家電量販店のプリンタ市場で快進撃を続けるブラザー販売は、「スモール・スペース」領域に軸を置き、SOHOの一般オフィス向け販売を拡大する。今年4月には、グループ会社の中・長期ビジョン達成に向けたトップマネジメント人事で、海外経験豊富な片山俊介氏が親会社から社長に就いた。片山社長は「場所的・人的投資を倍増する」と、早くも“攻め”の姿勢を鮮明に打ち出している。競合メーカーがひしめくプリンタ市場で、どんな戦略を立てていくのか注目される。
谷畑良胤(本紙編集長)●取材/文 大星直輝●写真
SOHO向けプリンタが軸 狙うは「ライト・ユース」
──競合のプリンタメーカーは、派手な広告を打って家電量販店を中心に拡販するブラザー販売の活発な動きを警戒しています。
片山 当社の市場での立ち位置はSOHOにあります。1980年代に米国が不況でレイオフが続いた時代、個人が起業し自宅で事業を開始したのがSOHOの始まり。90年代に入っても、こうしたSOHOは増え続けています。当社が描く国内SOHOの位置づけは「スモール・スペースを重視する場所」で、例えばチェーン店なども含めて定義しています。一般事務機器のようにヘビーにプリンタなどを使う環境ではなく、「ちょっと使う」環境にある「ライト・ユース」に重心を置いています。ですので、はっきり言って、競合メーカーはないですよ。
──とはいえ、他のメーカーはブラザー製の「小スペース」のカラーレーザー複合機などに対抗心を抱いています。全国展開するチェーン店などへの拡販は「大量販売」に結びつきますし、この市場に入ってきてほしくないのでしょう。
片山 どちらかというと、チェーン店などへの「大量販売」は、成功事例を横に展開するという程度です。これを積極展開するための人員を抱えていませんし、他のメーカーに比べて規模や体力が違います。基本的にはコンシューマと法人を攻めます。将来的にこの比率を1対1にしたいとは考えていますが、いまは8対2でコンシューマが主体です。
他社のように「ここだ!」といって攻める領域は特に限定していません。案件や店頭展開において他社とバッティングしますが、それは仕方がないでしょう。他社のようにラインアップが揃っていませんので、「スモール・スペース」を売りに消費者に選んでもらうことに重点を置いています。
──法人向けには07年8月、ブラザー工業初の自社開発カラーレーザープリンタ「ジャスティオ」を出しました。さらに、今年9月にはA4機にこだわってきたブラザー工業が同シリーズでA3機もリリースしました。この先は「攻め」に転じることになりますね。
片山 国内カラー市場は想定したほどには伸びていません。一般オフィスのカラー化のスピードが遅いと感じています。ただ、グループ会社(ブラザー工業)全体では、2012年度(2013年3月期)までの経営計画で、連結売上高の到達目標を1兆円に置いています。この目標のコアになるのがプリンティングの事業です。ブラザー販売が扱うグループ会社のコアとなる同事業の市場での立ち位置や位置取りは、2番手、3番手を目指すべきと考えています。
“情報のブラザー”の定着を 高速インクジェットも視野
──製品に関しては今年9月の新製品リリースで、ある程度の品揃えができました。次はその目標に向けて具体的にどう販売を伸ばしていくかですね。
片山 まずは、法人向けを伸ばすための人的投資と場所的投資を倍増させることを考えています。活動範囲としては、今のところ東京が多いのですが、地方においても拠点展開を計画しています。
元々、親会社のミシン販売で全国展開していました。地方に販売拠点をもっており、「ブラザー」のブランドは浸透しています。それをプリンティングを中心とした情報分野向けの内容にしていきます。ブラザー工業は今年で100周年ですが、新生会社になって情報分野を本格的に展開し始めてからはまだ10年。「ミシンの『ブラザー』は知っている」から「情報の『ブラザー』を知っている」というように認知を変えていきたい。
──場所的投資については分かりました。もう一つの人的投資はどうしますか。
片山 優秀な企画部門とセールススタッフを拡充し、重点分野を決めて動きます。幸いにして、他社が「目の上のたんこぶ」と、競合視されているA3機のカラーレーザープリンタは、品切れになるほど調子がいい。これをコアに人もかけて攻めたいと思います。
──「優秀な企画」をする人材とは。
片山 これは三つほどあります。一つは「商品企画」です。当社はメーカー販社ですから。二番目はサポートやバックオフィスを含めた「販売企画」です。三つ目としてロジスティクス(物流)や管理、CS(顧客満足)を高める部門も必要でしょう。売り上げが増えることを前提としています。
──地方展開については、いままでとどこが変わりますか。
片山 現在、全国に7事業所を抱えていますが、もう少し(地理的にも)細やかな動きが必要でしょう。ユーザー企業が必要としているサポート内容などを企画することになります。
