笑う。自然体で業界を変える可能性があるということだ。(郁)
プロフィール
湊 方彦
(みなと のりひこ)1960年1月、兵庫県生まれ。85年3月、東京大学大学院工学系研究科修士課程終了後、同年4月、日本IBMに入社。同社にて、ネットワーク関連事業に従事。米国IBMのグローバル・ネットワーク事業部でビジネス開発も担当。99年12月、AT&Tグローバル・サービスに入社。常務取締役アジア・パシフィック・オペレーション本部長や副社長を経て、02年1月、社長に就任。03年8月に日本AT&T社長も兼務する。07年9月、AT&Tグローバル・サービスの社名変更にともない、AT&Tジャパン社長に就任。
会社紹介
日本AT&Tは、1982年8月にAT&Tインターナショナル・ジャパンの社名で設立された。NIを手がけるAT&Tジャパンは、日本IBMのネットワーク事業部が独立し、99年12月にAT&Tグローバル・サービスの社名で設立。
米AT&Tは05年、地域電話会社の米SBCコミュニケーションズによる買収で100年以上続いた歴史に終止符が打たれ、米国内最大で世界屈指の通信事業者として生まれ変わった。日本を含め、一段と事業領域を広げている。