富士ソフトの新経営体制が本格的に始動した。みずほ銀行・前CIOを社長に迎え、代表取締役計6人の“集団指導体制”で事業拡大を推進する。強みの組み込みソフトでグローバル展開を加速。自社データセンターを活用したSaaSの立ち上げ準備にも余念がない。過去3年にわたる大改革の総仕上げともいえる戦略的な施策を矢継ぎ早に打ち出すことでビジネスを伸ばす。
メガバンクCIOが転身 “新しい価値”を生み出す
──メガバンクから転身されましたが、なぜSI業界を選んだのですか。
白石 おもしろそうだからですよ(笑)。みずほ銀行では、企画畑を長く歩いてきて、CIO(最高情報責任者)も経験しました。企画からいきなりSIerに転身したのなら厳しかったかもしれませんが、幸い情報システム部門の経験があるので、踏み切れました。
ITの重要性は銀行で痛感していましたし、これからはソフト・サービスが世の中を動かしていく。これは誰が考えても間違いないでしょう。富士ソフトは独立系SIerの雄で、組み込みソフトなど尖った強みをいくつも持っている。
──元銀行マンからみて、富士ソフトはどう映りますか。設備投資などで有利子負債がおよそ500億円あります。
白石 負債が500億円でも、与信が200億円ありますので、銀行マンの感覚でいえば負債は300億円。しかも、主な3棟の自社ビルの償却負担や維持メンテナンス費をかけても、赤字は出ていない。ビルの償却もこの先は減っていく。新規事業の拠点である東京・秋葉原ビルに設置した最新鋭のデータセンター(DC)やデジタル映像スタジオなどでこれから生み出される利益を考えると、戦略的に十分許容できる範囲。銀行屋の目で見ても、過剰投資とはいえません。
──みずほでは、合併に伴うシステム統合の総仕上げを担当されたと聞いています。
白石 ご存じの通り、みずほは2002年の合併時に大規模なシステム障害を起こしています。わたしが着任したのは04年で、絶対に障害を起こしてはならない状態でした。ただ、理系の出身ではあるものの、情報システムについては素人同然。そこで、経営的な観点で見て分かりやすいコスト削減とプロジェクト管理、リスク管理の3つに焦点を絞りました。
──情報システム部はITのプロ集団ですから、白石さんが手をつけられる範囲は限られていたのではないですか。
白石 もちろん、システムの技術的な領域に踏み込んだらこちらの負けです。そこでまずやったのが支払い伝票を1枚ずつチェックすること。支店長時代に、ある会社の再建を手伝ったとき、この会社の社長に支払い伝票を自ら1枚ずつ調べてもらいました。そうしたら不要不急の支払いがたくさん出てきた。
情シスでも同じで、使っていないネットワーク回線やリース機器が出てきて、あっという間に数億円浮くことが分かったのです。
最初は「削れるところなど何もない」と言っていた情シスメンバーも、具体的な数字を示すことで納得してくれた。ここから先はメンバー全員で経費を見直し、1年で160億円くらいコストを削った。IR的にも統合効果の数字を示せて、みずほ銀行内における情シスに対する評価も高まりました。
──今はクライアントからコストを削減される立場になったわけですよね。
白石 ハードウェアやネットワークの価格がどんどん下がるのはIT業界の宿命です。ただ、うちはハード屋でもなければ、ネットワーク屋でもない。これまで20台のサーバーで動いていたものが、もっと高性能・高集積なサーバーに統合すれば3台で済む。さらに当社のDCに預ければ運用をしっかりして、セキュリティも保てる。これって付加価値じゃないですか?
