AIエンジン開発のAI insideは、主力のAI OCRを中心とした販売パートナーが100社を超えた。深層学習(ディープラーニング)によってOCRの読み取り精度が飛躍的に高まり、SaaS型で使い勝手がいいことから、紙文書を大量に扱う金融業などデジタル化ニーズが多い顧客を中心に契約数が伸びている。全国に販売網を展開する複合機ベンダーや通信キャリアとの連携を深め、地域の中小企業にAI OCRを届ける体制が整ってきたことも追い風になっている。「世の中の隅々までAIを届ける」ことを目標に、販売パートナーとの関係強化を推し進めていく。
パートナー施策でつまずきを経験
――AI OCRを中心に販売パートナーが100社を超えています。販路開拓が堅調に進んでいる背景を教えてください。
紙文書をデジタル化するニーズは根強く、こうした需要が見込める顧客を多く抱えるSIerや複合機ベンダーに当社のAI OCRを売っていただいています。大手SIerの多くは紙文書を大量に扱う金融系の顧客を抱えていますし、複合機ベンダーには自社の複合機で紙文書を読み取ってデジタル化するエンジンとして活用しています。深層学習によって従来型OCRとは比較にならないほど精度よく読み取れるようになり、大きく伸びている市場です。
――AI OCRはユーザー企業の業務にしっかり落とし込まないと真価を発揮しない難しさもあります。(パートナーである)NTT西日本の顧客が契約更新をしないケースが相次いだ影響などで、2022年3月期は前年度比で2割ほど減収となる見通しです。
これは当社のパートナー施策の至らなかったところで、NTT西日本とはこれまで以上に密に連携して、顧客満足度の向上に努めています。通信キャリアは全国に販路を持っていることから、NTT東西地域会社をはじめ、ソフトバンク、KDDIにも販売パートナーになっていただいています。NTT西日本のケースを除いた契約数全体を見ると右肩上がりで伸びており、解約率の低さも相まって金額ベースで今年度は3割ほど伸びる見込みです。
当社は世の中の隅々にAIを届けることを目標にしていますので、販売パートナー支援は一段と強化していくとともに、導入したAIを業務で問題なく使ってもらい、満足度を高められるよう努めています。
――新しいパートナー施策はありますか。
一例として、パートナーの製品名に「○○ Technology by AI inside(テクノロジー・バイ・AIインサイド)」と入れてもらう方式が挙げられます。○○の部分にパートナーの製品名が入ります。第一弾としてこの10月、富士フイルムビジネスイノベーション(富士フイルムBI)の紙文書をデジタル化する「ApeosPlus desola Technology by AI inside」を発表しました。
デジタル化する前段階の作業となるデータ準備の部分は富士フイルムBIが担い、当社は主にAI OCRや仕分けの部分を担います。デジタル化したあとは確認工程を挟んで、サイボウズのkintoneやOBCの商奉行クラウドなどの業務システムに自動で入力される仕組みです。紙文書の受け入れからデジタル化、業務システムへの受け渡しまで一貫して自動化・効率化できるのが最大の特徴となります。
パートナーが持つ製品にしっかり組み込んで、「○○ Technology by AI inside」と当社ブランドを入れてもらうことで、最終製品に対する当社の関与が深まり、ユーザー企業に向けて当社とパートナーが一体となって開発、販売していることが、より伝わりやすくなります。AI OCRだけポンとパートナーに渡す従来のOEM方式から一歩踏み出した販売スタイルだと言えます。
学習支援や顔認証の商材を拡充
――販売パートナーが持つ顧客層に合わせて、製品づくりを工夫していくわけですね。
NTTデータやSCSKといった大手SIerのパートナーは、金融なら金融の業種顧客に深く入り込んで、上流のコンサルティングやシステム設計から手がけていますので、当社は純粋にAIエンジンの部分を提供する方式が馴染みます。一方、通信キャリアや複合機ベンダーは、中小企業や大手企業の一部門の顧客も多く抱えていることから、使いやすさを求められるケースが多い印象です。
――AI OCRに続く主力商材の開発は、どのような状況でしょうか。
ノーコードでAIに学習させる「Learning Center(ラーニングセンター)」や、顔認証の「FaceAuth(フェイスオース)」などがあります。前者はユーザーの担当者が直感的な操作でAIに学習させる基盤サービスで、例えば設備保守や検品、不良箇所の検知、医療における画像診断補助などの用途を想定しています。今年度は業種・業務別に40ほどの事例を作ることを目標に掲げています。分かりやすいケースでは、ゴミ処分場でヘアスプレー缶など破裂の危険がある物の画像をAIに学習させ、危険物の検知を効率化するといった用途を想定しています。危険物を人力に頼って取り除くより、AIを活用したほうが効率がよく、安全性も高まります。
後者の顔認証については、各種の証明書と本人を照らし合わせたり、決済するときの生体認証としての活用を想定しています。
