マイクロプロセッサのIP(知的財産)で世界を牛耳る英アーム。近年では裾野を広げ、IoT事業を精力的に拡大している。同社日本法人の舵を取って5年を迎える内海弦代表取締役社長は、セキュアなIoTデバイスプラットフォーム「Arm Mbed」を通じて、日本発の技術トレンドを創出し、世界に広めていく構想を示している。
激動の10年
──アームに入社して10年、社長に就任して5年が経過しようとしています。
激動の10年に立ち会ったと自負しています。10年前は知名度がすごく低く本当に裏方の存在で、Armプロセッサを知っている方はほとんどいませんでした。そこから認知度を高めてきて、社長になった5年前はIoTというキーワードがギリギリ出てくるか出てこないかくらいのタイミングでしたが、このバズワードに乗じて業界内では広まってきたと思います。ただし、これから先はさらなる激変に直面していくと想像しています。
日本市場についていえば、これからの半導体産業は一時のような勢いはないかもしれない。ですから、医療や工作機械、ロボティクス、映像処理など、日本がもっている先端的な技術領域に対するビジネスを伸ばすことが必要です。なぜなら、日本で技術トレンドをつくったものは、結果的に世界的に広まりますから。よく言われていますが、例えばiPhoneに入っている技術の多くは、もともと日本にあった技術ですよね。基礎技術が日本から発祥するというのは今後も変わらない。IP(知的財産)のビジネスにとっては、初めの部分に入っていくことが一番大事ですから、強くやっていこうと思っています。
──2016年にソフトバンクグループに買収されましたが、日本法人への影響はありますか。
経営方針に手が加えられることなく、従来の強みをそのまま生かす方向で進んでいますが、明確によい意味で変わったのは、長期投資をしやすくなったことです。買収前は単独で上場していたので、常に短期間で利益を出すための経営が必要でしたが、今は大きな傘の下ですので、中長期のビジネスや技術投資がしやすい。これがよい結果を生むという強い期待があります。従来のマイクロ・プロセッサの設計開発に加えて、電力効率が優れたマシンラーニング/ディープラーニング向けのIPや、IoTを今後のビジネスの柱にすべく取り組んでいるところです。
日本でも、IoT事業の人員が半導体と同じくらいになろうという勢いで増えていますし、ウフルや東芝デジタルソリューションズ、GMOクラウド、サイバートラストといった新たなビジネスパートナーも増えています。
セキュリティと電力効率で差異化
──IoT事業の主力製品「Arm Mbed」は、主にデバイス組み込み用OS「Mbed OS」とデバイス管理のクラウドサービス「Mbed Cloud」で構成されますが、どんな強みがあるのでしょうか。
概念的なお話をしましょう。アームのIoTは、端末側から始まっているんです。Mbedも当初は、末端のデバイス開発を容易にすることから始まりました。開発者コミュニティがありまして、最先端のアームの開発環境を使って、すぐにIoTデバイスがつくれるというものです。そのなかで、今度はOSも必要だということでMbed OSをつくったんです。通信機能をサポートして、低電力でデータ通信ができます。そのうえで、次はセキュリティを守らないといけない。そこで、セキュリティ機能を、末端デバイス側のCortexに実装しました。これによって、末端側は安全に安く開発ができて、さまざまな通信を確立できるようになった。
ただ、ここで終わりでは、せっかくIoTビジネスをやるのに、今までとあまり変わらない。そこで、クラウド側の入り口のデータをつなぐ部分をサポートしようということで、Mbed Cloudをつくったんです。これが新しいビジネスとして伸ばそうとしているところです。
つまり、データを安全かつ省電力に確実に収集して、それをクラウド側に受け渡すところまで、サービスとソフトウェアも含めてIoTビジネスを支援するのがMbedなのです。
──末端デバイスから入るというのがアームらしさですね。
強みなんですよね。ところが、今ではクラウド側にもArmが入っていくケースが増えているんです。例えば、通信機器やエッジコンピューティング用のサーバーです。
それからもう一つ。私どもはIPを提供しているので、Armベースのデバイスメーカーは何十社とあって、Mbedがサポートするデバイスであれば制約を受けません。一番最適なデバイスを使っていただける。そのうえでセキュアかつ電力効率がよくて、データもとれるよ、というのが強みです。
良くも悪くも、20年前のIPを使っているお客様がたくさんいましてね。Mbedの場合も、当初、最も喜ばれたのは移植性の高さでした。あるマイコンで作ったソフトウェアは、別のマイコンで使うと、アーキテクチャが違うので書き直しになっていたところが、Armのマイコン同士だと、再コンパイルという手続きさえすれば、ソースコードを書き換えなくてもほぼそのまま使えるというのが、端末側で受け入れられた理由なんです。
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