2008年後半から顕在化した景気後退がIT産業界にもその影を落とし始めている。富士通も例外ではなく、通期見通しの下方修正を余儀なくされた。だが、2008年6月にトップに就いた野副州旦社長は意に介さない。「ピンチはチャンス。今こそ強くなる仕掛けを」と語る言葉に力がこもる。グローバルビジネス強化に向けて08年後半には大きな決断も行った。世界同時不況のなか、富士通はあくまで攻めの姿勢を貫く。
谷畑良胤(本紙編集長)●聞き手 木村剛士●文 大星直輝●写真
製販一体が富士通の“強み” FSC完全子会社化は必然
──2008年の大きな決断として、富士通シーメンス・コンピューターズ(FSC)の完全子会社化があったと思います。売り上げよりも利益を重視し、ハードウェアよりもソフト・サービス事業に傾注している印象が強いなか、少し意外な気がしました。
野副 富士通が強くなるための一つの要素として製販一体があります。製品はなるべく自前で開発するということ。FSCはIAサーバーを開発しています。これまで富士通はIAサーバーのビジネスで、50%出資しているとはいえ別会社が作ったものを調達して、それを販売していたわけです。ゆえに、作られたものをどう売るかを考えていた。それではダメ。売れるものをどう作るかが求められています。そのために、完全子会社化して体制と仕組みを作る必要があったんです。
販売パートナーに対する支援という意味でも重要です。より多くのお客さんにプロダクトを届けるためにはチャネルの力が欠かせません。完全子会社化するのは09年の4月1日ですが、それまでに日本の販社さんたちが売りたいと思わせるモデルをどうやって作るか考えている最中です。
また、海外展開を加速させるうえでもFSCはとても重要な会社で、私はこの完全子会社化をグローバル化に向けた第一歩とも思っています。プロダクトベースのグローバルビジネスを加速させる戦略的拠点になります。その意味でも100%出資にする必要があったんです。
──利益を獲得しにくい時代になってもハードは欠かせないし、自社開発にもこだわる必要がある。ハード製品をラインアップとして持つことは必須だ、と。
野副 ソフト・サービス事業で収益をあげられるのは、あくまでプロダクトがあってこそ。自前のプロダクトをできる限り多く用意し、その上にソフト・サービスを乗せた形でお客さんに提供する。富士通が重視しているのは、ハードもソフトもサービスも含めたトータルソリューションなんです。
逆に、トータル提案ができなければ、成長し変化するユーザーさんに最適なソリューションを提供し続けることなんてできませんよ。ユーザーさんの個々のビジネス状況に応じて課題を見つけ出し、それをITを活用して解決へと導く力。それが富士通の強みです。プロダクトなしにサービスだけで商売するのは、富士通が標榜するビジネスモデルではありません。
──顧客の課題を解決することが富士通の仕事であれば、ITだけがビジネス領域とは限らないわけですね。
野副 ユーザーさんによって、解決手段は違うでしょう。ITの導入かもしれないし、業務のアウトソーシングかもしれない。だから、富士通は業務に改革をもたらす「ビジネスソリューション」の提供を掲げ、「フィールドイノベーション」を起こそうとしているのです。
フィールドイノベーションとは、業務プロセスとそれに関わる人、そしてITを「見える化」することで課題を見つけ出し改善して、ユーザーさんのビジネスに革新(イノベーション)をもたらす取り組みです。それを推進するのが「フィールドイノベータ」と呼ばれる人材。
フィールドイノベータは、ユーザーの業務プロセスまで踏み込んで、課題を抽出し改善を図る専門要員です。07年10月の段階で151人在籍し、08年10月には第二陣として167人をピックアップしました。富士通に15年ほど勤務している全国の部課長レベルが大半で、ノウハウを身に付けている最中です。
フィールドイノベーションで重視しているのが、富士通自身の取り組みもリファレンス(参照)モデルとしてお客さんに示すこと。例えば、ユーザー企業にSAP製品を提案するために、富士通はSAP製品で受発注システムを数か月、何十億円もかけて構築しました。内部統制構築や「J─SOX法」でいかにITを活用したか。富士通がどのようなチームをつくり具体的にどんな策を打ったか、そのノウハウも該当します。そんな体験談をお話するのもフィールドイノベータの役割です。
言葉で「コレがいい、アレにしましょう」では、説得なんてできません。だから、富士通が自ら経験した体験談をユーザーさんに示して納得してもらうんです。
──フィールドイノベータは確かにとてもユニークです。スタートして約1年が経ち、そろそろ費用対効果を求められる頃かと思いますが。
野副 まだそのようなことを見定める時期ではないでしょう。仕事を受注するときは、複数の人材が組み合わさったチーム力ですから、フィールドイノベータが入ったことでどの程度売り上げが上がり、利益が上がったのかはまだ定かではありません。ただ、今後検証していかなければなりませんね。
グローバルビジネスを重視 SaaSは“仕込み”の段階
──09年は中期経営計画の最終年度。どんな年にしますか。
野副 黒川(博昭前社長)さんが掲げた中計では営業利益率5%と、グローバルビジネス40%以上という目標があります。先に述べたFSCの経営が大きな意味を持つ。プロダクトベースのグローバルビジネスを構築する最初の年になりますので、まずは今年度、周到に準備しておきます。
グローバル企業として生き残るためには、営業利益率は最低でも5%はないとダメ。達成したら、さらに上昇させるためにどうすればいいか、策を練ります。
──SaaSの展望については現時点でどんな認識を持っていますか?