――AI OCRやLearning Center、FaceAuthなどのサービスはSaaS型で提供しているのでしょうか。
基本的にはSaaS型で提供していますが、客先に設置するハードウェアも当社が独自に開発しています。GPUサーバーを現場に設置してAIの応答速度を高めるエッジコンピューティングの用途であったり、データを外部に持ち出せない自治体、金融機関の客先設置型のサーバーとして活用していただいています。エッジ側のハードウェアが四角い箱のような形をしているので「AI inside Cube(キューブ)」と名づけ、用途に合わせたスペックを揃えています。エッジ側からクラウド側まで共通のAI管理OSでPaaSを構築しつつ、その上のAIアプリケーションをSaaSで提供している形態です。
――売上高のうち9割が継続的な収益が見込めるリカーリング型とのことですが、ハードウェアも課金型でしょうか。
独自のAI管理OSの機能によって、ちょうどUSBデバイスを接続するように、Cubeを二つつなげれば2倍の処理速度、三つつなげれば3倍。逆に一つ減らせば一つ分の処理速度がなくなるなど、必要な分だけ使用料金をいただくビジネスモデルです。
アジア近隣でトップシェア狙う
――渡久地社長ご自身のことについてお聞きしますが、「渡久地」は沖縄県に多い苗字ですよね。
父親が沖縄県の出身ですが、私は生まれも育ちも愛知県です。航空宇宙産業の集積地としても有名な小牧空港(県営名古屋空港)の近くの西春(北名古屋市)で育ち、将来は航空宇宙かAIかのどちらかの道に進もうと志していました。
航空宇宙は資本力がモノをいうところがありますので、AIの道を選びました。私が最初の会社を起業した04年は、今のように画像認識ができるようなコンピューターリソース、太い通信ネットワークが安価に手に入りませんでしたので、まずはテキストベースの自然言語処理の技術開発に取り組みました。いくつかの事業会社を立ち上げたり、売却したりする中で画像認識AI開発を目的に15年に立ち上げたのが当社です。AI OCRのヒットが追い風になって19年12月に東証マザーズに上場を果たしました。
――海外進出はどのようにお考えですか。
ASEANと中国、台湾などアジア近隣がトップシェアを狙える有力市場だと位置づけています。AI OCRは言語に依存している印象を受けますが、当社の場合、言語とアルゴリズムを分けて設計していることから、中国語やタイ語、ベトナム語でも、日本語とまったく同じ精度で読み取れます。コロナ禍の影響で販売を担ってもらえる各国・地域のパートナーの新規開拓が思うように進みませんでしたが、コロナ禍が収束すると同時にパートナー開拓に乗り出していきます。当社パートナーのNTTデータやSCSKなど大手SIerはASEANに積極的に進出していますので、日系パートナーとASEANでの連携強化も進めて行ければと思っています。
Favorite Goods
カシオの腕時計。薄くて軽く正確。文字盤も読みやすく「無駄なモノを削ぎ落として、腕時計本来の機能に忠実」だとお気に入りだ。お値段は3000円ほどで「洗練された機能を安くユーザーに届けるお手本になる」とのこと。
眼光紙背 ~取材を終えて~
ソロバンを弾くよりも大切にすべきことがある
読み取り困難と言われていた手書き文字が精度よく読み取れるようになったり、簡素な機材で顔認識ができたりするのは、ひとえにAI技術の進展によるものだ。AIは、優れたアルゴリズムと効率的な学習によって価値を生む。この両方を「世の中の隅々まで届ける」ことを渡久地択社長は何よりも重視している。
一方で、AIは使い方次第で人々の生活を息苦しいものに変えてしまう恐れがある。Facebookの運営会社は、投稿されている人物写真の顔認識をやめると発表した。米IT大手はそれぞれ独自の基準でAIの用途を限定しており、渡久地社長も「多数の人が写った画像から特定人物を探し出す機能は提供しない」と宣言する。AI insideの顔認証技術はあくまで同一人物かの判定に限って許諾する。
顔認証の精度は高く、あたかも間違いを起こさないと思わせるレベルまで来ているが、100%正確ではない。「あらぬ犯罪の疑いをかけられる」危険性がゼロではないことから「AIのビジネスは、ソロバンを弾くよりも大切にすべきことがある」とし、個人情報保護については法令やガイドラインよりも厳格な倫理観を持つことで、社会やユーザーの信頼を勝ち取っていく考えだ。
プロフィール
渡久地 択
(とぐち たく)
1984年、愛知県生まれ。2003年、愛知県立西春高等学校卒業。個人事業主としてAI関連の事業を始める。その後、複数の事業会社を起業したのち15年、AI insideを設立。
会社紹介
AI insideの今年度(2022年3月期)の売上高(非連結)は前年度比21.5%減の36億円、営業利益は80.8%減の4億5300万円の見通し。リカーリング型の売上高は9割近くを占め、OEMを含む販売パートナー経由の売上高は全体の6割強を占める。従業員数は約130人。