富士フイルムビジネスイノベーション(富士フイルムBI)は、およそ60年にわたって密接に協業してきた米ゼロックスとの契約を今年3月31日付で終了し、4月1日から富士フイルムのブランドで複合機や商業用印刷機、ITサービスを展開している。旧富士ゼロックス時代はアジア太平洋地域のみを担っていたが、今年度からは全世界の市場に向けて直販や代理店販売、OEM供給をスタート。対象とする市場が大きく拡大したことに加え、ITソリューション分野の商材を拡充していくことで、2024年3月期までの中期経営計画では、昨年度(21年3月期)実績よりおよそ600億円上乗せして8200億円の売り上げを目標に据える。新体制・富士フイルムBIの初代社長に就いた真茅久則氏に話を聞いた。
世界市場で年商8200億円目指す
――富士フイルムBIの新体制になってから初めての3カ年中期経営計画がスタートしました。まずは新中計のビジネスプランからお聞かせください。
中計初年度に当たる今年度(22年3月期)は、中核事業である複合機関連ビジネスがコロナ禍から持ち直すと見ています。売上高は8000億円を見込んでおり、これを中計最終年度の24年3月期には8200億円まで持っていくとともに、営業利益率10%を堅持していく計画です。
米ゼロックスとの合弁会社だった旧富士ゼロックスは主にアジア太平洋地域の市場を担当してきましたが、今年4月からは富士フイルムグループ単独で全世界の市場をビジネスの対象に広げることから、今中計では欧米市場での売上増を見込んでいます。
――コロナ禍で実施したリモートワークが今後も定着するとみて、都心のオフィス面積を縮小する動きが加速しています。
まず昨年度(21年3月期)を振り返ると、リモートワーク比率が高まったことで、オフィスに設置してある複合機の稼働率が下がり、プリントボリュームこそ減少しました。しかし、新製品を積極的に投入したことで、実は販売台数は前年度比で増えているのです。国内のみならず中国、アジア太平洋地域でも同様の傾向が見られます。複合機の稼働率は経済活動と密接にリンクするため、ワクチン接種が進んで経済活動の制約が解除されてくれば、プリントボリュームも戻ってくる。実際、中国のプリントボリュームは前年同期と比べて一足早くプラスに転じています。
働く場所についても、ネット環境や空調、電源などオフィスに必要な要件を個室に詰め込んだ「CocoDesk(ココデスク)」を駅ナカやビルナカ、街ナカに設置しています。法人会員・個人会員とも引き合いは急速に増えており、ビジネスパーソンの導線に沿って今後も設置数を増やしていきます。実際、週刊BCNの読者の間でも、都内の地下鉄駅で日常的にご覧になったり、実際に使っていただいている方も多いのではないでしょうか。
また、オンラインで受信したファックスを確認できたり、全国のセブン-イレブン店舗でプリント出力ができたりと、当社はさまざまなサービスを提供しています。
複合機起点で紙の電子化を推進
――紙とハンコをなくす流れは、主力の複合機事業にとってどの程度の影響があるでしょうか。
紙やハンコをなくす動きは、当社にとって大きなビジネスチャンスだと捉えています。例えば、複合機を起点として紙を電子化し、それを管理するソフトウェア「DocuWorks(ドキュワークス)」は、旧富士ゼロックス時代から当社が開発を続けてきたもので、アジア太平洋地域で累計777万本売れている主力ソフト商材に育っています。今後はDocuWorksを中心に、電子印鑑/署名や営業支援、顧客管理といった他社の売れ筋サービスと積極的に連携して、業務のオンライン化ビジネスを推進していきます。これまではアジア太平洋地域を中心にユーザー数を増やしてきた当社のソフト・サービス商材ですが、今後は複合機と同様に欧米市場への展開も視野に入れています。
――欧米市場に向けてはどのような販路を想定していますか。
代理店やOEM、直販の主に三つの販路を想定しています。代理店、OEMについては、すでに商談が複数進行中で、富士フイルムブランドを冠しての直販については、欧米にある富士フイルムグループの拠点を活用したり、富士フイルムBIとして新しく拠点を立ち上げていきます。富士フイルムグループ全体で見れば、健康・医療や高機能材料、商業印刷などの分野でグローバル展開していますので、グループの販売網と整合性を保ちながら効率的な自社販路を構築する考えです。
欧米市場への進出と並行して、巨大市場であるインドや中南米市場でも販路開拓を進めます。インドは独自の写真文化がありますので、写真印画紙を超える超高画質フルカラー印刷の需要は大きいと見ています。すでに進出済みの中国でもオフィス用途を中心にモノクロ機が多く、カラー化率は2~3割にとどまっています。東欧市場でも同様の傾向にありますので、カラー化を推進することでアップセルを狙えると見ています。
――国内の販路についても大きな変更がありましたね。
旧富士ゼロックスの国内営業部門と国内のすべての販売会社31社を統合するなどして、国内マーケティング会社の富士フイルムビジネスイノベーションジャパンを4月1日付で立ち上げました。本社は豊洲に置いており、六本木にある当社本社オフィスとは物理的な距離があるものの、メーカーと販社の運営を一体的に行うスタイルは従来通りに行っていきます。ただ、富士フイルムBIジャパンに営業機能を集約することで、より高度なマーケティングが可能になると期待しています。
