矢野薫氏がNECの社長に就任してから1年半余りが経過した。金杉明信前社長の体調悪化(2006年11月に死去)で、突然の社長就任だったこともあり、“物静かな人”とのイメージがあったが、就任時から明確なビジョンを掲げ、早々にNECの方向性を固めた。ネットワーク畑の出身ということからも、NGN(次世代ネットワーク網)など通信を切り口に情報との融合を見据えている。一方で、ハードウェアありきのビジネスにも重きを置く。「着々と成長路線に歩を進めている」と言い切る矢野社長に、今後の戦略について聞いた。
キーワードは「NGN」 最も力を発揮できる領域
──突然の社長就任から1年半余りが経過しました。理想の方向に進んでいますか。
矢野 確実に進んでいます。社長に就いた時、私がどのようなキャラクターであるかを伝えようと、「R&D(研究開発)」「ネットワーク」「海外」をポイントに置くと発表しました。この3つは、私が携わった業務であり、成長に役立てられるからです。
そのなかでも今、マーケットでもキーワードとして持ち上がっているのがネットワーク関連のNGNです。この分野は、当社の力を最大限に発揮できる。というのも、NGN関連ビジネスではネットワークビジネスだけでなく、アプリケーションも包含して提供できるからです。以前から掲げてきたC&C(コンピュータ&コミュニケーション)にも合致する。C&Cも30周年を迎え、今後は次の30年を視野に入れなければなりません。そういった意味でもNGNは外せない。
──しかし、業績をみると“眠れる獅子”の感がある。NGNでNECが変わりますか。
矢野 NGN関連ビジネスは、今年度、2000億円の売り上げを確保できる見通しです。確かに、全社の売り上げ規模からみれば、「これで大きいのか」と突っ込みたくなるでしょうが、着実に伸びていることは間違いない。加えて、ネットワークビジネスをみても、現状の売り上げ規模7000億円から09年度に1兆円に引き伸ばせると試算できています。NGNを切り口にすれば、通信事業者向けビジネスの拡大だけでなく、企業システムとネットワークインフラを同時に提供するといった情報と通信の融合が実現できる。最近では、ユニファイドコミュニケーション(UC)がマーケットで徐々に注目を集め始めている。ネットワークあってのIT化が徐々に芽を出していることからも、NGNが大きなビジネスチャンスということです。
──しかし、通信事業者の回線が太くならなければ、NGNをベースとした法人向けソリューションの提供が実現しません。アプリケーションを含めた課題も残っている。
矢野 確かに。ただ、現段階でも、「モビリティ」や「シンクライアント」などを切り口としたビジネスは伸びています。ネットワーク経由でITシステムを活用することが当たり前になりつつあるからです。このような状況のなか、NGNが出てくればニーズは一気に高まる。個人情報漏えいを含めたセキュリティ面だって解決できます。通信事業者によるNGN提供開始のスケジュールが決まっていることからも、きちんとした提案を行っていけば需要を掘り起こせると確信しています。
プロダクトの品揃えを拡充 販社にとってもメリット大
──今号では、富士通の黒川(博昭)社長も本紙に登場していただくので、あえてお尋ねします。ハードウェアビジネスとソフトウェアビジネスを考えた場合、NECがハード志向、富士通がソフト志向のイメージがある。
矢野 当社に関しては間違いありません。規模は違いますが、ワールドワイドで展開している競合のヒューレット・パッカードさんをみてください。ハードウェアがポイントですよね。さすがに、当社は量を求めはしませんが、ハードは重要なアイテムと考えています。ソリューションプロバイダとして、お客さんのニーズに合致するソリューションを提供するうえでもハードが必要です。
また、これまで弱かったSMB(中堅・中小企業)向けソフトも伸びつつある。ハードに力を入れることでビジネスが広がるのです。つまり、ハードが強ければ成長する。
──しかし、ハードを中心としたITプラットフォーム事業が落ち込んでいますね。打開策はありますか。
矢野 強いプロダクトを揃えたので絶対に持ち直します。例をあげればストレージ機器です。海外で「ハイドラストア」ブランドで発売、国内市場にも投入しています。また、パソコンに関しても家電メーカーには開発できない製品を出しています。ITプラットフォーム事業は上期に苦戦しましたが、下期は必ず芽が出てきます。
──今、パソコンの話が出ましたが、日立製作所とは違い、自社生産から撤退しないのですね。
矢野 もちろんですよ。業界再編が進んでいるのは事実ですが、当社は元気です。パソコンをやめることはしません。
