組み込みOSの「VxWorks」などで知られるウインドリバーが、仮想化プラットフォームやアプリケーションライフサイクル管理などの包括的な機能をエッジデバイスに提供する「Wind River Studio」を発表した。エッジコンピューティングの有力プレイヤーとなり得る同社の中田知佐社長に、新たな事業の目的や5G時代における市場戦略を聞いた。
組み込みシステムにも訪れたデジタル化の波
――新たに「Wind River Studio」を発表し、組み込みOSの事業から幅を広げました。この新製品が何を実現するのか、端的に説明していただけますか。
これまで組み込みシステムを開発してきたお客様の迅速なビジネス改革を実現するソリューションととらえていただければと思います。お客様がこれから行うミッションクリティカルなシステムの開発や、そのデプロイメント、運用、新たなサービスの創造や提供といったライフサイクルをサポートする、クラウドネイティブなプラットフォームと言えます。
組み込みシステムの世界でも、デバイスに最新のデジタル技術を採用したいという動きが進み、機械学習やAIの技術が取り入れられようとしています。ウインドリバーには、我々のお客様であるデバイスの開発者の方々と築いてきた40年間の関係があります。変革が求められている状況の中で、お客様の成長をご支援するためのツールを投入していくのが当社の使命です。
――クラウドとの親和性を重視したという点では、従来の組み込みシステムの世界から、モダンなITの世界へとカバー範囲を広げた形に見えます。
まさに、その二つの世界のブリッジになることを目指しています。今後デバイスがよりインテリジェントになり、つながっていく、いろいろなサービスを提供していくために、さまざまなデジタル技術が求められてくると思います。我々の強みはそこに生かせると考えています。
――これまで手がけてきた組み込みOSの「VxWorks」や「Wind River Linux」に対して、クラウド環境の運用までを含めたWind River Studioは、ウインドリバーにとって新たな事業領域ですが、どのくらいの規模に成長すると見ていますか。
Wind River Studioのビジネスは今後3~5年で、今の当社のビジネスと同じくらいの規模になるのではないかと見ています。それくらいのスピード感がある事業に育っていくと考えています。お客様はエッジデバイスとクラウドを通じてどういったサービスを提供できるかを模索されているところです。我々のソリューションを活用していただき、迅速にサービスを提供できるインフラが整うことで、お客様のビジネスの拡大につながると考えています。
5Gの仮想化で既に採用
――Wind River Studioは、5Gの仮想化基地局を構築・運用するための基盤として強く訴求されていますね。
米国の大手携帯電話キャリアであるベライゾンでは、Wind River Studioが既に商用ネットワークで採用されています。ですので、今米国のベイエリアで携帯電話を使うと、ウインドリバーの仮想化プラットフォームを通じてネットワークに接続されているということになります。ベライゾンとはもう何年も完全な仮想化RAN(無線アクセスネットワーク)に関するプロジェクトを進めていたので、それが実ったという形ですね。
加えて今年は、英ボーダフォンの欧州初となるオープンRANの構築プロジェクトにWind River Studioが採用されまたほか、国内ではNTTドコモの「5GオープンRANエコシステム」に設立メンバーとして参加しました。
――オープンソースによる開発成果を活用されているとお聞きしました。
「StarlingX」というプロジェクトで開発された仮想化プラットフォームに、アナリティクスやオーケストレーションといったような当社独自のソリューションを加え、商用製品として提供しています。オープンな技術をベースにしているという点は非常に重要で、今後通信キャリアを始めとするお客様が、当社製品を選択する際のカギになると考えています。
――通信キャリア以外への展開の可能性はいかがですか。
通信キャリアは我々にとって重要なお客様ではありますが、それだけでなくさまざまなお客様が、ローカル5Gなどを使って企業向けの新たなサービスを提供しようとしていますので、Wind River Studioでターゲットとしている業界は多岐にわたります。例えば国内では、製造業の生産ラインで動いているロボットや工作機械を進化させて、スマートファクトリーの構想を描いているお客様がありますので、そういった用途も視野に入れています。
――エッジ側を含む仮想化プラットフォームとしては、レッドハットの「OpenShift」やヴイエムウェアの「Tanzu」といった製品も競合になってくると考えられます。ウインドリバーの優位性はどこにありますか。
