ワークスアプリケーションズは、仕掛かり中の大規模プロジェクトを乗り切り、今年度(2021年6月期)の営業損益の黒字転換を目指す。同社製品は個別カスタマイズなしで納入するのが基本であり、そのためには大企業ユーザーが必要とする機能をERPの標準機能として取り入れる必要ある。結果として、パッケージ開発のコストは膨らみやすくなるのが課題だった。主力だった人事給与パッケージを売却するなどして資金を調達したことで、新型ERP「HUE」シリーズの開発・販売に弾みをつけ、本来見込んでいた収益力を取り戻す計画だ。創業者から経営のバトンを引き継いだ井上直樹・最高経営責任者(CEO)に今後の成長戦略を聞いた。
最先端の
業務プロセスを届ける
――ワークスアプリケーションズのCEOに就任して1年余りが経ちました。就任当時は厳しい経営環境にありましたが、まずはこれまでを簡単に総括していただけますか。
人事給与のパッケージソフト事業を売却するなどして、昨年度(2020年6月期)の最終利益は673億円の大幅な黒字となりました。その前の年度は344億円の赤字でしたから、大きく改善し、当面の資金繰りの問題は解消されたと言っていいでしょう。本業の稼ぎを示す営業損益についても、19年6月期の171億円の赤字から昨年度は112億円と赤字幅が縮小しています。
――昨年11月の本紙インタビューで、トップ就任から2年目に当たる21年6月期に、営業損益ベースで黒字を見込むとおっしゃっていました。
今も変わりはありません。今年度(21年6月期)の営業損益ベースで黒字を目指して経営の舵取りをしています。
当社は大企業向けERPパッケージソフト製品として、クラウドベースの「HUE(ヒュー)」とオンプレミスベースの「HUE Classic」の2シリーズを主力としており、これまで国内外の2242社、325企業グループのユーザー企業を獲得してきました。
このうち、比較的新しい製品であるHUEシリーズでは、大規模プロジェクトが進行中で、先行して開発投資がかさんでいることが営業利益の押し下げ要因になっています。当社はパッケージソフトベンダーですので、製品が完成し、ユーザーに使ってもらってからでないと売り上げが立ちません。一方で、製品の完成度が高まり、ユーザー数が増えてくれば、安定した収益が得られるモデルでもある。いったん黒字化してしまえば、収益力を維持できると見ています。
――ワークスアプリケーションズは、個別カスタマイズの開発を行わず、大企業で必要となる機能や商慣習をパッケージの標準機能として実装するという、国産ERPベンダーとしては異色なビジネスモデルを採用しています。この手法は今後も継続するのでしょうか。
継続します。ユーザー視点でのメリットが大きいからです。個別カスタマイズが発生しないため、ERPのライフサイクル全体の費用が予想外に膨れるというリスクを回避できますし、定期保守料金の中にバージョンアップ費用が含まれているため、常に最新の機能を使えるメリットを享受できます。
当社のERPパッケージ開発は、先進的な企業の業務プロセスを標準機能として積極的に取り入れています。当社ERPのユーザーになることで、その時代の最先端の業務プロセスを自社に導入することが可能になる。効率的な業務プロセスの導入によって生産性を高め、浮いたリソースを競争力や企業価値を高める分野に投入できるようになります。
当社はこれまでも業務プロセスの改革や深化に意欲的に取り組んでいるユーザー企業とともに歩み、「お客様の声で成長し続けるERP」を標榜してきました。単なる業務システムではなく、ERP本来の企業資源の最適配分を実現することに主眼を置き、先進的な機能を実装していく考えです。
同じ理念を共有する
野心的な人材が強み
――二代目CEOとして、ワークスアプリケーションズという会社をどのように見ていますか。強みと課題を教えてください。
良い悪いは一概には言えませんね。ただ、敢えて挙げるとすれば、冒険的なベンチャー企業から、ステークホルダーの皆が満足を得られる安定した成長企業になるためには、越えなければならない壁があるとは思っています。
ベンチャー企業は、創業者の強力なリーダーシップによって、持てる経営資源をダイナミックに移動させ、チャンスをつかみ取っていくものです。当社もそうでした。それは素晴らしいことなのですが、顧客視点で見ると、経営トップが重視する領域が変わるたびに経営資源も移動するので“顧客体験”が安定しにくい。ややもすれば「安心して取引できる企業」だと見なされない場面も出てきてしまう。私は、この部分を大きく変更して、社内外のベテランによる集団指導体制に変えました。経営資源があまり大きく振れないようにして、安定した顧客体験をつくりだせる体制構築に努めてきました。
――ベンチャー企業から持続的、安定的な成長につなげる経営の切り替えは容易なことではないということでしょうか。
私は金融機関に長年勤めていて、多くのベンチャー企業の経営者の方々と一緒に仕事をしたり、ときには助言もしてきました。そこで感じたのは、何もないところから起業として会社を大きくする成功体験を持つベンチャー企業の経営者で、ある時期を境に安定成長できる経営手法へ切り替えられる方は、1000人中1人いるかいないか、というくらいまれな存在だということです。
ただ、創業以来のワークスアプリケーションズの企業理念には変わらず大きな価値があります。ERPの開発を通じて、「働く」概念を変え、仕事をより創造的なものにする。そして、ユーザー企業の生産性を高めて企業価値を増大させるという創業者の牧野正幸氏の理念に賛同した人材が多くそろっているのも、大きな強みとなっています。
学生向けに積極的にインターンシップの機会を提供していることなどから、ややもすれば優等生ばかりとそろっていると見られがちな当社ですが、実際のところは同じ理念を共有する仲間とともに仕事をするのが好きで、かつ野心的な人材が多いのですね。そうしたクセのある人材を束ねて、安定した顧客体験、収益性を確保していくのが今の経営陣の腕の見せどころです。
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