システム開発ができて、顧客の業務を熟知し、最新鋭のDCを持っている当社ならではの価値です。価格だけが下がる経済は魅力が乏しいものですが、そこに新しい価値を生み出せるなら意味合いが全然違う。顧客は企業なので、ITによってコストが削減でき、業務の生産性が高まれば、満足度があがる。その価値に対する報酬はしっかりいただきます。
数字に結びつけるフェーズ “骨太の戦略”の練り直しも
──経営者の価値観で顧客を攻めるということは分かりますが、これまで受託ソフト開発が多かった富士ソフトには馴染まない気がします。
白石 それは違います。当社は過去3年の間に、会社をひっくり返す勢いで大改革を推し進めた実績があります。残念ながら、わたしはその場にはいませんでしたが、創業者の野澤(宏・現会長)自らが陣頭指揮を執ってプライム(元請け)案件の受注を拡大させ、オリジナル商材の開発に努めてきました。これからは、実際の数字に結びつけていくフェーズです。
──では、まずはどのあたりから着手しますか。
白石 携帯電話や情報家電などに組み込む当社独自のミドルウェア製品群やDCを駆使したSaaS、アウトソーシングサービスなど、顧客から新しい需要を引き出す商材を戦略的に増やしています。SaaSは日本IBM元常務の堀田(一芙副会長)が中心となって今年10月から本格サービスに乗り出します。Googleのエンタープライズ向けサービスも当社のメニューに組み込んで、まずは400件余りの有力顧客リストをもとに売り込みに力を入れる。
先日、大手ゼネコンの役員さんにSaaSの話をしたら、「そんな便利なサービスがあるんだったら、早くもってこい」と言われました。手応え十分です。
──強みの組み込みソフトはどうですか。携帯電話の国内市場が成熟するなどして以前のような需要は見込めないのでは。
白石 組み込みはグローバル進出できる商材です。そのために組み込み用のミドルウェアを開発してきたのですから、勝機は十分にある。これまでの携帯電話は海外と仕様が異なったりしていましたが、いずれスマートフォンのような形に集約されていくでしょう。必要であればミドルウェアをチップ化することも検討します。
銀行に在籍していた頃から、ゆくゆくは電話機か、コンピュータか、テレビのいずれかがITの端末を制すると思っていました。このあたりの動向はインターネットバンキングを展開するうえでとても重要でしたからね。結果、すべてが世界規模でIT端末化していますよね。市場はいくらでもありますし、そこへ進出するための開発費や販管費も投じていきます。
──課題はなんですか。
白石 もっと“骨太の戦略”が欲しい。国内外でビジネスを伸ばすプランが描き切れていないところもあるので、ここらへんはわたしが中心になって練り直します。ピカピカに磨き上げられた技術力がある会社なので、戦略さえ間違わなければ必ず伸びる。
とにかく顧客をよく知って、その会社の経営課題を解決する。わたしがユーザーだったらそういう提案がないSIerには絶対にRFP(提案依頼書)なんて出さないし、つくるほうだってただ無機質にプログラムを書くのはつまらないでしょう。「自分がこの顧客の経営を支えている」という気概をもてば、自然にやりがいもでてきます。まあ、見ててください。
My favorite カシオ「FX─860Pvc」。パソコン黎明期に活躍したポケットコンピュータで、関数計算はもちろん、BASICプログラムも組める。利率の計算など銀行の現役時代から愛用している
眼光紙背 ~取材を終えて~
「ITを駆使した真のソリューション会社になる」と、富士ソフトのトップとしての抱負を語る。SIerとしてごく当たり前ともいえる目標だが、実践するとなると困難が伴う。
生え抜きの銀行マンの感覚によれば、「伸びない銀行員は、顧客の財務担当者のところしか顔を出さない。伸びる銀行員は営業現場や研究所、工場に足繁く通う」。つまり、現場の空気でその会社が扱う商品の売れ行きが分かるし、研究所に行けば設備投資の時期がつかめる。財務は往々にして口が堅いものだが、現場と親しくなれば、ぽろっとヒントをくれることもある。顧客のビジネス全体を捉える自らの経験とSIerのビジネスを重ね合わせる。
CIOは技術屋ではなく、情報をお金に換える役割を担う。富士ソフトの持つ優れた技術を業績に結びつけられるのは「彼しかいない」と、野澤会長が惚れ込んだ人物である。(寶)
プロフィール
白石 晴久
(しらいし はるひさ)1950年9月28日、東京生まれ。同年、東京大学工学部卒業。74年、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。81年、米ハーバード大学経営大学院経営学修士(MBA)取得。85年、人事企画部。90年、経営企画室。96年、吉祥寺支店長。97年、業務開発部長。02年、みずほ銀行個人企画部長。04年、執行役員システム統合プロジェクト統括PT長。05年、常務取締役CIO。08年6月23日、富士ソフト社長就任。
会社紹介
独立系大手のSIer。今年6月、みずほ銀行前CIOの白石氏や日本IBM元常務の堀田一芙氏などを新たに迎え入れた新経営体制を発足させた。代表取締役が計6人の“集団指導体制”を構築。トップマネジメントの強化を図った。野澤宏代表取締役会長と白石社長は全体を統括し、他の代表取締役はグループ戦略や営業、組み込みなど重点分野を受け持つ。昨年度(2008年3月期)連結売上高は前年度比0.7%増の1707億円、経常利益は同21.2%減の77億円。“骨太の戦略”を打ち出すことで2011年3月期には連結売上高2000億円、経常利益124億円を目指す。