日本IBMでエンタープライズIT市場のトップエンジニアとして日の当たる道を歩いてきた榊原彰氏が、日本マイクロソフトのCTOに就任してから2年が経った。今年2月からは開発会社であるマイクロソフト ディベロップメントの社長も兼務し、マイクロソフトの製品・テクノロジーを日本市場に浸透させるためにより幅広いフィールドで手腕を振るう。IBM一筋だった榊原氏からみた、マイクロソフトの強さとは――。
マイクロソフトへの好奇心が移籍を後押し
──まずは日本マイクロソフトのCTOとしてのお話からうかがいます。就任から2年が経ちましたが、日本IBMで30年のキャリアを積まれた榊原さんがマイクロソフトにジョインした理由は端的になんだったのでしょうか。
近年のマイクロソフトは自分たちのビジネスのトランスフォーメーションを進めていて、それを外からみていて楽しそうだなと思ったのが一番大きいですね。日本マイクロソフトのCTOとして誘ってもらって、最初はお断りしていたんですが、好奇心が勝った。とくにサティア・ナデラがCEOになってからのマイクロソフトにはすごく魅力を感じていました。
──具体的には?
オープンなエコシステムを志向する方向に舵を切ったのは大きなポイントでしょう。
──IBMは窮屈でしたか。
いやいや(笑)。違う特色があるというだけです。30年同じ文化のなかで働きましたから、そろそろ違う世界を経験したいとも思っていました。
IBMというのは、SIあり、アウトソーシングあり、ハードウェアもありで、サービスから製品まで垂直統合的に何でも自社で揃えている会社です。これはいい面もありますが、他社のテクノロジーを入れにくいという制約もあります。一方、マイクロソフトはパートナーエコシステムを重視していて、フレキシビリティがあると感じています。
それとサービスというよりは完全にテクノロジーにフォーカスしていて、新しく出てくる製品・テクノロジーもすごくおもしろいものが多くなってきています。(ナデラCEOの前任の)スティーブ・バルマー時代の仕込みがあってこそでしょうが、当時ちょうどMR(Mixed Reality)デバイスの「HoloLens」なども出てきた頃で、かなりインパクトのあるテクノロジーだなと大いに注目していました。さらに、クラウドの成熟度合いが急速に増していることも魅力でしたね。
AI、インテリジェントがすべてのキーに
──CTOの視点から、マイクロソフトのテクノロジーの強みは何だと評価されていますか。
コンピュータサイエンスやソフトウェア工学の基礎研究・応用研究を担う研究機関であるマイクロソフトリサーチと一緒に仕事をすることが多いのですが、彼らの優秀さはすごいです。そして、そこで生まれたテクノロジーが製品になって世に出てくるスピードも圧倒的に早い。
──ユーザー側は、そうしたスピード感に遅れないでデジタル・トランスフォーメーション(DX)に取り組むことができているでしょうか。日本市場は遅れているという指摘もよく耳にします。
あまりに停滞した時代が続いたせいで、多くの企業が攻めの投資に慎重になっているとはいえるでしょうが、いくつかの大企業ではチーフ・デジタル・オフィサー(CDO)というポジションを新設され、DXに大きく舵を切ろうとしています。大企業が本気になってやりだすと、市場に与える影響は非常に大きいですし、インパクトも強いです。また、従来大企業がなかなか手を付けられなかったニッチな領域で専門家が起業し、AIをはじめとする新しいテクノロジーを積極的に活用して新しいビジネスをやっていこうという動きも増えてきました。そういうユーザー企業は米国企業にも負けないスピード感をもっていて、日本の市場も徐々に変わっていくんじゃないかという期待はあります。どの産業でも、テクノロジーを使ったトランスフォーメーションが進んでいき、それができない企業は市場のふるいにかけられて廃れていくでしょう。
──マイクロソフトの技術開発もそれに合わせて体制変革などを進めているのでしょうか。
つい先日、グローバルでWindowsの開発チームを大きく再編しました。マイクロソフトは、「インテリジェントクラウド」と「インテリジェントエッジ」の有機的な連携こそがDXには必要だと提唱しています。だから、もはやWindowsは単なるOSという位置づけではありません。クラウドとAIのプラットフォームを担当するチーム、そしてエッジのエクスペリエンスのあり方を考えるチームに開発リソースを振り分けました。エッジ側のチームには、Hololensのチームや、コンピュータビジョン(画像センシング、画像処理、画像認識などの複合技術)のチームも含めたかたちになっています。
──AI、インテリジェントがすべてのキーになるということですね。
GEの前会長であるジェフ・イメルト氏はかつて、「すべての産業はソフトウェア産業になる」と指摘しましたが、私は「すべての産業はAI産業になる」と考えています。マイクロソフトとしても、これまではクラウドファースト、モバイルファーストを掛け声にビジネスをやってきましたが、もうその段階は過ぎたと考えていて、すべての製品サービスをインテリジェントエッジとインテリジェントクラウドの考え方に則ってつくっていくという方向に動いています。
──それをどう日本市場に浸透させるかが榊原さんのミッションになるわけですね。
やはり、お客様の声をよく聞くことが大事です。いろいろな部署の人間にお客様のところに連れて行ってもらって、直接お話をさせていただいていますが、共同研究などのリクエストもいただいていますので、できるだけ応えていきたいところです。
また、昔のマイクロソフトだと一社ですべてやってやるという感じだったと思いますが、パートナーとのさまざまなかたちでのオープンな協業により、いかにイノベーションを促進していけるかも重要です。
──昨年末はAIで富士通と協業するという報道もありました。
そうですね。各社のAIの得意な領域を組み合わせて使ったり、当社も開発に取り組んでいる量子コンピュータをAIの進化にどう生かすかなど、さまざまなベンダーとそういう取り組みは進めていくと思います。
[次のページ]世界中から優秀なプログラマが集まる