ウインドリバーのDNAは、ミッションクリティカルなシステムの基盤を提供してきたことにあり、私たちの製品には信頼性、安全性、セキュリティといった要素が組み込まれています。技術的な優位点としては、まず低遅延であることが挙げられます。またフットプリントも小さく、リソースが少なくて済むので、省スペース、省電力が実現できます。エッジ側の仮想化に関しては、我々の強みがいろいろな面で活かせると考えています。
「作って終わり」の世界が変わる
――日本市場ではどのような戦略で新製品の販売を拡大していきますか。
国内でウインドリバーの製品は、通信、製造、メディカル(医療機器)、航空宇宙・防衛といった分野で高い評価をいただいています。このような業界では、既に我々の従来製品を広く採用いただいているので、新たにWind River Studioをご提供することで、お客様に次のステージへと一緒に進んでいきたいと考えています。例えば自動車の分野では、製品の価値におけるソフトウェアの比率がとても大きくなっていますし、メディカルでもクラウドと連携した画像処理や遠隔診断が求められています。業界ごとに技術的な課題やデジタルトランスフォーメーションの段階は異なりますが、「エッジデバイス側で新たなサービスを提供したい」という点では、お客様の要求は共通していると感じています。
――一度開発したら5年、10年と同じソフトウェアが動き続ける、かつての組み込みシステムの世界とは考え方が変わりますね。
エンドユーザーが一つの製品を使いながら、ソフトウェアやクラウド側のアップデートによって新たなサービスを受けられるという時代が訪れており、作って出して終わりという世界ではなくなっていくと考えています。我々は、5Gがそういった使い方を促すインフラになると見ており、製品のライフサイクルを管理していくニーズが非常に大きくなると思います。
――ソフトウェアやサービスの更新によって継続的に製品の価値を高めていくビジネスは、これまで日本企業が苦手としていた部分でもあります。
おこがましいかもしれませんが、そこはまさに我々がグローバルの知見を基にご支援していきたいところです。日本には名だたる企業がたくさんあり、いろいろな産業が豊かで、ものづくりに強い国です。当社の事業全体の中でも日本は非常に重要な市場と位置づけており、日本で成功したものをグローバルでも提案するという流れにあります。我々は「デジタルフィードバックループ」と呼んでいますが、今後IoTの世界ではデジタル技術を駆使して、ユーザーが使っていく中でより良いサービスをリアルタイムに提供していけるようになっていくと考えています。そのような世界の実現に向けて、当社はお客様と一緒に成長していきたいと考えています。
Favorite Goods
趣味で茶道を嗜む。時が経っても変わらないおもてなしの心と、時代に応じて進化してきた所作があり、基本的な信頼性と革新的な新機能を併せ持つビジネスとも通じる部分があるという。茶道を始めるときに叔母からもらった道具入れは、着物の帯からリメイクされたもの。
眼光紙背 ~取材を終えて~
ユーザーの「トラステッドパートナー」になる
中田社長が自社の事業において目指すビジョンを聞くと、「お客様のトラステッド(信頼される)パートナーになること」という答えが返ってきた。顧客のパートナーになる、というスローガンは多くの企業が掲げているが、ウインドリバーの場合それは特別な意味を持つ。同社はエンドユーザー向けの最終製品を作っているわけではなく、最終製品やサービスを開発するためのツールや環境を提供しているからだ。顧客のビジネスの成功なくして自社の成功もないという、「カスタマーサクセス」重視型の事業を40年前から展開してきたことになる。
日本国内には自動車を始めとして、ミッションクリティカルなシステムを手がける企業が数多く存在する。開発者である顧客を通じて人々の暮らしを支えられることも、ウインドリバーの事業の魅力だと中田社長は話す。そのようなシステムでは、10年といった長期のスパンで開発者をサポートすることも必要になる。顧客から長期にわたって「トラステッド」な企業であることが、ウインドリバーの成長を支えている。
プロフィール
中田知佐
(なかた ちさ)
京都府出身。コロラド州立大学デンバー校心理学部卒業後、1998年、インテル日本法人に入社。2002年、インテルからスピンアウトしたLANDesk Softwareの創業メンバーとなる。09年にウインドリバーに入社し、17年10月より営業本部本部長として営業チームを統括。20年2月より現職。
会社紹介
1981年、米国で創業。リアルタイムOSの「VxWorks」や「Wind River Linux」を中心とした、組み込みシステム向けの開発・実行環境で知られる。2009年にインテルに買収されて同社の子会社となるが、18年に投資ファンドのTPGキャピタルに買収され、再び独立企業となる。日本法人は1989年設立。