国産データセンターサービス事業者のパイオニアかつ代表格であるさくらインターネットは、近年、働き方改革の先進企業としての側面もみせている。田中邦裕社長が考える働き方改革は、単なるコンプライアンス対策にあらず。ITインフラサービスの市場を勝ち抜くための重要かつ戦略的な投資なのだ。
残業時間を短くして社員の給与を上げた
──近年、さくらインターネットは働き方改革の先進企業として注目されていますね。
われわれの基本的な考え方は、社員に働きやすさを提供しつつも、働きがいを感じてほしいということなんです。そのためには社員にも余裕が必要です。給与水準を上げていくとか、残業時間を短くしていくとか、必要な部署に必要なだけ人員をしっかり確保していくとか、そういったことを2年ほど前に約束して、実践してきました。結果として、ひと月あたりの平均残業時間は7時間を切るほど短くなりました。
──「働き方改革」は、IT業界で今年一番流行した言葉かもしれません。
働き方改革という言葉にはちょっと懐疑的な部分もあって、なぜ一律、強制的に早く帰らせるみたいなやり方になってしまうのだろうと。そもそも、私自身は制度より風土が重要だと思っています。当社はもともとそこまで長時間労働する会社ではなかったですけれども、あらためてさくらインターネットの働き方を定義して、働きやすい環境に変えていこうとさまざまな制度(業務が終われば定時30分前に退社OK、10分単位で勤務時間をスライドできるフレックスなど)を明確化して、「さぶりこ」(Sakura Business and Life Co-Creationの頭文字の集合)という名前をつけました。普通はスローガンができて、制度がつくられて、実際に現場に落とされるという順番だと思いますが、当社の場合は現場の働き方を見直して、制度の前に風土を変えていこうという取り組みをしたので、比較的短いスパンで、ほかの会社からも評価をいただけるくらいには働きやすくなったのかなと思います。
──残業時間を短くして給与を上げるというのは、経営者にとってかなり厳しいことでは?
もともと当社のビジネスは固定費は多いですが、人海戦術の労働集約型ではないので、社員の労働時間と売上高にそれほど相関関係はないという感覚が昔からありました。だから、今回のように思い切って残業を短くしていこうとか、給与水準を上げていこうということが、やりやすかったんだろうとは思います。
社員数は2倍、売上高も二桁成長
──しかし、とくに給与の引き上げには原資も必要ですよね。
利益を圧迫することになりますから、苦しいことは苦しいですよ。ただ、利益が一時的に伸び悩んだとしても、その先に、たくさん人が採用できるようになるとか、採用できる人材の質が上がっていくとか、あとは生産性が改善していくとか、大きなメリットがあると思っているんです。つまりこれは、会社を成長させていくための投資なんです。やはり、根本的には人材を継続的に増やしていかないと会社は成長しませんし、そのためには働きやすさが絶対に必要です。
3年くらい前に成長戦略を描いているときに、将来に向けて売り上げと利益が拡大するようにどこかで変えていかないと厳しいなと思ったんですね。そこで、一旦足踏みをしても、まずは先行投資しようという決断をしました。2015年に東証一部に指定替えしたことで自由度が上がった部分が大きくて、それを活用したいという気持ちもありましたし、健全に成長していきたいという思いがあらためて出てきました。
──経営のスタンスがそこで変わった?
以前は社員をしっかり管理していくという観点が大きなウエイトを占めていましたが、結果的に、いまは社員をいかに信頼するかということ、またいかにルールではなく自律性によって会社が維持されるようにするかを注視するようになりましたね。社員にもそれは伝えています。
──さくら流働き方改革の成果は出ていますか。
働き方改革を考え始めた当時は200人くらいだった社員が、いまでは倍になりましたし、それも本当にすばらしい人材が獲得できているんです。働き方改革に対して、企業の成長に向けたチャレンジとして経営側も取り組みました。売上高も、二桁成長は実際にできています。これだけ世の中のサーバー需要、クラウド需要、AIインフラ需要が増えていますから、本来はもっと伸びてもいいとは思っていますけれどもね。
私は、従業員がやる気になることと、お客様の満足度が向上すること、そして会社としての収益成長力が高まるという三点には明確な相関関係があると思っていて、それを市場に示していきたいんです。働きやすさを確保しても収益は上がらないと思っている経営者は本当に世の中に多くて、そんなことは理想論じゃないのといわれがちなんですが、われわれのほうが正しかったと証明したいですね。
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