インテックホールディングス(インテックHD)は今年4月、TISと経営統合する。新しく誕生するITホールディングスは2015年度までに年商5000億円への成長を目指す。規模の経済を生かし、SI業界のリーディングカンパニーとして存在感を高めていく考えだ。今回の大型統合が起爆剤になり、業界再編が加速する可能性が高まってきた。しかし一方で、個性の強い大手独立系SIer同士の統合だけに、相乗効果を発揮するまで時間がかかるとの指摘もある。なぜ今、経営統合なのか。中尾哲雄・インテックHD会長兼社長に聞いた。
トップグループ入り目指す ふるさと富山本社は譲らず
──なぜ今、経営統合なのですか。
中尾 情報サービス産業はおよそ19兆円の経済規模まで拡大し、ざっくり1万6000社ものベンダーがひしめいています。過去、あらゆる産業がそうであったように、強く成長するための再編は避けて通れない。
当社もグループ社員数が5800人余りになり、伸びていくためには総合化を進める必要がある。金融や保険、製造、流通、あらゆる業種業態の要望を受け入れられる総合力が勝ち残る力になる。そうするにはTISとの経営統合が必要だったのです。
周囲を見渡せば、IBMをはじめとするグローバルトップ企業だけでなく、中国やインドのSIerも急速に勢力を伸ばしている。ITは技術革新が速く、ベンダーの勢力図もダイナミックに変わっています。今の当社程度の規模では、新興国のベンダーにすぐ追いつかれてしまう。もう待ったなしですよ。
──4月1日に設立予定のITホールディングスは何を目指したものなのでしょうか。
中尾 もちろんトップクラスのSIerになることを目指したものです。今年度(2008年3月期)の両社の連結売上高見通しは単純合算ベースで3250億円、営業利益は180億円。これを10年度には連結売上高4000億円、営業利益率10%に当たる400億円、さらに15年度までには5000億円、営業利益500億円に拡大させることをイメージしています。トップ集団でのリーディングカンパニーになる。
──TISは今年度見通しでインテックグループより1・6倍ほど年商が大きい。にもかかわらず双方が出す役員は同数で、かつ本社を富山に置くのでは、インテック側が主導している印象を受けます。
中尾 違います。あくまでも対等です。どちらが上で、どちらが下ということはない。役員数は下手に違えると、あなたみたいにヤレどちらが主導だ、主導じゃないって言い出す人がいてね。火種になる。いっそのこと同数にすれば、ややこしい話にならずに済むでしょう。
年商にしても、単体ベースでみれば両社とも同じようなもの。TISはM&Aなどで年商の大きいグループ会社が多いが、本体の実力でみればほぼ同じです。
ただ、本社についてだけは、岡本(晋・TIS社長)さんに無理をいって譲ってもらいました。企業も人と同じで心の根っこ、源流があります。それは思想や宗教、哲学などさまざまです。当社の心のよりどころは“ふるさと=富山”なんです。実際、仕事の多くは東京ですので「現住所」は東京にしても、「本籍」はどうしても富山にしたかった。相手には悪かったけれど…。
──統合の話は中尾さんから提起されたと聞いていますが。そもそもなぜ相手がTISなのですか。
中尾 経営統合の話は1年ほど前から、岡本さんとの間で、どちらともなく話に出ていましたよ。ただ、大まじめになって切り出したのは昨年の7月頃。わたしからです。
正直、同じ規模のSIerは多いけれど、独立系という括りでみるとそんなに多くない。当社は富山計算センターからスタートした独立系SIerです。この生い立ちから、たとえば大手電機系のSIerといっしょになっても、なんとなく親会社に支配されてしまうようで対等になれない。その点、TISは独立系ですので、お互い歩み寄れる。
業界内部の再編機運高まる 基幹産業になるための試練
──昨年12月の発表後、大手SIerトップから「うちに一声かけてくれれば…」という声がちらほら聞こえてきます。経営トップの複雑な心情がうかがえます。
中尾 業界内部が熱してきているということです。戦後間もない頃は電球をつくるメーカーが何百社とあり、自動車メーカーですら何十社とあった。それが猛烈な勢いで再編し、今の製造業を形づくっているのです。再編がなければグローバルでの激しい競争で、日本の製造業は今ほど優位に立てなかった。
情報サービス産業も同じで、今回のTISとの経営統合がよい刺激になり、業界再編に勢いがつけばいいと思っています。産業発展の歴史をみても、今のままで基幹産業になれるとは到底思えない。
──では、今回の経営統合で具体的にどのようなメリットを狙っているのですか。
