混沌とした国内ネットワーク機器市場。業界再編が加速するなか、NIer(ネットワークインテグレータ)の道をひたすら走るベンダーがいる。業界トップのネットワンシステムズだ。今年6月、シスコシステムズの役員を務めていた吉野孝行氏が社長に就任。同社がどのような成長を遂げるのか。また、国内市場の活性化を果たせるのか。「NI(ネットワークインテグレーション)には、可能性がある。あくまでもNIerを貫く」と断言する吉野氏に今後の戦略を聞いた。
佐相彰彦●取材/文 大星直輝●写真
成長率10%プラスα 自社の強みを生かす
──昨年度(2008年3月期)までは業績が厳しい状況にあったようですが、社長に就任されて不振を打破するための方向性は固まりましたか。
吉野 実質的には、昨年10月から当社に(顧問として)在籍していましたので、比較的長い期間、会社の方向性を探ることができました。そのなかで考えたプランは、定量的にいえば業績面で10%増、それにプラスαの成長ということです。「プラスαの成長」というのは、当社の成長だけでなく市場のパイを広げることを意味しています。
──業績アップの強化策として考えているプランは?
吉野 ネットワークを中心としたシステム構築に強い会社である特色を前面に打ち出して生かすことです。「クラウドコンピューティング」や「ユニファイドコミュニケーション」などに代表されるように、ユーザー企業がコンピュータシステムやネットワークインフラなどを意識せずに業務が行える時代に突入しつつあります。顧客企業に対して最適な環境を構築するのは、1社だけで実現できない。ベンダーの役割分担が欠かせません。それに、このような時代のなかでNIerの担当領域は、ネットワークインフラの構築だけでなくサーバーやストレージ、OSの管理などが広がっている状況でもあります。そんななかで、当社の役割とは何か。一般企業へのインフラ構築や遠隔監視、SaaSなどを提供するベンダーへのソリューション提供です。その核となるのが当社の「XOC(エキスパート・オペレーション・センター)」といえるでしょう。このセンターは、ネットワークインフラからサーバー/ストレージ、OSなどの管理を行っています。データセンターを所有し、課金方式でアプリケーションを提供するというビジネスを生業とするベンダーに対して、積極的にXOCを提案します。
──「プラスα」と表現された、市場のパイを広げる策についてはどのような考えを持っておられるのですか。
吉野 業界に特化したSIerとのパートナーシップですね。これまでソリューションを提供するという点では、SIerがプライマリーベンダーとなるケースが多かった。しかし、ネットワークインフラに対する絶対の信頼性が求められるなか、NIerの役割が大きくなっている。なかでも、特化した業界で新しいソリューションを提供するためには、ネットワークのノウハウを持つベンダーが提案していくことも重要になってきます。
実際、医療機関では社内業務を処理するネットワークと患者を診断するネットワークが別々だったのですが、これを連携できるようなインフラ構築を求めています。ほかにも例があって、ある発電所からは「中央管理センターだけが特殊なネットワークになっている。今後は顧客管理の連携も含めた統合的なネットワークインフラを構築したい」との要望が寄せられています。こうしたニーズをキャッチアップしてSIerと協業することによって、市場拡大につなげられると考えています。
ネットワーク機器を取り巻く環境は依然として厳しい。業界再編などは、米国の3─4年前と同程度の状況です。今後も淘汰は続き、極端な話を言えばNIerとして業界トップもしくは2位しか生き残れないといったことが起こる危険性がある。そのため、自社の強みを生かすことが成長を維持していくポイントだと捉えています。
サービス指向を徹底追求 コミュニケーション向上も
──成長するために必要なこととして、組織変更など社内体制の面で考えておられることはありますか。
吉野 体制については変えるつもりはありませんが、社内環境で絶対に変えなければならないことが2点あります。
一つは、プロダクト指向からサービス指向への移行です。製品というものは、3年もすればコモディティ(日用品)化するのが一般的。となれば、単に製品を売っているだけでは駄目。サービスを含めた展開が重要ということです。念のために言っておきますが、製品販売の事業を縮小するということではありませんよ(笑)。製品を拡販するために「サービス指向」を取り入れるということです。
──製品販売にサービスを含んだビジネスを手がけるための具体策は?
