社会の発展に役立つ仕事を
――荒波の中での船出となりましたが、混乱期だからこそ小川社長の経営観、経営理念がより大きな役割を果たすのではないでしょうか。
私の経営方針は明確で、自由闊達で風通しのよい組織であり続けることです。課題解決の糸口は、往々にして現場にあるものです。技術や営業が普段から考えていることや、顧客先から聞き込んできたことをちゃんと共有し、経営判断に生かす。私を含めて経営や幹部職にある人は、現場の意見に真摯に耳を傾け、会社全体が活発に意見交換できる土壌をしっかりと保っていく。その上で、社会課題の解決、社会への貢献を常に意識し、モチベーションを高めていくことを重視しています。
――「社会貢献」でモチベーションを高めることについて、具体的にはどうイメージすればよろしいですか。
そうですね。私の個人的な経験で例えるなら、オフィス用のプロジェクターで働き方を変えたことでしょうか。私はプロジェクターの部門に長くいたのですが、当時、会議と言えば紙の資料に目を落として、みんなが必死にメモをとっていました。パソコンとプロジェクターの登場によって、会議の参加者は顔を上げるようになり、進捗表などその場でどんどん更新し、議論を前に進めていくスタイルへと変わりました。この変化を目の当たりにしたとき、「あぁ、自分は働き方を変える仕事をしているんだ」と実感したことを今でもよく覚えています。
ライバル会社が小さくて安い製品を出してきたときの対抗策であるとか、製品開発や営業面での競争は常にありますよ。でも、それだけだと疲れてしまうというか、時折、何を目的に仕事をしているのか分からなくなることもあると思うのです。そうしたとき、視野を広げ、社会の発展に役立つという原点に立ち返ることで、仕事に対するモチベーションが高まったり、自らを奮い立たせることができる。
――プリンタなど他の事業にも通じる話ですね。
インクジェットプリンタは、まさに省エネルギー、小型化、高精度の当社の強みを凝縮した分野です。世界規模で大きな変化が起きている今だからこそ、「省・小・精」の当社技術を、社会の発展にどう役立てるかをみんなで考える。こうした取り組みを通じてモチベーションの一層の高揚、ビジネスの成長につなげていきます。
Favorite
Goods
いつも身につけている自社製腕時計「TRUME(トゥルーム)」。名刺入れの風合いもその革製ベルトと近い。独特なグラデーションが美しいアドバン仕上げが偶然にも共通しており、「TRUMEの時計とセットで愛用している」と話す。
眼光紙背 ~取材を終えて~
現場で考え、主体的に動く文化を大切に
ビジネスプロジェクターの開発に携わっていた1990年代、小型化競争が激しさを増していた。しかし、手持ちの技術の限界にぶつかる。「中国では大きいのが好まれるから大きさよりも価格でしょ」と、半ば言い訳のような意見も出たが、「これではダメだ」という空気が現場に充満していた。
当時の上司は、そうした違和感を瞬時に見抜いて、「じゃあ、どうしたらいいのか、よく考えてみろ」と、仕様の変更を求めた。現場の空気が変わった。新しい光源や小型化する技術をみんなで探して、小型化へと突き進んでいくことになる。結果として製品発売は数カ月遅れることになったが、「当時の技術水準でできる限りのことをやりきることができた」と振り返る。
コロナ・ショックで物理的な人の行き来が難しくなる中、国内の各事業所、世界各地に散らばる現場が知恵を出し合って困難に立ち向かっている。現場で考え、主体的に動くことを大切にしてきたセイコーエプソンの強みを垣間見ることができる。経営トップとしてこの強みを守るべく、風通しがよく、活気ある現場づくりをこれまで以上に重視していく。
プロフィール
小川 恭範
(おがわ やすのり)
1962年、愛知県生まれ。東北大学大学院工学研究科修士課程修了。88年、セイコーエプソン入社。17年、ビジュアルプロダクツ事業部長。18年、取締役執行役員、技術開発本部長。19年、取締役常務執行役員。20年4月1日、代表取締役社長に就任。
会社紹介
セイコーエプソンの2020年3月期の連結売上高は、前年度比4.2%減の1兆436億円、営業利益は同44.7%減の394億円。主な事業セグメントの売上構成比は主力のプリンタ関連が約67%、プロジェクタ関連が約17%、ウェアラブル・産業機器関連が約14%。海外売上高比率は7割余りを占め、地域別従業員数はアジア・オセアニアが67.6%、日本25.2%、米州4.0%、欧州3.2%の構成比。