黒字化は容易だが、今は先行投資の時期
──マネーフォワードは、会計のほかに請求書管理ソフトも提供されていますし、給与計算のβ版もリリースされました。一方で、おっしゃるように、さまざまなクラウドサービスとデータ連携を進めておられますが、なかには自社の商材と競合するものもありますよね。 辻 それは全然構わないと思っています。基本的には、そこはユーザーが選択すればいいし、囲い込みというのは考え方が古い。MFクラウドはオープンにAPIを出して、ユーザーが使いたいところだけ使ってもらっても、さまざまなサービスと連携してもらうことで価値が高まると考えています。新しい時代の便利なソフトって、そうあるべきだと思いますよ。有機的にいろいろなものがつながっていくからこそ、便利さが指数関数的に向上していく。
ただ、クラウドサービスは玉石混淆であることも事実です。単価が安いから簡単に代理店が扱うわけにもいかない。結局、いいサービスをクチコミで広げていくことが一番大事で、僕たちがいいと思うサービスを集めたユーザー向けの啓発イベントを4月に開きます。700~1000人は集める予定です。
──資金調達も積極的にされています。昨年末には総額15億円の第三者割当増資に合意され、資本金は約22億円になりました。株式公開のタイミングは? 辻 そこはまさに経営戦略のポイントですから、具体的なことは言えません。上場をきちんとして、ステークホルダーにお返しするというのは大前提ですけれども。
今回は、既存株主であるジャフコのほか、新たにクレディセゾン、ソースネクストの2社、さらに、三井住友海上キャピタル、電通デジタル・ホールディングス、GMO VenturePartnersというベンチャーキャピタル(VC)3社の投資事業有限責任組合が株主になってくれました。大きいのは、投資専門会社ではなく、事業会社や事業会社が運営するVCが資金を入れてくれたことです。カード業界、広告業界、インターネットインフラ、決済、ソフト開発・販売のそうそうたるリーディングカンパニーが事業のシナジーを認めてくれて、オールジャパン的な提携をしてくれた。それは経営者として素直にうれしいですね。
──当面の目標をお聞かせください。 辻 黒字化しようと思えばすぐにでもできる状況ですが、まだまだ未開拓の大きなマーケットがあるので、R&Dを中心に先行投資を積極的にする段階だと考えています。
最終的には、会計、請求書、給与など業務ソフト市場で日本のNo.1になりたいのは確かなんですが、こういうサービスの本質的な価値というのは、シェアじゃなくて、ユーザーの満足度なんですよね。そこを突き詰めれば、シェアは結果として自然についてくるはずです。まずは、市場のクラウド化率を早く50%にもっていきたいですね。

‘カード業界、広告業界、インターネットインフラ、決済、ソフト開発・販売のそうそうたるリーディングカンパニーが事業のシナジーを認めてくれて、オールジャパン的な提携をしてくれた。’<“KEY PERSON”の愛用品>思考を深めるときはアナログツール 「クラウド、クラウドと言っているが、個人的には思考を深めるときはアナログツールが一番」と笑みを見せる。大きめのノートと、書き心地が気に入っているパイロットのボールペンのセットは、「思考に没頭できる大切なツール」として手放さない。
眼光紙背 ~取材を終えて~
マネーフォワードが「1年間で12万社のユーザー獲得」と発表した翌月の今年2月、今度はfreeeが「登録事業所が20万社を突破」と発表した。クラウド業務ソフト市場をけん引し、ユーザーに比較されることも多い両社の熾烈な駆け引きを垣間見た気がして、興味深い。ただし、辻社長には昨年夏も取材を受けていただいたが、そのときに比べて、freeeへの対抗心は薄れたのではないかという印象を受けた。以前の取材では、freeeがサービス開始当初から「5年で100万事業所の獲得」を目標に掲げていたのに対して、辻社長は「5年で150万ユーザーを獲得し、クラウド会計でNo.1になりたい」と話していた。しかし、今回の取材では、そうした具体的な数字には言及しなかった。クラウド業務ソフトの世界も、棲み分けが進みつつある。
今、追いかける対象は、むしろ弥生だ。110万ユーザーを抱え、圧倒的なシェアを誇る王者に対して、辻社長は「象とアリのようなもの」と謙遜するが、MFクラウドが、これまでの業務ソフトとはまったく違うレベルのスピードで成長していることも事実。寡占化していた業務ソフト市場は、激しく動いている。(霞)
プロフィール
辻 庸介
辻 庸介(つじ ようすけ)
1976年、大阪府生まれ。2001年、京都大学農学部を卒業後、ソニーに入社。本社経理部で、AIBO(アイボ)などの部門経理を担当。04年にマネックス証券に出向、後に転籍。09年、ペンシルバニア大学ウォートン校に留学。帰国後、COO補佐、マーケティング部長を歴任。12年12月にマネーフォワードに参画し、代表取締役社長CEOに就任。現在はマネックスベンチャーズ投資委員会委員も務める。14年1月、「将来を担う起業家」として米国大使館賞を受賞。同年2月、ジャパンベンチャーアワード2014にて「起業を目指す者の模範」としてJVA審査委員長賞受賞。
会社紹介
2012年5月設立。急成長中のクラウド業務ソフトベンダー。会計、確定申告、請求書管理、給与計算(β版)の各クラウドソフトのほか、コンシューマ向けに家計簿アプリ(有料サービスもラインアップ)も提供。法人ユーザーは2015年1月現在で12万社。家計簿アプリの登録ユーザーも200万人を超え、売上高は法人向け商材と同規模。昨年12月に15億円の資金調達を行い、資本金は約22億円。