セールスフォースを大人にすることが使命
──今のポジションでのゴールは何ですか。 小出 セールスフォースの日本法人を大人にすることです。セールスフォースは設立から約15年、猛スピードで成長してきました。たとえるなら、日に日に身長が伸びる小学生のように。この比喩でいえば、今の段階は大学生。これから、成熟した大人になるためのステップアップが必要です。それをリードするのが私の役割であり、ゴールだと思ってください。
お客様に対してイノベーションを提供し、高い満足感を得てもらう。スタッフにはセールスフォースで働く喜びや、やりがいを感じてもらう。そして、社会に貢献して認めてもらう。そんな企業にすることが私のゴールです。
就任会見で、目標を年商1000億円、従業員数2000人と伝えたのは、持続的に成長し、社会に貢献していくということをわかりやすく伝えるため。最終的なゴールは、数字ではありません。
──セールスフォースは、他の大手外資系ITベンダーに比べてまだ若い。組織として未成熟な企業が急成長すると、DNAの異なる人材が大量に入って、会社内の統率がきかなくなるという話をよく聞きます。セールスフォースは、どうですか。 小出 確かに急成長したことで、スタッフが一気に増えています。新しく入社するメンバーはすべて中途採用。育ってきた環境が違い、DNAも異なるでしょう。ただ、入社するほとんどの人は、セールスフォースのパイオニア精神が好きで、イノベーションを起こしたいという気持ちは共通している。それが「One Salesforce」をつくっています。そんな集団のなかに、DNAが異なるメンバーがいるのはむしろプラス。さまざまな個性が融合してこそ、イノベーションが起きますから。ここをうまく組み合わせるのが、私の使命です。
──複数の企業を吸収してきた日本HPの社長経験が生きますね(笑)。 小出 まさにそう。日本HPには買収する側、買収される側どちらの人もいて、最初はみんなのベクトルが合っていない。それをまとめてきた経験は生きると思います。
パイオニア精神とイノベーティブな発想を大切に
──2015年が始まりました。IT業界にとってどのような年になり、セールスフォースはどんな年にしますか。 小出 2014年のIT産業は、いろいろな特需がありましたよね。Windows XPのサポート切れや消費増税、Windows Server 2003のリプレース。それがあって、活況だったと思います。ただ、こうしたイレギュラー要素を除けば、日本のIT産業はほぼフラットか微減でしょう。たぶん、この傾向は続きます。だとしたら、今のマーケット、今の製品やサービスから抜け出し、新しい需要を創造する必要があります。既存の技術や商品で「お客様の課題を解決します」という「ソリューション」は、もう古い。これから必要になるもの、ソリューションの次に追い求めるのはイノベーションです。
IT産業の過去を振り返ると、コンピュータやネットワークが企業に入り、その後に個人へと広がりました。今後、一気にITが広がる領域は社会インフラでしょう。このマーケットに対し、クラウドとモバイルの領域で他社を圧倒するイノベーティブな提案を推進します。
それと、もう一つのチャレンジが、2014年からの継続強化施策ですが、パートナーとの強固なエコシステム形成。セールスフォースは、直販だけというイメージをもたれがちです。事実は違っていて、全国各地でISVやSIerとの連携を進めています。日本の商流を考えればパートナーの力は必要不可欠。2015年はますます協業関係を広く深くしたい。私たちのクラウドを有効活用してもらうイノベーティブなパートナーともっと密に連携していきます。

‘新しいマーケットをつくり出す最もイノベーティブな企業で挑戦してみたかったんです。’<“KEY PERSON”の愛用品>本当の愛用品は万年筆だけど…… 「モバイルとクラウドでイノベーションを提供している会社のトップという立場上、これでしょ」と用意してくれたのがスマートデバイス。宣伝を考えなかったら、コレクションが10本ほどあるという万年筆を選んでいたはず。
眼光紙背 ~取材を終えて~
小出さんのインタビューで何度も出てきたイノベーションという言葉。小出さんだけでなく、多くの企業や経営者はこの言葉をキーワードとして好んで使うので、どことなくアレルギーがあって、あまり好きではなかった。
「セールスフォースは、チャレンジ精神が旺盛で、まずやってみる。ダメだったら、すぐに見直してまたトライする。このサイクルが驚くほど速い。イノベーションなんて、そう簡単には起きませんよ。どれだけ失敗するか、失敗を許容する文化があるかどうかが、イノベーションの源泉。それがDNAになっているのが、セールスフォースの強みなんです」。セールスフォース日本法人のスタッフの言葉である。これを聞いて少しアレルギーが消えた。
今、最もイノベーティブといわれる企業を支えているのは、チャレンジを歓迎する環境、失敗を許す文化なのだろう。どれだけ“失敗できたか(挑戦してきたか)”を数えるくらいの気概が、経済成長の期待が高まる今こそ、どの企業にも必要ではないか。(鈎)
プロフィール
小出 伸一
小出 伸一(こいで しんいち)
1958年10月1日、福島県生まれ。81年3月、青山学院大学経済学部経済学科卒業。同年4月、日本IBM入社。98年、社長補佐。99年2月、米IBM出向。コーポレートストラテジーを担当。同年12月、日本IBMに戻り経営企画・社長室担当。2001年、理事。02年、取締役。05年、日本テレコム(現・ソフトバンクテレコム)に移籍。常務執行役営業統括オペレーション担当。06年6月、取締役副社長営業統括。同年10月、代表取締役副社長COO。07年12月、日本ヒューレット・パッカード(日本HP)に移り、代表取締役社長執行役員。14年4月、セールスフォース・ドットコムの代表取締役会長兼CEOに就いた。
会社紹介
米セールスフォース・ドットコムの日本法人として2000年に設立。資本金は4億円。米本社は1999年設立で、2004年にニューヨーク証券取引所に上場した。昨年度(2014年1月期)の売上高は前年度比33%増の40億7000万ドル。米経済誌「Forbes」が選ぶ「World’s Most Innovative Company」(世界で最も革新的な企業)で4年連続No.1を獲得。クラウド型のCRMで急成長し、その後、データ分析やコミュニティツール、PaaSなどに進出。業容を一気に拡大している。