黒川博昭氏が逆風のなかでトップに就任したのは2003年6月。あれから4年半が過ぎた。現場主義を貫き、顧客目線の経営を地道に徹底、富士通を復活させた。08年、黒川社長は今「ITソリューション」から「ビジネスソリューション」ベンダーへと富士通を変えようとしている。ITビジネスの枠組みから脱皮しようとする理由は何か。そして、どう戦っていくのか。
こだわるのは売上高ではなく利益 顧客とつながり持てるビジネスを
──年商でいえば昨年度、NECを上回りましたね。
黒川 関心がないわけではありませんが、売り上げはあまり意識していないんです。それよりも重視しているのは、着実に利益を伸ばすこと。利益を出さなければ次の手を打つための投資もできません。利益を引き上げようとすれば、業務効率化などのコスト削減努力だけでは限界があるので、売り上げを伸ばす必要がある。でも、それを追うことが最優先ではない。あくまで利益です。少なくとも売り上げを重視するのは、あと3年ぐらいはやめたほうがいいと考えています。
最近、売り上げ目標を掲げて、それを達成するためにM&Aを仕掛ける企業があります。ですけど、それが本当に正しいんでしょうか。私はそんな経営に意味はないと思っています。
──利益重視となると、サーバーなどのハード販売事業は貢献度が低いことになる。
黒川 どんなに競争が厳しくても、事業を継続するためには利益を出さないといけない。たくさん売ることが望ましいですが、固定費や変動費の削減など、利益を出すための工夫をしながら、オペレーションすることが求められていると感じています。
──サービス事業に傾注しているように映るのは、利益を重視する方針からですか。
黒川 顧客と長くおつき合いできるビジネスを、意識的に増やしている面はあります。実際、昨年度(2007年3月期)の売上高ではテクノロジーソリューション約3兆1500億円のうち、ソフト・サービスが約2兆5000億円を占める。残りがサーバーやPC、ネットワーク機器などプラットフォーム製品です。
ただ、この比率になっているのは、富士通の事情ではなく、お客さんのITに対する意識が変わったことが一番大きい。ユーザーは業績を伸ばすために、情報システムを利用するわけですよね。サーバーやPC、ソフトが欲しいわけではない。お客さん自身もITにかけるお金が多すぎると感じており、投資が適切かどうかを分析しています。ユーザーの成長を、ITを使ってサポートするのが富士通の仕事。モノを売ってそれで終わりではない。だからサービスの提供につながるんです。
お客さんには、「情報システムの運用・メンテナンス業務は富士通に全部任せて、IT部門の担当者は情報システムの企画に専念してください」と言っていますよ。
──「ITソリューション」だけではなく、業務の運用代行などを含めた「ビジネスソリューションの提供企業」を掲げているのもそのためですか。
黒川 そう。成長のサポートとなると、ITの提供だけでは不十分な面があります。ユーザーがコア業務に集中するためには、ITの外側にあるビジネスソリューションにも目を向けなければなりません。結果的に、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)などとも組み合わせたビジネスソリューションの提供が必要になるわけです。
それと、ITソリューションの領域に固執しているとビジネスがどんどん小さくなっていくのでは、という危機意識もあります。市場は緩やかに拡大するかもしれませんが、中国やインドのIT企業の存在が高まり、競争は今まで以上に激しくなるはずですからね。
これからはお客さんとつき合う窓口も増やしていきます。ITソリューションだけであれば、IT部門の担当者とコミュニケーションをとればよかった。でも、今後はそうはいきません。ビジネスソリューションを提供するためのヒントは、経営者や営業、購買、物流、経理担当者など現場で働くさまざまなスタッフとの会話のなかにありますから。
グループとパートナーが組み 最適なソリューションを提供
──現場を知るために、社内でも意識改革を進めているとか。
黒川 社内で購買やマーケティング、人事、経理など複数部門の優秀な部長と課長を200人揃えろと人事に号令を出しました。結果的に157人しかいなかったんですけどね(笑)。そのメンバーと富士通総研が協力して、“フィールドイノベーション”を起こすためには何が必要かを考えさせています。
──グループ会社との連携を強めているのも何か関係性があるのですか。