野副 富士通が持っているユーザーが、すべてSaaSの世界に入るとは当然考えられませんよね。ミッションクリティカルな分野は、プロダクトがあってSIがあり、運用サービスも付く。そのマーケットは今後も確実にある。
SaaSは現段階では、具体的なイメージがあるわけではないと思っています。将来あるべきサービスの提供方法を予測したようなものですよね。実際のビジネスにつなげるには、もう少し時間がかかるでしょう。SaaSに対する09年の富士通の取り組みとしては、仕込みの時期となります。ただ、SaaSが最適と言われる中堅・中小企業には富士通が持っているアプリやパッケージを乗せて提供しても重たすぎる。この分野ではパートナーの力が欠かせないでしょうね。
──景気後退の影響がIT産業界にも出ています。野副さんはどうみていますか?
野副 字を書くために鉛筆を持つのと一緒で、仕事や生活するのにITはもはや欠かせない存在なのは間違いない。投資に見合った効果が出ているか、過剰な投資はしていないかという疑問はあるかもしれませんが。
人を使わず、ITに任せれば効率が上がる部分は絶対にある。景気が悪いからこそ生まれるIT需要だって必ずあるはずです。景気は良い時と悪い時が循環しますから、良くなった時に備えた準備をいかに今できるかという観点もある。
「常に今がベスト!」と考える性格ですからね。「ピンチはチャンス」と思えば、今をネガティブに考えることなんて全然ありませんよ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
5年、10年経った後のIT市場はどうなっているのか。コンピュータメーカーの未来像はどんな姿か。記者はそんな疑問を胸に秘めながら、野州社長が語る一つ一つの言葉に耳を傾けていった。
「お客さんの課題を解決するには、場合によってはITかもしれないし、そうじゃない場合もあるかもしれない」。この言葉に方向性を感じた。
IT導入は、課題を解決するためのツールにしかすぎず、あくまで手段である。目的ではない。フィールドイノベータ活動などを通じて、富士通はそんな当たり前のことに正面から向き合っているように感じる。自らリファレンスモデルを示せるベンダーが、一体どれほどいるのだろうか……。
本紙は2008年の新春号でも富士通のトップに話を伺い、前社長の黒川博昭氏の戦略を掲載した。その時のインタビューで印象に残ったのは富士通のビジネスモデルは「IT+α」であるということ。1年が過ぎ、αを重視する姿勢は確実に強まっているように感じた。(鈎)
プロフィール
野副 州旦
(のぞえ くにあき)1947年7月13日、福岡県生まれ。71年3月、早稲田大学第一政治経済学部経済学科卒業。同年4月、富士通入社。01年、政策推進本部長。02年、執行役(兼)ビジネス開発室長。03年、経営執行役(兼)ソフト・サービス事業推進本部長。05年10月、経営執行役常務(兼)ソリューションビジネスサポートグループ副グループ長(兼)マーケティング本部長(兼)ビジネスマネジメント本部長。07年、経営執行役上席常務(兼)ソリューションビジネスサポートグループ長(兼)マーケティング本部長。08年6月、代表取締役社長に就任。