──販売代理店への支援については、どう考えていますか。IAサーバーに関していえば、国内トップシェア製品として売らなければならないという“呪縛”から逃れられないとの声が出ています。
矢野 私どもとしては、販売代理店さんの強い部分を生かして売ってもらいたいですね。
──極端な話をすれば、「IAサーバーはタダでもいいから売ってくれ。マージンは出すから」と説得し、何が何でもトップシェアを死守すると。
矢野 そうではありませんよ(笑)。ハードが強ければソフトとの組み合わせなどでソリューションは容易に提供できます。当社とパートナーシップを深めれば、ビジネスの拡大につながるということです。
──では、どのような支援策を。
矢野 一つは、ハードビジネスに価値を加えた展開です。当社では、拡大できる事業としてSaaS(Software as a Service)を含めたアウトソーシングサービスにも力を入れています。2400億円の売り上げ規模を2倍程度に引き上げることを目指し、グループ会社でISP(インターネットサービスプロバイダ)のビッグローブと連携してSMBに対するSaaS提供を模索しています。SMBでのユーザー企業は、IT化の新しい概念が出てきても対応できないケースがある。販売代理店さんにとっては、最適なシステム提案が行えるだろうとみています。
もう一つは、UCなど新しいソリューションの提案です。UCでは、電話機とパソコンの統合、メールなどパソコンの簡単な機能が電話機に搭載されるなど、今後はさまざまな製品が登場します。当社としては、分かりやすい製品を提供していきます。販売代理店さんにしてみれば、さまざまな切り口で売れるようになるというわけです。
──地方では、サーバーのリプレースが5年に1回とサイクルが長いなどの事情があり、ベンダーが現状のビジネスだけでは食っていけない状況です。新しい提案でビジネスを立て直せると。
矢野 その通りです。システムの高度化により、ユーザー企業のシステム担当者がシステム改善策を把握していない。そこで、販売代理店さんが分かりやすいように提案する。こういったサイクルが構築できれば、ユーザー企業とのつき合いが深まってリプレースを促せるのではないでしょうか。
──ただ、NECは情報系と通信系の両方で販売代理店が存在します。例えば、UCではお互いのビジネスを奪いかねない。
矢野 本来ならば連携を期待しているのですが、情報系に対しては当社がLAN構築を行う。通信系には先ほど申し上げたSaaSで情報系に入り込めるなど当社のリソースを最大限に生かして提案していきます。
──懸案の海外展開については。
矢野 やはり、ネットワークを絡めたビジネスがポイントになってきます。海外メーカーとの提携も販路の開拓という点では必須のアイテムです。また、ソリューションを地道に提供していく。こうしたことに取り組むことで拡大していきます。
My favorite 「ウォーターマン」の万年筆。社長就任時から常に使っているという。「英語でサインする時には書きやすい」とか。確かに、社長業は契約書をはじめ、サインする機会が多い。何かの機会にプレゼントとして贈られた物だそうだが、今では必需品となっている
眼光紙背 ~取材を終えて~
NECの成長ドライバは携帯電話と半導体だった。とくに、“西垣時代”に顕著に現れていた。半導体は海外で実力を発揮、携帯電話が海外で成功すれば大きなビジネスに変貌するといった点で力を入れてきた。しかし、蓋を開けると“足かせ”になってしまった。加えて、ITバブルの崩壊で大きなダメージを受けた。就任前から考えていたのが「常日頃、成長ドライバを変えなければならない」こと。そこで、社長就任後に「R&D」「ネットワーク」「海外」を掲げたのだ。携帯電話と半導体は改善している。不採算事業打開の手は打てた。今後は、自身で掲げた目標を成長軌道に乗せなければならない。
インタビュー後は、「今回は、成長戦略を語れたよ」と満足気に話していた。しかも、限られた時間だったからか「もっと話したかったな」と、少し物足りなそうな雰囲気も。新しい成長ドライバの進捗について、今後も定期的に話を聞こうと思う。(郁)
プロフィール
矢野 薫
(やの かおる)1966年4月、NEC入社。85年11月、NEC AMERICAに出向。その後は、伝送事業本部長や取締役支配人、NEC USAプレジデントを経験する。99年6月、常務取締役に就任。NECネットワークスカンパニー社長や取締役専務などを経て、04年6月、代表取締役副社長に就任。執行役員制にともない、05年3月に代表取締役執行役員副社長。06年4月、代表取締役執行役員社長に就任し現在に至る。