キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)は、ITソリューション(ITS)事業の強化を急ぐ。今年に入りITSカンパニーを新設。4月には中堅SIerのアルゴ21を取り込んだ新会社・キヤノンITソリューションズを立ち上げた。IT基盤の構築や運用サービス、組み込みソフト開発、キヤノン製品を活用したシステム構築などを重点的に伸ばす。キヤノン製品の販売会社は国・地域別のテリトリー制があり、グローバル展開では課題もある。直近のITS事業の年商は1700億円余りだが、早い段階で年商3000億円に拡大。SIerトップグループ入りを目指す。
明確な意志をもって取り組む 基盤・運用、組み込みを重視
──ITSカンパニーの設置やキヤノンITソリューションズの立ち上げなど、今年に入って矢継ぎ早に組織を強化しています。
浅田 2003年に住友金属システムソリューションズをキヤノンMJグループに迎え入れたときから、ITソリューション(ITS)事業を拡大させるという明確な意志をもって取り組んできました。
昨年はアルゴ21をグループ化。今年4月に住金システムの後身・キヤノンシステムソリューションズと合併させ、新会社のキヤノンITソリューションズを立ち上げました。
従来の卸売業を主体としたビジネスだけでなく、情報サービス分野でもビジネスを伸ばす体制をより充実させる。今年1月には、ホールディングカンパニー的な役割を担うITSカンパニーを新設。キヤノンソフトウェアやキヤノンネットワークコミュニケーションズなどITS系の事業会社があり、ITSカンパニーを軸にグループのシナジー効果を高めていきます。
──ITSビジネスを年商3000億円に拡大させる計画の進捗はどうですか。
浅田 ITSビジネスを拡大させるからにはトップグループ入りしたい。
年商3000億円は指標のひとつで、それに向けてさまざまな手を打っているところです。昨年度(07年12月期)のITS事業の連結売上高はアルゴ21をグループ化したこともあり前年度比21%増の1710億円。向こう3年間は平均約10%の成長を維持して2010年度には2280億円まで拡大させる。情報サービス市場全体の伸びを上回る成長を維持すれば、この延長線上に目標の3000億円が見えてくるはず。
──昨年6月、アルゴ21をグループ会社化して以降、顧客からの評価が高まったと聞きますが…。
浅田 大型のプライム(元請け)案件の受注が昨年後半から増えています。キヤノンMJグループが本気でITS事業を拡大させるというメッセージが顧客によい心証を与えた側面もあるでしょう。キヤノンITソリューションズでは、これまでプライムでは獲れなかったような優良案件や10億円規模の大型プロジェクトが進行。幸先のよいスタートという感触を得ています。
──では、具体的にはどういう施策で臨みますか。
浅田 トップグループのSIerに比べて基盤構築や保守運用事業が弱い。昨年度のグループ全体のおおまかな売り上げ構成比で見ると、基盤や運用保守は10%余りを占めるに過ぎません。SaaSやASPなどサーバーベースのコンピューティングが急速に広がっていることを考えれば、データセンターをベースとしたサービス型ビジネスの拡充が求められます。データセンターのインフラを支える仮想化技術の進展もめざましいものがありますし、さらに踏み込んだ検討の余地は大きい。
また、キヤノンソフトが組み込みで実績があり、旧アルゴ21も組み込みに力を入れていた。キヤノンのデジカメや複合機にも組み込みソフトが多数使われている。グループ売上高構成比に占める組み込みソフト開発の比率は10%弱ほど。ここも基盤・運用保守と同じく、もっと伸ばすべき領域です。
──組み込みソフトは失速感が強まっています。これまで需要を引っ張ってきた携帯電話の開発プロジェクトが、少なくとも国内では頭打ちです。
浅田 組み込みは携帯電話だけではない。キヤノン製のデバイスを見てもらっても分かるように、組み込みソフトの需要は依然旺盛です。携帯電話は厳しくても、例えば自動車業界は需要拡大が期待できる重要ターゲットのひとつ。カーナビといった車載端末や自動車を制御するソフトなど市場は大きい。
──“右手にキヤノン、左手にトヨタ”が組み込みソフト事業の美しい構図だと。
浅田 えっ!? それ、誰が言ったたとえ話ですか(笑) 確かに、グループ向けとグループ外に向けた組み込みビジネスの在り方という意味では、美しい構図ですね。当社の組み込みビジネスは大手に比べてまだ小さいですから、そうなるよう頑張ります。
キヤノン製品を生かした展開 成功事例をグローバルで応用
──ITS事業から見たキヤノンMJの強みは何でしょうか。
浅田 金融に強く、製造・流通にも実績が豊富です。旧住金システムから製造業向けシステムの構築ノウハウを受け継ぎましたし、旧アルゴ21からは証券など金融業の業務知識を得た。キヤノン自身も製造業であることから、ノウハウを生かせるでしょう。