吉野 当社が考えているサービス指向を追求するための強化策として、社内コミュニケーションの向上が挙げられます。実は、二つ目として実行しなければならない点として「社内プロセスの変革」があるのですが、それとも重なります。つまり、顧客企業のために何を行えばいいのかを模索した際、社内で気安く話ができるような雰囲気をつくらなければならないと実感しているのです。
事業を手がけるには、組織や部門を設けたほうが効果が上がることが多いですよね。だけど、組織や部門は“壁”になってはならない。顧客にとって最適な製品を提供するためには社内の連携強化が必要なケースも少なくありません。そこで、気軽に話せる環境を築いて、顧客が何を求めているのかを話し合う。地道なことではありますが、顧客とのコミュニケーションを図るうえでも、社内の風通しのよさが最も重要なポイントなのです。
──しかし、これまでと同じ組織や部門では“壁”は取り払われない。
吉野 だからこそ、経営者がハンドリングしなければならない。実は、私を交えて社員とのコミュニケーション促進を意図したミーティングを1か月に1回のペースで定期的に実施しています。「RCTミーティング」と呼ぶもので、「R」が「リスペクト」、「C」が「コミュニケーション」、「T」が「チームワーク」という意味なのですが、10人程度の社員が集まって、「今、どんなことで困っているか」「商談をつなげたいのだが、決め手になるのは何か」などを気軽に話し合うのです。相手を尊敬し、相手のために自分はどのような力になれるか、といった思考法を改めて訓練してもらいたいとの考えで、7月から始めました。
──実施してみてどうですか。
吉野 第1回目は、参加した社員すべてが緊張していましたよ。「面倒くさい」と思った社員もいたかもしれませんね(苦笑)。しかし、最近のミーティングでは新しいアイデアが出てくるようになっています。ミーティングを実施するにあたり、社長の私自身が口頭やメールなどで「話を聞きたい」と触れ回ったことにより、参加した社員に対して次回参加の社員が「社長に何を聞かれたの」と尋ねるなど、気軽にコミュニケーションが図れる雰囲気が社内に出てきました。こうした行動の積み重ねが、社員間の意思疎通を円滑にすることにもつながっていると思います。
役員や経営会議などは以前から行っていたのですが、それだけでは社員の問題は払拭できない。そういった考えからも実施したのですが、予想以上にうまくいったと自負しています。そこで、今後は部長職を集めて社員の課題に対する解決策などを話し合ってもらうミーティングも計画しています。
──ところで、メーカーからインテグレータへの大きな転身をされましたね。しかも、ネットワンシステムズはシスコシステムズの有力な販社です。取引関係で、影響が出たりしないのですか。
吉野 当社がシスコシステムズの販売パートナーということで違和感はありませんし、私自身、逆に言いたいことを言えるようにもなったのではないでしょうか(笑)。当社は、まだまだ可能性を秘めています。社内強化を含め、ビジネス拡大に向けた取り組みを今後もますます進めていきますよ。
My favorite シスコシステムズを離れる際、部下たちが贈ってくれたS.T.デュポンのライター。上司だったのは3か月間ほどだった。「まさかプレゼントを用意してくれていると思わなかった」ので、嬉しさもひとしおだったそうだ
眼光紙背 ~取材を終えて~
長年の経験でネットワーク業界を知り尽くす人物が、国内大手のネットワークインテグレータであるネットワンシステムズのトップとして舵をとることになった。
前職のシスコシステムズでは、メーカーとしての立場で営業やマネージドサービスなどのビジネスを手がけ、「社長候補」と評されたほどの実力者。シスコシステムズがネットワンシステムズを高く評価していること、ネットワンシステムズの可能性を見据えて転身した。
何よりも「人」を重んじる。社員のモチベーションを高めることに余念がない。だからこそ、「コミュニケーション向上が社員一人ひとりの生産性を高めるのに重要なファクター」と強調する。今年度中間期は、業績が伸びている。今、会社に必要なことを熟知している。国内ネットワーク業界の活性化に向けても手腕を発揮するに違いない。(郁)
プロフィール
吉野 孝行
(よしの たかゆき)1951年2月14日生まれ。69年4月、日本電気エンジニアリング(現・NECフィールディング)に入社。東京エレクトロンデバイスや米フォアシステムズなどを経て、97年4月に日本シスコシステムズ(現・シスコシステムズ)入社。同社で、エンタープライズ営業統括本部長をはじめ、取締役常務執行役員としてパートナー営業やマネージドサービスなどを統括する。07年10月、ネットワンシステムズの顧問に就任。08年6月、代表取締役社長に就任。
会社紹介
業績悪化が原因で、SIerとの合併やSIerの傘下に収まるなどNIerの再編が続くなか、ネットワンシステムズは不振から一転、大幅な業績アップと好調だ。今年度(2009年3月期)の中間期は、売上高が623億円(前年同期比28.6%増)、営業利益34億円(62.5%増)、経常利益で36億円(65.0%増)、最終利益21億円(82.9%増)の見通し。
コンピュータとネットワークの融合ビジネスが進みつつあるなか、同社は「NIerとしての役割は大きい」(吉野社長)とみており、さらに成長していくために強みを再認識してビジネス拡大につなげようとしている。通期業績予想は、売上高1270億円(前年度比13.7%増)、営業利益57億円(19.4%増)、経常利益58億円(18.7%増)、最終利益33億円(32.9%増)を見込む。