ITソリューションを主なM&A対象に
――真茅社長は4月1日付でトップに就任されるときの会見で、前任社長の玉井光一会長から「グローバルビジネスの経験と知見がある」と紹介がありました。具体的にはどのようなものでしょうか。
2000年頃から当時利益の3分の2を占めていたカメラ用フイルムの市場が急速に縮むのと並行して商業印刷の分野でも完全デジタル化が進んでいました。刷版を使った大量印刷の時代から、必要に応じてコンピューターのDTPからオンデマンドで印刷する時代への変化に対応しなければなりませんでした。そこで私は米国の産業用インクジェットプリンタのヘッドメーカー「ダイマティックス」をグループに迎え入れ、当社が以前から独自に開発してきたインクと組み合わせて商業用印刷のデジタル化に対応する商品ラインナップを揃えました。
産業用インクジェットは、瓶に貼るラベルや洋服、靴といったさまざまな素材に印刷できる優れた特性があります。ただ、素材によってインクに使う材料、粘度などを変えなければならず、そのインクに合うようにヘッドを設計・開発することが欠かせません。私は「インクとヘッドを一体的に開発することで市場における競争力が飛躍的に高まる」と、およそ2年をかけてダイマティックスの経営陣や株主を説得し、M&Aを成立させました。恐らくこうした国境を越えたM&Aの実績を玉井さんは評価してくれたのだと思います。
――中計では富士フイルムBIが担うビジネスイノベーション事業セグメントの設備投資ならびに研究開発費で2340億円の予算を組んでいます。M&A戦略も含めた投資の方向性をお聞かせください。
複合機や商業印刷の分野はまだまだ技術開発の余地が大きく、競争力を高めていくにはソフトウェア製品とともに継続した設備投資や研究開発費を投じていく必要があります。また、M&AについてはITソリューションを中心に探っていきます。これからの成長を支えていく柱になると捉えており、商品ラインナップを一段と拡充していきたい。
直近では20年11月に中小企業のIT戦略の立案から運用までを一貫して支援する「IT Expert Service(ITエキスパートサービス)」を始めました。これはオーストラリアの中小企業向けITアウトソーシングサービスを提供しているコードブルーをグループに迎え入れ、その仕組みやノウハウを国内に持ち込んだものです。当社ビジネスと相乗効果が期待できる国内外のITソリューションを積極的に取り込んでいくことで、ビジネスを伸ばしていきます。
Favorite Goods
「大学ノートを普段から持ち歩いて、空き時間によくメモをとる」という真茅社長のお気に入りは本革のノートカバーだ。普通のノートに本革のカバーをかぶせるだけで「高級感が出て、うっかり置き忘れることもなくなる」と話す。
眼光紙背 ~取材を終えて~
国際感覚に長け、粘り強い交渉力
富士フイルムビジネスイノベーションの課題は、独自の販売網を構築してグローバル市場でのシェアを一段と伸ばすことと、ITソリューション事業を拡大させることの大きく二つ。米ゼロックス買収が困難だと見るや否や、同社との提携解消を早々に発表。水面下で欧米などでの販路構築の準備を進め、今年4月1日、富士フイルムBIを立ち上げた。
富士フイルムBI初代社長に抜擢された真茅久則氏は、米国の産業用インクジェットプリンタ用ヘッドメーカーを2年かけて口説き落とし、双方が納得するかたちでグループに迎え入れるなど、グローバルビジネスの経験豊富な経営者だ。国際感覚に長け、粘り強い交渉力を併せ持っていることが、グローバル市場に打って出るのに適任だと白羽の矢が立った。
真茅社長は、「主力の複合機のビジネスを伸ばすためにも、ITソリューションの一段の拡充は欠かせない」とし、同分野のM&Aに積極的に取り組む。文書共有や他のクラウドサービスとの連携、どこでも印刷できるネットワークプリントなど、多様なITサービスと複合機を融合させていくことで、付加価値を一層高めていく。
プロフィール
真茅久則
(まかや ひさのり)
1958年、兵庫県生まれ。82年、同志社大学経済学部卒業。同年、富士写真フイルム(現富士フイルム)入社。2015年、富士フイルム執行役員グラフィックシステム事業部長兼富士フイルムグローバルグラフィックシステムズ社長。16年、富士フイルム取締役執行役員。17年、富士ゼロックス(現富士フイルムビジネスイノベーション)取締役常務執行役員。19年、取締役専務執行役員。21年4月1日、富士フイルムビジネスイノベーション代表取締役社長CEOに就任。
会社紹介
富士フイルムビジネスイノベーション(富士フイルムBI)の従業員数は3万7000人。今年度(22年3月期)売上高は8000億円を見込む。旧富士ゼロックスの事業を継承するかたちで4月1日付で新体制へと移行するとともに、国内営業や販社を統合するなどして国内マーケティング会社・富士フイルムビジネスイノベーションジャパン(富士フイルムBIジャパン)を立ち上げている。