ミッションクリティカルに参入
──ミッションクリティカル領域で製品を提供していくための売る仕組みは考えていますか。
粟倉 実は、大規模案件を手がけられるSIerさんとパートナーシップを深めていきたいと考えているんです。実際、話を持ち込んだところ、パートナーシップを組むために「FBA」のメンバーになるケースも出てきています。SIerさんにぜひとも当社のパートナーになっていただき、ミッションクリティカル領域で需要を掘り起こすためのパートナーシップを深めていきたい。「FBA」の数は55社以上に達していますが、今の数で十分と言い切れません。急激に増やそうとは考えていませんが、SIerさんとのパートナーシップを組むことを踏まえ、じっくりと増やしていきます。また、数十人規模のユーザー企業向けにビジネスを手がける既存FBAとのパートナーシップについても、もちろん深めていきます。
──そうなってくると、既存FBAとパートナーとして獲得したいSIerとの棲み分けが必要ですね。支援制度などを区分したりはしないのですか。
粟倉 FBAはワールドワイド共通のパートナー支援制度ですので、日本独自にプログラムを策定することはしません。ただし、FBAの強化は行いました。
──具体的には?
粟倉 今年6月から「SBA(ソリューション・バンドル・アグリーメント)」という制度を開始しました。これは、当社の製品を活用して独自に製品・サービスを開発するベンダーに対して割引プログラムを提供するというものです。また今年3月には、販売面でリセラーなどに対して販売代理店権を与える制度も設けました。このような制度の強化策によって、パートナーのすべてがメリットを享受できるよう図っています。
──ディストリビュータとのパートナーシップについては?
粟倉 もちろん考えています。今年2月に大手ディストリビュータさんと1次代理店の販売契約を結びました。ですので、今後はディストリビュータさんとの協業を強化する策も模索していきます。FBAに加入してもらうか、もしくは当社の営業担当者が支援するなどといったことを詰めていきます。
──組織など、社内的に強化した点はありますか。
粟倉 ユーザー企業の領域を広げるため、今年2月にハイタッチ営業を手がける直販部隊を組織化しました。これは、既存のユーザー企業や、ユーザーとなり得る企業の声を収集するためです。
──これによって、業績面でどのくらい成長を見込んでいますか。
粟倉 すぐに効果が出てくるとはみていませんが、確実に右肩上がりになることは間違いありません。少なくとも、今後3年間で、現状より20~30%増のビジネス規模になることを見込んでいます。
──ビジネスモデルの強化によって、競合関係は変わってくるのですか。
粟倉 これまではマイクロソフトさんが競合とよくいわれていましたが、当社の製品を開発ツールと考えれば、むしろ今後は共存の関係になるのではないでしょうか。ビジネスモデルの改善は、競合を意識した差別化策ではない。あくまでも、当社が次のステップを踏むための手段と考えています。
──SaaSやPaaSなど、最近ではサービス型ビジネスモデルが盛り上がりつつあります。どうみていますか。
粟倉 先ほどから当社の製品を開発ツールと申し上げているのは、実はSaaSなど将来的に台頭してくる「クラウド」時代も見据えているんです。今はまだその時代ではないので、早急にビジネスとして確立することを計画しているわけではありませんが、普及に伴って本格化することを視野に入れています。その時がくれば、当社の開発ツールが大いに貢献するのではないでしょうか。
眼光紙背 ~取材を終えて~
大学卒業後に入社した浜松ホトニクスで、海外拠点を含めた全社的なCRM/SFAシステムを構築する際、DBソフトとしてファイルメーカーを導入したという。だから、ファイルメーカーに入社する前から、ユーザーとして使い勝手を知っていた。入社後は、社長としてビジネス拡大の可能性を見出している。「次のステージに挑戦できる」と実感。SIerをパートナーとして確保するために各地域でのイベント開催にも力を注ぐようになった。「FileMaker Road Show」と称したイベントも東京、大阪、名古屋、福岡で実施した。
経歴をみると、日本テレロジックの代表取締役としてソフトウェア開発ツールの販売で事業拡大を図ったほか、アボセントジャパンの代表取締役として、ハードメーカーからソフトウェアメーカーへの舵切りを行った実績をもつ。会社を変革させることに長けている人物という像が浮かんでくる。(郁)
プロフィール
粟倉 豊
(あわくら ゆたか)1960年2月、静岡県生まれ。82年3月、早稲田大学商学部卒業後、浜松ホトニクスに入社。87年、ドイツに駐在し、欧州各国の現地法人設立に携わったほか、セールスマネジメント業務に従事する。00年、日本テレロジックの代表取締役に就任。07年、アボセントジャパンの代表取締役に就任。09年2月、ファイルメーカーの代表取締役社長に就任、現在に至る。
会社紹介
ファイルメーカーのDBソフトは、デザイン事務所などクリエイティブ関連でユーザー企業を多く獲得してきた。数人規模が導入しているケースが多く、これまでは小規模企業がメインターゲットだった。ただ、最近は大企業の1部門に提供するケースも出てきている。そこで、粟倉社長の下で、大規模案件を獲得する戦略を打ち立てるようになった。