今でも心は「マイコン少年」
──ところで、高田先生は、外出するときも常に開発用マイコンボードを持ち歩いておられるとのことですが(26面のKeypersonの愛用品参照)、組み込みソフトの魅力について教えてください。 そうですね、命令(コマンド)一つずつ、すべて自分の手の内にあるところでしょうか。さすがにプロセッサ(CPU)の中身まではわかりませんが、少なくともソースコードは1行たりとも不明なところはない。自分の命令に確実に応えてくれるところが好きですね。一般のアプリケーションソフトは抽象化がすごく進んでしまって、中身がよくわからなくなってしまっているところが、組み込みソフトとの大きな違いです。
振り返れば、中学校に入ってNECのマイコン「TK-80」を手にした感動はいまだに忘れられません。メモリが512バイトで、拡張しても1キロバイト程度のものでしたが、中学時代はずっとマイコンを組み立てていた、いわゆる「第二世代」のマイコン少年。マイコン熱は成長しても衰えることがなく、大学院で、ついに国産OSとして有名な「TRON(トロン)」を開発した坂村健先生の研究室で学ぶ機会を得ました。
──それで世間では高田先生のことを「坂村先生のお弟子さん」と呼ぶ人がいるわけですね。 坂村研を出た後は、豊橋技術科学大学に移り、組み込み用の「ITRON」開発の研究に従事し、のちに開発コミュニティ「TOPPERS(トッパーズ)プロジェクト」の立ち上げにつなげました。時間管理がしっかりできるリアルタイムOSですので、自動車や情報機器、航空宇宙などの組み込み用OSとして、多くの製品に採用されています。
ITRONは公開しており、「自社製品に採用したら教えてください」とお願いしているのですが、実際には教えてくれなかったり、教えてもらっても「企業秘密にしたいから採用の事実を公開しないでくれ」と言われたり、まちまちです。有名どころでは宇宙航空研究開発機構(JAXA)のロケットの誘導制御計算モジュールなど、いくつかの重要な計算機で、ITRONは活躍していますよ。
“三段構え”の研究開発体制
──つまり、TOPPERSでの活動が、今のAUTOSAR開発につながったのでしょうか。 自動車向けに特化したプラットフォーム(OS)の話がきたのは、2003年に名古屋大学に来たときですね。自動車産業が盛んな土地柄ですので、AUTOSARの前身のOSEK(オーゼック)の研究をしてほしいとの依頼が増えたのです。その流れでOSEKの研究開発を経て、今のAUTOSAR開発につながるのですが、学内だけで閉じていては広がりがない。
そこで私は、TOPPERSを組み込みソフトやITRON、AUTOSARなどに関心のある方が、広く参加できる開発コミュニティと位置づける一方で、名古屋大学が中心となって運営しているAP(オートモーティブ・プラットフォーム)コンソーシアムをもう少し深く研究できるコミュニティと位置づけるようにしています。
TOPPERSは100社規模の方々が、ほぼ手弁当で参加してもらっているのですが、APコンソーシアムは数百万円程度の費用と人的なご協力をいただくイメージです。ここまでは、あくまでも研究活動の延長線上なのですが、もっと踏み込んで事業化までしたい方々と一緒に運営しているのが株式会社形式のAPTJなのです。APTJは出資をいただくかたちで、すでに10億円の資金を募りました。最終的には20億円ほど確保したい。TOPPERS、APコンソーシアム、APTJの三段構えでさまざまな会社に参加してもらい、研究開発や人材育成、そして事業化へとつなげていく仕組みをつくるとともに、これまで培ってきたITRONの知見もAUTOSAR開発に存分に役立てています。
──AUTOSARは制御に特化した現行のクラッシック版に加えて、来年以降、先進運転支援システム(ADAS)や自動運転を視野に入れたアダプティブ版の規格化が進んでいると聞きます。どのように対応しますか。 APTJでは、まずは現行のクラッシック版を完成させ、収益化につなげることを優先します。アダプティブ版は名古屋大学のAPコンソーシアムで研究してもいいですし、ADASや自動運転全般にわたって、もっと幅広い研究をしてもいいと思っています。折しも17年4月をめどに名古屋大学に「情報学部」を新設する予定ですので、AI(人工知能)領域も含めて、より突っ込んだ研究ができる環境が整うはずです。
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