中尾 ひとつは“規模の経済”です。規模は安定の基礎だと考えています。TISとは顧客の重複が少なく統合効果が見込みやすい。一部の大口顧客、たとえば三菱東京UFJ銀行のような共通の得意先もあります。このケースでは、当社が主に基幹系、向こうが情報系システムを担当する比率が高く、むしろ相乗効果が期待できます。
もうひとつは投資体力。当社でいえば、純利益が50億円そこそこしかないのに、先行投資で50億円を投じるのは難しい。同じような規模の会社がいっしょになることで、2倍程度の額を投資できる。技術革新が速いこの業界で、研究開発への投資は極めて重要です。もう1社同じような規模の会社が加われば、今の3倍投資できる。そうでもしなきゃ、顧客企業から選んでもらえませんよ。
さらには、ソフト開発やデータセンター、ネットワーク基盤など両社が持っているリソースを共有化することで収益力が高まる。こうしたことを踏まえると、10年度には連結売上高ベースで200億円、営業利益で30億円ほど上乗せの統合効果が見込めます。
──課題もあるでしょう。同じ独立系といえども、互いに異なる企業文化を持っているわけで、スムーズに行きますか。
中尾 いきなり2つの会社をくっつければ、そりゃ摩擦は大きいですよ。そのためにまずは持ち株会社をつくり、この下に事業会社をぶらさげる形にしたんです。リソースの共有化など、まずはできるところから始めて、信頼関係を築いていくことが大切です。
それに両社ともグループ会社を多数持っています。各社のトップとじっくり話し合って、切磋琢磨しながら再編、合併を進めていく。最終的には全体がしっくりくる形で統合するのが自然な流れです。利益が見込めるからといって、むやみやたらに統合を急ぐと本来の意義を見失う。「利を見て義を思う」です。
──今の情報サービス産業は、受託開発の利益率の低さや多重下請けによる空洞化、3K職場と揶揄されるなど、構造的な問題を抱えています。規模の追求だけで解決できるのでしょうか。
中尾 顧客の言われた通りにせっせとプログラムを書く。人が足らないと外注に出す。これでは出入り業者のレベルに過ぎません。顧客の経営を理解したITパートナーとはいえず、いずれ立ちゆかなくなる。
疾風に勁草(けいそう)を知る──強い風が吹いたとき、弱い草はみな吹き飛ばされ、ほんとうに強い草だけが残る。そうなったときにITホールディングスは強い草だと分かってもらえるよう努めます。
創業者の故・金岡幸二は、コンピュータユーティリティを唱えた。ネットワークを使って必要なときに必要なだけコンピュータリソースを提供するオンデマンドサービスです。この夢はまだ3割も実現できていません。TISと力を合わせ、これから押し寄せてくるであろう荒波に立ち向かっていきます。
My favorite 朝、ネクタイを選ぶのと同じ感覚で、その日に使う万年筆を選ぶ。若いときからの習慣で、身だしなみに気を配る
眼光紙背 ~取材を終えて~
ITは社会の隅々まで浸透するが、情報サービス産業を構成する企業からユーザーに向けて明確なメッセージが出ているかといえば、「そうではない」と断言する。顧客企業を陰で支えるのはいいが、「陽が当たらない存在では、いつまでも日陰産業のまま。強い産業は明確なビジョンを打ちだしている」と。
教育や医療、社会のあらゆるシステムづくりを自らリードする“基幹産業”にならなければ、IT業界の将来は見えない。今回の経営統合も「産業発展のための一歩」。業界再編による資本集約が進んでこそグローバルでの競争も勝ち目が出てくる。
インテックグループは地方の計算センターから全国進出を果たした。TISも大阪から全国展開を進め大手に上り詰めた。あるSIerトップは、「サムライと野武士の集団がいっしょになるようなもの」と表現する。互いに気位が高く、どう打ち解け合うのか課題も多い。統合の真価が試される。(寶)
プロフィール
中尾 哲雄
(なかお てつお)1936年、富山県生まれ。60年、富山大学経済学部卒業。同年、日興證券(現日興コーディアルグループ)入社。65年、富山商工会議所入所。73年、インテックに入社、企画調査室長。78年、取締役経営管理部長。84年、常務取締役。90年、代表取締役専務。93年、代表取締役社長。05年、代表取締役会長。06年10月、持ち株会社体制への移行に伴いインテックホールディングス会長兼社長に就任。テレコムサービス協会会長。富山経済同友会代表幹事。富山県とやま起業未来塾塾長。
会社紹介
インテックホールディングスとTISが経営統合し、今年4月1日付で持ち株会社のITホールディングスを設立する。インテックの“I”とTISの“T”を合わせたものだが、「IT産業のリーディングカンパニーになる」という強い意志も込めた。ITホールディングスでは、中尾哲雄・現インテックホールディングス会長兼社長CEOが代表取締役会長、岡本晋・現TIS社長が代表取締役社長に就任する。