世界トップにふさわしいSIerになる──。NTTデータの山下徹社長はこう宣言し、2008年を“変革の年”だと位置づける。欧米・アジアの主要市場の開拓を急ピッチで進め、本格的なグローバル展開を目指す。海外展開では過去に幾度も苦い経験も味わってきたが、国内情報サービス産業のトップ企業として自ら率先して乗り出す。先陣を切って国際競争力を高めることで日本のIT産業の活性化につなげる考えだ。
世界で戦えるSIerに変わる 顧客はすでに世界を舞台に展開
──情報サービス産業は2008年、大きな転換点に差しかかる。再編が勢いを増し、大手集約が急ピッチで進んでいます。NTTデータは08年を「変革の年」と位置づけていますが、その真意は。
山下 見習うべきは世界大手のITベンダーであるIBMやアクセンチュアです。真に世界で戦えるSIerは、日本の情報サービス産業のなかからまだ出ていない。ならば、当社が世界トップにふさわしい企業になろうじゃないか──、そういう思いを込めて「変革の年」と位置づけました。
当社は昨年度(07年3月期)、国内情報サービス産業で初めて連結売上高1兆円の大台を超えました。さらに伸びていくには国内市場だけにとどまることなく、グローバル展開を推進しなければなりません。このためには大いなる変革が必要です。
──これまで日本の情報サービス産業はなぜ国内外での優位性や存在感を十分に示せなかったのでしょうか。
山下 SIerにはいったいどういう責任があるのか。社会のすみずみまでコンピュータが行き渡り、情報システムはすでに社会インフラになっています。SIerにとって直接の顧客であるユーザー企業だけでなく、その先にいる一般ユーザーに対しても責任を負っているという認識が、当社も含めて不足していた。社会的なコンセンサスを十分に形成してこなかったことも要因のひとつであり、反省すべき点です。 それに、そもそもSIerの存在そのものが一般ユーザーに認知されていない。年金記録問題では社会的な批判を受けて、このことを痛感しました。SIの文化は顧客企業の黒子に徹すればいい、自分たちの存在は表に出すべきではないと考えてきましたし、これまではそれでも困らなかった部分もあります。しかし、これからは違います。
──国内市場にどっぷりつかった日本のSI業界のままではいずれ行き詰まる。野村総合研究所(NRI)の藤沼彰久社長は、特殊な進化をしすぎて種の絶滅が相次いだ絶海の孤島ガラパゴスにたとえて「ガラパゴス症候群」などと表現していますが。
山下 原点は顧客ありきですよ。ただ、その顧客企業が世界へどんどん進出している。われわれだけが国内に閉じこもっていてはいずれ通用しなくなります。そもそも業界の枠組みとか、仕事の仕組み、顧客との契約の在り方など、普通の業界では当たり前のことがこの情報サービス産業では未熟です。言葉ひとつとっても厳密な定義ができていない。
世界トップのITベンダーはコンサルティングやシステム開発に伴うノウハウやナレッジをグローバル規模で共有し、自らの方法論を打ち立てています。当社でも昨年、有志の大手SIerと協業し、顧客企業向けの設計書の記述方法を標準化する「発注者ビューガイドライン」で一定の成果を収めた。少しずつ動き始めていますが、世界トップの水準からみると、まだ十分とはいえません。
──海外SIerに対するM&A(企業の合併・買収)や現地法人の新設など、グローバル進出を加速させています。
山下 社長になってからドイツの中堅SIerにTOB(株式公開買い付け)を実施したり、インドの中堅SIerをM&Aして連結子会社にしたり、マレーシアとベトナムに現地子会社を新設したりと、いろいろやってきました。昨年度末時点での欧米、アジアでの海外拠点数は26都市でしたが、今年度末までには2倍超の58都市、同社員数は約900人から2500人余りに拡大する見通しです。顧客企業はすでに海外進出しているわけで、ITパートナーとして早急にキャッチアップしなければならない。いや、すでに遅いくらいです。
欧米とアジアでは手法を転換し、海外売り上げ比率を1割に拡大
──これだけの規模で海外へ打って出るのは情報サービス産業で初めての取り組みです。うまくいきそうですか。