もうひとつ、他のSIerになくて当社にはある重要なアイテムの1つに、キヤノン製のデバイス類があります。複合複写機などのビジネスマシンから始まり、映像機器、医療業界向けの電子制御の光学機器に至るまで幅広い。ビジネスマシンとドキュメント管理システムを組み合わせたビジネスは、当社の強みが多いに発揮される分野です。
──ITS系のグループ会社の再編やM&Aは継続させると。
浅田 足りない領域のM&Aは引き続き視野に入れる。グループの最適化も進めます。
──向こう3年間10%ずつ伸ばしたとしても、3000億円とのギャップは依然としてあります。その頃にはトップ集団が年商5000億円規模に成長していないとも限りません。NTTデータや野村総合研究所(NRI)はグローバル展開を加速させています。
浅田 グローバル展開についてはキヤノングループの販売体制の仕組み上、キヤノンMJが直接的に海外に出ることはありません。欧米アジアの主要市場にはキヤノン本体系列の販売・卸会社があり、当社とは横並びの関係です。もちろん彼らも箱売りだけやっているのではなく、ITソリューションも手がけている。何か連携するとしたら、キヤノン本体を経由した連携になるでしょう。
──そんな悠長なことでいいのですか。地割りやテリトリーに縛られていては、製造業などグローバル展開する顧客の満足は得られないのではないのですか。
浅田 誤解しないでいただきたいのですが、日本で受注した案件はキヤノンMJグループが責任をもって完遂します。中国にはソフトのオフショア開発の拠点もありますし、必要であれば系列の販売会社と組んで現地でのサポートを行うことも可能です。
情報システムをカスタマイズして使うことが多い日本と、パッケージを多用する海外の顧客とでは商材の在り方も違う。こうしたことも頭に入れて、グローバルで通用する商材づくりを推進します。
実際、ITS事業に関して、どうテリトリーを分けるのか、今のところ議題にすらのぼっていない。当社グループのITS事業の人員数は約5500人で、これだけの規模を持つSI事業体は世界のキヤノングループのなかでもトップクラス。日本で成功モデルをつくりあげ、世界へ横展開する。キヤノングループ全体としてITS事業を拡大させる方針に揺るぎはありません。
My favorite愛娘からプレゼントされた腕時計。15年ほど愛用している。文字盤が腕の形に合うよう湾曲した珍しいタイプだ
眼光紙背 ~取材を終えて~
旧キヤノンシステムソリューションズ(現キヤノンITソリューションズ)のトップを4年間務めた。
激しい競争に打ち勝つには、「ITビジネスに精通した生え抜きに現場を任せるべき」と、後任を旧住友金属システムソリューションズ出身の武井尭・現社長に譲る。自身はキヤノンMJに戻ってアルゴ21のM&A案件を手がけた。
キヤノンMJのITSビジネスは、異質・異文化の集まりだ。今年4月に発足した中核事業会社キヤノンITソリューションズは、キヤノンMJのSE部隊や旧住金システム、旧アルゴ21などが合わさった混合体。今年新設したITSカンパニーを軸に、「ホールディングカンパニー的な立場でグループのシナジー効果の増強」に努める。新たなM&Aも視野に入れる。
異文化集合体のなかで、どうケミカルチェンジを起こし融合させるのか。カンパニートップとして腕の見せどころである。(寶)
プロフィール
浅田 和則
(あさだ かずのり)1949年、広島県生まれ。71年、中央大学法学部卒業。同年、キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)入社。90年、総務部長。95年、総務本部副本部長。98年、総務本部長。99年、取締役。03年、キヤノンシステムソリューションズ(現キヤノンITソリューションズ)社長。07年、キヤノンマーケティングジャパン専務取締役ビジネスソリューションカンパニーITソリューション部門担当。08年1月、専務取締役ITSカンパニープレジデント。
会社紹介
キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)の昨年度(2007年12月期)連結売上高は前年度比4.4%増の9051億円。これはキヤノングループのグローバルでの売り上げの伸びよりも鈍く、相対的にキヤノンMJの存在感が薄くなる。国内における複合複写機などのドキュメントビジネスやコンシューマ向け機器の市場は、すでに成熟度が高く、大幅な伸びは見込みにくい。そこで打ち出したのがこれまでキヤノンMJグループが弱かったITソリューション(ITS)事業の大幅な強化だ。中堅SIerのアルゴ21をグループ化するなどM&Aを積極的に展開する。ITS事業の昨年度連結売上高は前年度比21%増の1710億円。2010年まで年率平均でおよそ10%ずつ成長させる。