ファーストリテイリングやローソンの社長を歴任した玉塚元一氏がデジタルハーツホールディングスの社長に就任して約1年。従来の主力事業であるゲームのテストやデバッグと並ぶ新たな事業の柱とすべく、エンタープライズ事業の成長に力を注いでいる。非ITの超大手企業の舵取りを経験した有名経営者は、エンタープライズIT市場にどんな新風を吹き込もうとしているのか。
創業者に託された「第二創業」
――玉塚さんがデジタルハーツホールディングス(デジタルハーツHD)の社長CEOを引き受けた経緯を教えてください。
2016年の末にある経営者の方から、デジタルハーツHDの創業者である宮澤(栄一・現取締役会長)さんを紹介していただいて、経営を手伝ってほしいという依頼を受けたのがきっかけですね。
当時CEOをやっていたローソンは、もともと大株主だった三菱商事がTOB(株式公開買い付け)で過半数の株を取得し、名実ともに三菱商事の子会社になるという状況でした。僕はファーストリテイリングを辞めた後に、現ファミリーマート社長の澤田貴司さんとリヴァンプを設立したんです。企業にはいろいろなステージがあって、ステージごとにブレークスルーしなければならない時がある。そのタイミングを迎えている企業を芯から元気にするような軍団を作ろうというコンセプトでした。で、僕はリヴァンプの仕事を始めて以来、いまもずっと同じ仕事をやっているイメージなんです。ローソンでの仕事は、結果としてリヴァンプではなく、12年当時にローソンの社長だった新浪(剛史・現サントリーホールディングス社長)さんに請われて僕個人としてやったわけだけれども、改革をやりきって、三菱商事に経営のバトンを渡すのにちょうどいいタイミングでもあった。だから、次のチャレンジをしようと考えていた時だったんです。
――とはいえ、玉塚さんの経歴を考えれば小売りや外食産業などからも誘いは多かったのでは。
そういう選択肢もありましたが、デジタルハーツHDを選んだ理由は、まず宮澤さんの人柄や考え方にものすごく惹かれたことです。彼はチャーミングな人で、僕は本当に大好きなんですよ。そして何より、この会社そのものに大きなポテンシャルを感じたことが重要でしたね。ファーストリテイリング、リヴァンプ、ローソンでの経験を徹底的に注入することで会社を次のステージにもっていくことができると思ったんです。
――デジタルハーツHDはブレークスルーしなければならない時を迎えていると。
そう。変えちゃいけないカルチャーとか事業の基盤には最大限に敬意を表しつつ、大きく事業構造を変えて飛躍的な成長を図るべき「第二の創業」の時期だと感じたんです。
例えば、従来の強みだったゲームのデバッグ、テストの延長で企業の情報システム向けの検証ビジネスを拡大し、セキュリティーも加えてエンタープライズに対するソリューション提供能力を抜本的に向上させる、あるいは従来ゲーム業界に閉じていた営業ネットワークを非ゲーム領域にも大きく広げていく。そしてそれらを達成するために必要なM&Aも実行する。そのためには、経営の体制、やり方、スピード感を大胆に変えて、次の進化と成長に向けて構造を変えていく必要があって、それを本気でやる覚悟があるかと宮澤さんに聞いたんです。すると、「絶対にやりたいが、それをやるのは創業者の自分ではない」と。僕にやってほしいと言ってくれたんですね。
8000人のテスト人材が最大の強みであり特徴
――デジタルハーツHDの何に可能性を感じておられるのでしょうか。
2点あって、これからさまざまなデジタル製品やソフトウェアの数がもっと飛躍的に増えていく中で、テストの領域の仕事はボリュームとしては絶対に増えていく。一方で、テストのアウトソーシングマーケットはまだそんなに大きくなっていない。ゲーム領域、エンタープライズ領域を問わず市場拡大の余地が大きいというのがまず一つ。
もう1点は、全国に8000人くらいのテスターがいて、14拠点のラボがあり、そこで日々ゲームのバグを見つけたりテストをしたりといった仕事をしてきたわけだけど、この人材プールが何よりも強みであり、ユニークネスなんですよ。
――もう少し詳しく教えてください。
彼らはテスターとして日々仕事をしているわけですが、うちの会社はどの人にどんな素養があるのかといったデータベースを持っているんです。それを参考に、すごくやる気があったり素養がある人をきちんと育てると、エンタープライズ領域のテストができるようになったり、セキュリティーの仕事ができる人材に進化していく可能性があるんですね。
この1年でいろいろなトライアルやってきましたが、デジタルハーツ・サイバーセキュリティーブートキャンプというのを立ち上げて、まずは1期生としてテスターから12人をピックアップし、座学を1カ月、その後にOJTでセキュリティー関連業務の経験を積んでもらいました。彼らに対するセキュリティーの専門家からの評価がものすごく高いんですよ。もう早速エンタープライズ側のセキュリティーの現場で仕事をしてもらっています。1期生として選んだのはゲームレベルでもトップゲーマーだし、テスター、デバッガーとしてもトップレベルの子たち。彼らにきちんとした教育の場を用意することで、一気にセキュリティー人材にトランスフォームできるというのが証明されたと考えています。現在、2期生、3期生を育てている途中ですが、今期中に100人の人材を8000人のテスターからピックアップし育てていく予定です。
――8000人のテスト人材はどんな属性の方が多いのですか。
スポットで仕事をしてくれる方もいるし、契約社員になってフルタイムでやってくれる方もいるし、またその中から当社の正社員になる方もいて、三階層になっているんです。スポットベースの人たちには学生もいるし、主婦もいるし、フリーターもいる。ユニークなのは、引きこもってしまった人の中には結構な割合でゲームにハマっている人がいるわけですが、うちの会社に来て徐々に社会復帰していくというケースがすごく多いんですよ。同じようなバックグラウンドを持った人が周りにいて、痛みを分かってくれるから、すごく居心地がいいと彼らは言うんです。今では重要な役職で仕事をしている人もたくさんいます。
僕はつくづく思うんだけれども、これからの時代はこういう人たちが必要じゃないですか。日本には若者の引きこもりが70万人いると言われるけど、この人手不足の状況の中で、ものすごい人材ロスですよね。引きこもりだった若者が、気づいたらエンタープライズシステムのテストにチャレンジして、その3年後にはセキュリティー人材としてペネトレーションテストをやるとか、大きな付加価値を持つようになる。すごいことだと思いませんか。
[次のページ]エンタープライズ事業の成長で売り上げ倍増へ