──いまは量販店での販売が中心です。ブランド認知を上げるためにタレントの小林麻央さんを起用して、実際効果が出ていると思います。しかし、一般オフィスを攻めるとなると、それ以上の取り組みが求められます。
片山 私どもも、麻央ちゃんのCM展開などで認知度は上がると思いますが、それがすぐに一般オフィスに響くような効果が出るとは考えていません。
──麻央ちゃん効果で家庭向けのインクジェット複合機「マイミーオ」は売れても、「ジャスティオ」は売れないと。
片山 そうですね。
──一般オフィスへの拡販になりますと、事務機ディーラーを介した展開も考えられますね。
片山 私どもの製品は、まだラインアップが完結していません。他社から見て「目の上のたんこぶ」と捉えられている理由は、「高機能・低価格」だからだと思います。逆に、低価格であるが故に大手ディストリビュータにはあまり旨味がないかもしれません。それでも、当社のパートナーになっていただけるチャンスはあるでしょう。あくまで自社の実力の及ぶ範囲でベストを尽くします。
──完結していない部分の製品ラインアップの品揃えは、今後どうなりますか。
片山 まずエンジン系では、常に更新を繰り返します。ただ、プラットフォーム(基盤)まで変えるかどうかですね。私どもは、05年の「愛・地球博」(愛知万博)で、研究段階の高速プリンタヘッド(京セラと共同開発/A4換算で毎分約170枚)を搭載したインクジェット機を出展しました。これは、ちょっと、業務用途に向かう可能性があるのですが、進化するとそうなるということを明らかにしています。
──一般オフィス用途に応えるためには、多くのラインアップが必要です。改めて、他社からOEM(相手先ブランドによる生産)供給を受ける方法もありますが。
片山 当社がラインアップを自社完結するか、他社供給を受けるのかということですね。まだビジネス向けの事業部を設けて5年弱ですし、自社開発の「ジャスティオ」を立ち上げて1年です。これからまだまだ試行錯誤が続きます。いまのラインアップはSOHOの立ち位置で固めていますので…。
──目標年度に向け、製品をこう揃えて売上高をここまで引き上げると決めておられると思いますが。
片山 2012年度までにプリンティング事業は現在の5割増しにしたいと考えています。ただ、市場自体が伸びていないこともあって、いたずらに競争ばかり仕掛けるのではなく、当社が目指す「スモール・スペース」の領域で立ち位置を鮮明にしていきます。
──国内SOHO市場とはどの程度の規模で、どの程度のシェアをそこで稼ぎますか。
片山 事業所数は約600万。それが一つのベースになる。そこでNo・1になると言っています。
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眼光紙背 ~取材を終えて~
ブラザー工業グループが掲げた倍増計画となる中・長期ビジョンは、たやすく達成できるものではない。グループ内で最も大きな収益を叩き出すブラザー販売の責任は重い。しかし、片山俊介社長の話を聞くと、何となく達成できそう、という気になる。
競合メーカーは、家電量販店でシェアを伸ばす同社の存在を疎ましく思い始めた。片山社長は「他社とバッティングしない領域で戦う」というが、実際に他社のシェアを引き下げるまできている。
ブラザー製のプリンタは、高機能であり、特に低価格ながら「省スペース」であることが売り。競合が微妙にマネできない「すき間」で市場をつくっている。昨年には自社開発機を初めて出したことが、余計に他社を刺激する。
片山社長は「人間力」という言葉を好む。「人間力は数値で測れる」と譲らない。増員計画のなかでどう人を操るかに同社の将来がかかっている。(吾)
プロフィール
片山 俊介
(かたやま しゅんすけ)1953年4月16日、岡山県生まれ、55歳。76年3月、大阪外国語大学外国語学部ドイツ語学科卒業。同年4月にブラザー工業に入社。98年5月からは米国のブラザーインターナショナルコーポレーションへ出向。その後、04年6月からのブラザー工業のコンシューマ事業であるパーソナル・アンド・ホームカンパニーの執行役員プレジデントを経て、08年4月にブラザー販売の代表取締役社長に就任した。
会社紹介
ブラザー販売の前身は1941年7月、ブラザー工業が製造する製品の国内販売会社として設立した「ブラザーミシン販売」になる。83年には現在の「ブラザー販売」に商号を変更。そのあとに資本金や業容の拡大、株式上場などの変遷があって、99年4月にブラザー工業の100%子会社になった。03年4月にはブラザー工業の産業機器事業の営業を統合(業務移管)している。ブラザー工業グループ全体では、2012年度(13年3月期)を最終年度とした中長期ビジョン「Global Vision21」で、07年度(08年3月期)比で2倍の売上高になる1兆円、営業利益1000億円を目指している。