山下 実は過去にも何度か海外で失敗しています。中国の金融機関向けのシステム構築、米国でのデータセンター事業など、グローバル化にまつわる苦い経験はたくさんある。共通していえるのは、現地に根付けなかったことです。欧米、アジアそれぞれの市場の特性を十分理解できず、すぐに日本人のスタッフを送り込んで日本式にやってしまう。これではダメです。
TOBを実施したドイツのSIerは、大手ERPベンダー、SAPのグローバルパートナーの認定を受けた実力派です。M&Aを行ったインドのSIerはウェブシステムやモバイル端末用のシステム開発に実績がある。まずは相手の得意とするところを謙虚に学び、一方で当社からは基盤部分の技術を提供する。もちろんガバナンスは必要ですが、お互いのよいところを存分に発揮する仕組みが大切です。
──欧米は競合が多いですし、アジアの市場はまだ小さい。
山下 欧米とアジアではビジネスのやり方を変えます。欧米ではドイツのSIerのように地元でしっかりとした地盤をもっているところと組み、そのうえで日系企業をサポートする。これまでは日系企業への依存度が高かったり、日本式を押しつけたりと、地場の基盤づくりが弱かった。しかもスポット的な仕事が多く、規模も小さい。これでは事業の継続は困難です。欧米市場で日系自動車メーカーの受発注システムや、大手通信社のグローバル配信ネットワーク構築なども手がけましたが、いずれも次につなげる難しさに直面しました。
一方、アジアではソフトウェアのオフショア開発をメインに位置づけます。オフショア開発を手がけながら日系企業のサポートを行う。将来的には中国などで現地のIT需要を取り込んでいきたいと考えていますが、SI・サービスではまだ難しいかもしれません。市場規模も小さいですし、リスクも大きい。
たとえば、グループ会社のNTTデータイントラマートが開発するミドルウェアなどソフトウェアプロダクトならば、十分にアジアで通用するでしょう。手離れがいいですし、価格も手頃で、分かりやすい。
──海外のビジネス規模はどのくらいに増えそうですか。中期経営計画と併せて教えてください。
山下 今期から始まった中期経営計画では最終の09年度(10年3月期)に連結営業利益率10%を目指します。トップラインは国内情報サービス産業の伸びと同様の2─3%の成長をイメージしていますので、経営計画の最終年度には1兆1000─1兆2000億円程度。海外での売上高は、1割ほどにあたる1000億円余りを想定しています。昨年度実績が156億円程度ですので、向こう2年間でM&A効果も含めて大幅に増やしたいと考えています。
グループ会社が100社を超え、これから本格的にグローバル展開していく変革の年です。こちらの都合を押しつけるのではなく、顧客本位、顧客の満足度を高めながら、日本の情報サービス産業のトップランナーとして世界に出ていきますよ。
My favorite 西洋陶磁器でできたペンギンの置き物。吹雪のなかで卵を温めるけなげな姿が気に入り、これまで大小約300体ものペンギングッズを集めてきた。将来、本物のペンギンと暮らしてみたいとか
眼光紙背 ~取材を終えて~
グローバル展開する世界トップクラスのITベンダーは、国境を越えてナレッジを共有する仕組みがある。2007年6月にトップに就いた山下社長のベンチマークは世界大手のIBMやアクセンチュアだ。
業種は違うが、日本のグローバル企業の代表格であるトヨタ自動車は、絶え間ないカイゼンを通じて“トヨタウェイ”を確立してきた。「当社も海外大手SIerのナレッジ共有の仕組みを取り入れながら、同時に日本的な永続性ある企業経営の思想を織り込む」。
欧米の真似だけでは勝てない。独自の企業文化を創り出してこそ優位性を発揮できる。
海外でのM&Aにしても、仕事のやり方や技術、ノウハウなど、「相手のよいところを積極的に学ぶ」。一方で、日本のよさも生かした独自の“NTTデータウェイ”を打ち立てている。海外からどん欲に学びつつ、日本的な強さも打ち出すことで、強豪ひしめくグローバルでの競争に打ち勝つ考えだ。(寶)
プロフィール
山下 徹
(やました とおる)1947年、神奈川県生まれ。71年、東京工業大学工学部卒業。同年、日本電信電話公社(現NTT)入社。99年、NTTデータ取締役産業システム事業本部産業営業本部長。03年、常務取締役ビジネス開発事業本部長。04年、常務取締役経営企画部長。05年、代表取締役副社長執行役員。07年6月、代表取締役社長に就任。