黒川 なるべくお客さんに分かりやすくサービスを提供できるグループ体制を築きたい。グループ会社も含めた“One富士通”でありたいと。たとえば、ITインフラサービスの提供で、富士通エフサスと連携を強めたり、ITアウトソーシングやBPOの分野で富士通エフ・アイ・ピーとこれまで以上に密接な関係を構築しているのがその代表例です。SE会社も可能な限り100%子会社にしたいと思っています。
──ただ、富士通グループだけでは到底全部の顧客に品質の高いサービスを提供することはできませんよね。
黒川 当然です。富士通がいくら踏ん張ったって、この広い世界をすべてカバーしてビジネス展開することは不可能、無理です。パートナーと力を合わせてお客さんに最大価値を提供する体制を確立することが大切です。
SaaS(Software as a Service)に代表されるように、ネットを通じたサービス提供は広がると思いますが、ビジネスソリューションの提供に必要なのは、やはり人と人とのコミュニケーション、Face to Faceのつながりです。お客さんとの接点を持つパートナーの存在はますます重要になります。
──富士通と組むことで、パートナーはどんなメリットを受けることができるのでしょう。
黒川 パートナーがお客さんにITソリューション、ビジネスソリューションを提供するうえで、すべて自前で揃えるのは難しいですよね。富士通はパートナーがそれぞれのお客さんに対してワンストップでトータルソリューションを提供するためのお手伝いができます。もちろん、その際に富士通は黒子役で全然構わない。
それと、パートナー同士の連携づくり。パートナーがそれぞれお互いの強みを組み合わせてトータルソリューションをつくりやすいよう、横のつながりも促進させていきます。
プロダクトを提供する立場としては、プロモーションをかけて、価格メリットを追求した商品を投入し、メリットある報奨金制度を進めることももちろんやっていきます。ただ、それだけではダメだと思っています。プロダクトを売るのではなく、ソリューションを提供してパートナーのビジネスが継続できるような支援をすることが、私はパートナーとのつき合い方、サポートだと考えています。
──08年、富士通にとってどんな年になりますか。
黒川 ……、「慎重な運転の年」ですかね。慎重とは悪い意味じゃなくて、サブプライムローン問題や原油高など懸念材料があるなかでも、着実に利益を伸ばすという意味。暴風雨であっても一人ひとりがそれぞれの持ち場を守って、絶対に後退せずに着実に進んでいく年にしたい。そして、富士通の中身をもっとよくして、中期的な視点で人材教育を再度見直していきたい。性格ですかね、格好いいコトは言えないんですよ。
My favorite 富士通がスポンサーになっているJリーグ「川崎フロンターレ」のグッズ。観戦の際に使っているとか。マフラーやニット帽などひと通り揃っている。グッズが入ったビニール袋はくしゃくしゃ。使い込んでいる様子が滲み出ている
眼光紙背 ~取材を終えて~
ある富士通系SE会社のトップに取材した際の話。黒川社長に「もっと現場を見てほしい」と注文を出したというのだ。黒川社長は顧客との接点、開発の現場を重視する印象が強い。別の子会社トップは「(黒川社長は)現場に行かない人を嫌う体育会系」と表現する。それだけに、「現場を見てほしい」という注文は意外だった。
「現場主義でなくなったとは思わない。ただ、黒川さんの方針がしっかりと下まで浸透していない」というのがその注文の趣旨のようだ。伝言ゲームのように、黒川社長から発信されたメッセージは、何人もの人間を介して現場に伝わる。その過程でメッセージは別のモノに変わってしまっているという。販社からは富士通ブランドの求心力が弱まっているとの厳しい声もある。
インタビューで、これらの声を伝えたら、黒川社長は冷静な表情で、十分熟知している様子を見せた。しつこく食い下がったが、顔色を変えなかった。富士通がもう一歩成長するには、再度現場を知ることが重要だと認識しているようにもうかがえた。だからこそ、黒川社長は“One富士通”を標榜したのかもしれない。(鈎)
プロフィール
黒川 博昭
(くろかわ ひろあき)1943年4月9日生まれ、埼玉県浦和市(現さいたま市)出身。67年3月、東京大学法学部卒業。同年4月、富士通信機製造(現富士通)入社。97年4月、ソフト・サービス事業推進本部副本部長。98年、常務理事。99年、取締役。01年、常務取締役。03年4月、経営執行役副社長。同年6月、代表取締役社長に就任。